第13話 シモーダ村の昼下がり
「小魚でもまあまあの値段になったニャ。良かったよかった」
商店を出たアルトとクロは安堵のため息をついた。
手には中くらいの布袋が一つ。
中にはパンやハム、ソーセージなどの肉類に果実などの食料が入っている。ただし魚の値段がそれなりだったため、さほど多くはない。ギリギリ二食分と言ったところか。
「肉は別腹ニャ! 早速いただくニャ!」
クロは袋の中から大きなソーセージを取り出し、かぶりついた。
「うんみゃー」
「こら、歩きながら食べるのはお行儀悪いぞ」
「背に腹は代えられニャ」
ごくんと口の中のモノを飲み込んでから、ハアーとクロはお腹を撫でて周囲を見回す。
「小さいけど綺麗な、安全な村で良かったニャ。悪党がいたら取引どこじゃないからニャ」
「帝国の村はどこも似たようなものだよ。街道も村々もきちんと整備しているし、治安維持のための駐在騎士も守護魔導師もいる。予算もそれなりに出しているからね」
辺境によくある平凡な村だが、それは平和で穏やかだということ。窓辺の花壇と声を上げて走る子供たちが石畳の通りに明るい印象を添えていた。
「水路や井戸、魔術機構を利用した上下水道も完備している村が多い。あそこ、時計塔の上に帝国の旗が掲げてあるだろ。あの支柱が実は魔術アンテナになってるんだ」
「へえー! さすが元皇……」
「しっ」
アルトが慌てて口に指を立てる。誰が聞いているか分からない。
「顔バレしてないから大丈夫ニャ」
「それは当然としても……村人にあまり怖がられないのが嬉しいな」
商店には中年のおかみさんがいたのだが、眉を顰められたのは最初だけ。あとはごく普通に売買を進めることができた。これが皇帝時代なら畏怖やら嫌悪やら分からない敵意を向けられ、話し合うことさえできなかったかもしれない。
「あの頃は呪いでもかかってたみたいだったからな。ホントに良かった」
まあ、とクロが目を細める。
「……その辺はもう、大丈夫ニャ」
「でもおかみさん、ずっと眉を顰めてたよな。生暖かい笑みを向けられた気もするし、嫌悪じゃないけど、なんかこう……」
「それニャ。まずはその服」
クロは呆れた顔でアルトの頭の先からつま先までを見回した。
「昨日から忙しかったし、直視しないようにしてたけど……いまなら言える。かなりヤバいニャ」
「えっ!?」
アルトは自分の姿を見直した。
上半身には、素肌透け透けの、黒いベルトみたいな革鎧。
その上に短い革のジャケット、棘のついたメタルの肩当て。
下半身はピタピタの革のズボンだが、一部がやっぱり透けている。
そしてメタルの籠手を黒い包帯のような革でぐるぐる巻きにして止めていた。
長い銀髪をなびかせながら、真っ赤な瞳に疑惑の表情を浮かべつつ、アルトは首を傾げた。
「カッコいいと思ってこっそり取っておいた装備だが……?」
「星のコアに介入して世界を滅ぼしそう、あるいは刺々しいバイクに乗ってヒャッハーとか言いそう……タンスの中にうっかり入っていたとしても、成人男子なら選ばない装備だニャ」
ハアー、と深刻なため息をついてクロは悲しい目になった。
「ご主人のセンスは生まれる前に死んでるニャ。すまんニャ……あの時ミーがちゃんと服を選んであげていれば……」
「謝らないでほしいな!? なんか惨めになったぞ!」
前世でも似たことはあった。社会人一年目で一人暮らしをしていたころ、母が送ってくれたクマちゃんアップリケのトレーナーを着てたら、高校生の妹にドン引きされたっけ。
その後、妹が母に電話して「もうショッピングモールで安売りしてる服をお兄ちゃんに送らないで!」と怒っていたのを記憶している。
「軍服の時は何も言われなかったのに……」
「社会人あるあるニャ。スーツや制服だとかっこよく見えるが、私服はクソヤバなんだニャ」
しみじみとした表情でクロが首を振る。
「その上で、暗黒微笑なんか浮かべたらダメだニャ」
「普通の微笑のつもりだが」
「ミーたちといるときはそんなに気にならないけどニャ。試しに、よそ行きの笑い方をしてみてニャ」
「こうか?」
ニコッと笑ったつもりだったが。
ちょうど、道の向こう側にいた親子がこちらを見てビクッと飛び上がった。ママ――ッ怖い―ッ、と泣きながら女の子が走り出し、母親が慌ててそのあとを追っていく。
その声に窓からこちらを見たお爺さんが、ふうん、みたいな顔でこちらを眺めた。明らかに『なんかヤバいの来たな』って思ってるみたいな表情だ。
アルトは憮然とした表情でクロを見た。
「悲しい……容姿のせいなのか……?」
「いやだから、服と表情だって。格好よくしようとして、変に力が入っちゃってる。それで表情がぎこちなくなって。怖くなるニャ」
「うっ」
アルトは言葉に詰まった。言われてみれば確かにそうだ。自分の『顔の怖さがどう思われるか』を意識しすぎてどうしていいか分からず、ぎこちない表情を浮かべてしまう。
「暗黒微笑も自分で作っていたのか」
「顔の造詣もあるけど……クセ、みたいなものかニャ」
「それはあるかも」
前世の自分、そして、本来の『アルヴェリト』の性格まで、思い当る節はたくさんある。前世では容姿の怖さを気にして表情をうまく作れなかったが、覚醒前のアルヴェリトはそもそも孤高の性格で悪役表情を気にしていなかった。合わせ技というわけだ。
トホホの表情になったアルトを、だがクロは鼻で笑った。
「そう落ち込むことでもないニャ。イヤな部分だけ変えればいい。自由な人生なんだから、学習と練習で乗り切ればいいニャ。そのための時間もたっぷりあるんニャから」
それに、と軽く言って、塀の上に軽やかに飛び乗る。
「ご主人は変える必要のない素晴らしいものだってしっかり持っているニャ」
「それはさっき言ってた経験と知識の……」
首を傾げたアルトの向こうで、正午の鐘が軽やかに鳴り響いた。




