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第12話 人形少女ナスターシャ


 森の中をしばらく歩いてから、ナーシャは足を止めた。

 小川のせせらぎに乗って、かすかにアルトたちの声が聞こえる。

 はあ、と息をついて木にもたれ、彼女は座り込んだ。


 お手洗い、というのは嘘だ。

 昨夜から飲まず食わずなのだから、魔術人形には排泄するものがない。

 食べ物を探したいのは本当で、あとは少し、ひとりで考える時間が欲しかった。


 胸に手を当てると、奥にあるモヤモヤした気持ちに触れるような気がする。

 この気持ち。お兄様に関する言い知れない感情。

 これはもしかして。


「……お兄様って、カッコ悪い……?」


 いやいやいや。思わず零れた言葉に、ナーシャは慌てて首を振った。

 服装的にはそうかもしれないけど、いや、そんなことはないわ。お兄様はいつでも、どんな初期装備でもカッコいいし、あの赤い目が本当は優しくて、長い銀髪もサラサラで、近くに来るとすごく良い匂いがして、おまけに実は超絶美しいお顔をしていて、白馬に載せたら王子様みたいで、ただ悪役っぽい暗黒微笑が多くてそれだって美しくて……。


 違う違う。これじゃお兄様に対する感想文だわ。

 そうじゃない。もっと根本的なことを考えようとしていたはず。


 ええと、頭の中の言葉を探して、組み合わせて。

 出来上がった文章に愕然とした。


「以前のお兄様と……違う……?」


 もちろん、ナーシャの中には以前の記憶がある。幼い頃のこと、ベッドの上で荒い息をついた最後の日、そして培養層の中に浮かんでいる泡沫の夢まで、ひとつながりの個人の記憶だ。


 母上はすでに亡く、父上もいないも同然だったから、時折やってくる肉親はお兄様だけだった。無表情ながら優しい眼差しでこちらを見てくれるのが嬉しくて、ベッドで絵本を読みながら、彼が来る日を指折り数えて待っていた。


 ただその表情が、今のお兄様と上手く重ならない。

 記憶の中のお兄様は氷のように無表情で、孤独で、言葉も少なかった。眼差しの奥の優しさと、必ず用意してくれたお土産がなかったら、愛情を信じられなかったかもしれない。それほど超然とした人だった。


 今のお兄様は違う。

 顔立ちや姿は同じなのに、表情豊かで優しい。ナビペットだと説明されたクロとの会話も楽しいし、聞いていると吹き出しそうになる。ナーシャのことを大切に思ってくれているのが言葉でも態度でも分かる。一緒にいて楽しい。


 まるで別人だ。

 ナーシャはゾッとして、小さく震えた。


 自分は一度死んでいる。その最期の夜から今までの年月で、お兄様を大きく変える何かがあったのかもしれない。自分が死んだことがそれに当たるとまでは自惚れないが、少なくとも、お兄様が変わるのに十分な年月だとは思う。


 いや、少し待って……。

 そう、自分は死んで、意識だけが残されたのだ。

 培養層の記憶は夢ではない。誰かが、何らかの理由で『ナーシャ』の精神を魔術人形の中に移し替え、操り人形にしてお兄様に差し向けた。


 移し替えた? 本当に?

 もしかしたら、可能性としては逆。

 お兄様に違和感を抱くのは……お兄様が別人だからではなく。

 ナーシャがまったくの別人だから?


 さっきのステータス画面。

 名前は『ナスターシャ・エリン・バルディオス』ではなく『ナスターシャ=11』となっていた。魔術人形の名だ。だからお兄様には見せられなかった。

 見つめた手の平が小刻みに震えている。


「私は……だれ……?」


 小さくつぶやいたとき、森の奥で鳥が一斉にはばたく音がした。次いで、何かが落ちる音、気配。淡い光が拡散される。

 ナーシャはゆるゆると立ち上がった。


「……もしかして、追手……!」


 だとしたら、お兄様やクロに会わせるわけにはいかない。いまの二人を護れるのは、武器で戦えるナーシャだけだ。しっかりしなきゃ!


 一瞬で気持ちを切り替え、ナーシャは小走りに森の奥へと向かった。



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