第16話 監視官リンネ・リーン
「不正、とは」
『とぼけないで! そんな凶悪な顔で……もう分かっているはずですよ!』
リンネと名乗った天使はふわりと翼を奮い、切り株の上に降り立った。
『このエリュシオンは「役目と使命」の世界。生まれついたジョブを変えられるのは勇者と冒険者のみ。しかも彼らでさえ「プレイヤー」という基本の役目は変えられないのです! それをあなたは……』
さっと手を翻すと、彼女の手に再び光る画面が出現する。
『ジョブは無職? 役目は……自由!? おまけに固有スキルは不明だなんて、こんなステータスは不正に決まってます!』
「役目?」
初めて聞くステータス名だ。アルトが首をひねると、クロが頷いた。
「裏ステータスだニャ。管理局だけに見られる設定値で、その人の職業よりも根本的な立場、文字通り世界への『役目』を示すと言われているニャ。他にもいろいろあるらしいが……」
『その通り。世界より与えられた「役目」は、何人たりとも変えようがありません。ですから、地上の者たちには見る必要のない値として隠されているのです』
アルトはぐっと手を握りしめた。
「定められた役目は……変えられないのですか……」
『変える必要がないのです』
リンネは超然とした態度で二人を見下ろした。
『世界に対して個の役割は絶対です。花が、木が、自分の存在に抗うでしょうか? いいえ、そんなことはありません。なぜならその役目は『絶対』だからです。生物や人間もまた同じ。与えられた役目を全うすること……それが竜から菌類まで、すべての生物に共通するこの世界の鉄則なのです』
リンネの光輪はまぶしいほどに神々しい。まっすぐなその言葉には、聞く者を納得させるような節理の響きがある。
だが、アルトは静かに顔を上げた。
「……それでも、私は自由に生きたい」
『なんですって』
「私は花でも木でもありません。世界に対しての役目が必要だというなら、自由な人生と仕事を模索して、本当に納得できる役目を自分で探したい。もう、誰かに決められた役目で何度も殺されるのはごめんだ」
はっきりと言えたことに自分で驚いたが、それも道理かもしれない。あれだけクロと会話して、自分で選んだ道なのだから。
そんなアルトの肩に、クロがジャンプして飛び乗る。
「そうだニャ! ジョブ移動も正常処理されてるし、新しい役目も付与されているんだから、文句言われる筋合いはないニャ! 世界のルールをやぶってないニャ!」
リンネは二人の顔を見比べ、動揺したように槍を握りなおした。
『な、何を言っているのですか!? いや、これは……あなたたちの言葉には、なんだか妙な説得力というか……圧力を感じる? 何かのスキル……? いいえ、だめだめ。惑わされないわよ!』
考えを振り払うように頭を振ると、リンネはきりりと姿勢を正した。
『そんな言葉で丸め込もうとしても無駄です。この世界に与えられた役割を勝手に変更するなんて、あまりにも違法すぎる……やはり本部での取り調べが必要なようですね!』
リンネが再び空中に飛び上がる。手の槍がパリパリと小さな雷を纏い始めた。
「お兄様、気を付けて……あの方は雷攻撃を!」
『雷槍!』
詠唱と同時に近くへ雷撃が落ちる。
とっさにナーシャがアルトとクロを抱えて木立の陰へ飛んだ。
「くうっ……」
ナーシャはしゃがみ込み、荒い息をつく。首元には紫のランプが点滅していた。魔力ゲージを再び使い切っているのだ。
「ナーシャ、すまない……! 二人はここにいてくれ。あの管理官は私がなんとかする!」
「でも、今のお兄様には魔法も力もありませんわ」
心配そうなナーシャにアルトはにっこりと微笑む。
「大丈夫、ある程度は魔力を補給したし」
それに、と安心させるように片目をつぶって見せた。
「私にはこれまでの『経験や知識』があるんだからね。ナーシャたちは護ってみせるよ」
「お兄さま……」
アルトは食料の入った袋をクロに渡し、周囲を眺め回した。
思い出せ。村の方角があっちとすると、確か逆側に……。
『隠れても無駄よ!』
周囲に再び雷撃が落ちる。攻撃がひと段落したところで、アルトは木立の間を走り出した。
「用があるのは私だけのはずだ! 二人は関係ない!」
まずは怪我をしているナーシャから引き離すのが先決だ。見たところリンネは翼で移動する精霊であり、森の中なら自由自在に飛び回るとはいかないはず。瞬間移動をするにもこれだけの物量があれば座標を迷う時間が生じるだろう。
『まったくちょこまかと……雷槍! 雷槍! わーん、当たらないー!』
アルトは走りながら木立に隠れ、また引き付けてから走り出す。足はそこまで早くないし不器用だが、それなりに戦い方があるとラグビー部時代によく言われたものだ。
あとはこう……不器用な自分が言うのもなんだが……リンネもかなり不器用かも……。
雷撃でバサバサと枝が落ちる。だがそれだけで、アルトには掠りもしない。
『こら、チョコチョコ動かないでください!』
「いや、逃げてるから仕方ないですよ……じゃあ撃つの止めてください」
『却下です! こちらはあなたを捕縛する仕事で来てるんですよ!』
んもう! と自分自身に痺れを切らしたように、リンネは肩を落とした。
『はあ、私ってば昔から不器用だなあ……仕方ない、魔力消費が大きいけど、背に腹は代えられないもんね。……出でよ! 神獣ケルベロス!』
手にした三叉の槍が光り、その光が地上に降り注いで大きな形を取る。
人の背丈と同じくらいの、それは……三つの頭を持った犬だ。
しかもその頭はすべて、パグ犬の顔をしていた!




