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第11話 楽しいスローライフ

 少しだけ上流へ移動し、アルトはさて、と周囲を見回す。

 川幅が狭くなって水量が減り、ここなら制御しやすそうだ。


「なんか道具とか必要ニャ?」

「いや、いらない」


 心配そうなクロを横目に右手を前へと突き出す。すうっと息を吸い、まっすぐに川面を見据えた。


「――無垢なる水流よ、我が指先に従いて網を成せ。

夢見る得物よ、舞い踊り網へ集え。

捕らえよ『泡の檻』(バブルアゴラ)!」


「なんニャ、その中二病っぽい詠唱は」


 クロが宇宙ネコの表情でアルトを見つめる。視線が痛い。

 だがゴボッと大きな水音がして川の水が球状に浮かび上がると、さすがのクロも愕然とした表情でそちらを見た。


「これは、どういう……!?」


 アルトは慎重に魔力を供給しつつ、水の球を地上まで誘導する。川から少し離れた草むらまでくると、ようやく息をついた。


「解除!」


 力を失った水が一気に地面へ落ち、広範囲に水たまりを作る。そこにピチピチと跳ねるのは無数の魚だ。


「よーし、まあこんなもんだろう。二、三十匹くらいかな」

「ちょ、ちょっと待つニャ。説明してほしいニャ」


 クロは目を丸くしたままアルトと魚を交互に見た。


「この世界の魔法は『閲覧ビジョナ』みたいに短い言葉で発動するニャ。そりゃ古代魔法や天界魔法はもう少し長いけど……あんな中二病っぽいクソ長詠唱はないはずニャ! あと効果もおかしい! こんな複雑な魔法はLv1には……!」

「ええー……中二病って言うなよ。カッコいいじゃん?」

「まあ……そういう若い感性のまま中年になっちゃった人もたまにいますよね……」

「口調が変わった! そんな生ぬるい目で見ないで!」


 辛辣な意見にアルトはため息をつき、自分の右手を差し出した。


「これ、名前のないスキルなんだ。悪役皇帝をやってる間に勝手に生えてさ、裏スキルって呼んでたけど。……『氷結アイシ』」


 短く唱えると手の上に小さな氷が発生し、すぐに消える。


「この世界ってスキルは効果が単発だろう? 氷スキルは氷魔法だけ、槍スキルは槍術だけが使えて」

「大体の異世界やゲームはそうニャ」

「でも重ね合わせて使えた方が圧倒的に便利なんだ。前世の科学技術みたいに」


 アルトはその辺の草を積んで持ち、川の中の魚に向けた。


「氷の槍よ刺し貫け、茨のごとく手元へ誘え――『氷刺鞭』(アイス・フラグム)!」


 指先から鋭い氷の槍が伸び、魚を刺して引き寄せる。ごくりとクロが唾を飲んだ。


「『氷結アイシLv1』と『槍術フラグ Lv1』それに『鞭術ギル Lv1』が……合体して新スキルに……」


 クロがハッとして、慌ててナビゲーション画面を起動する。


「あっ、固有スキル名が読めるようになってる! 『スキル新合体リスキリング』!? なんニャこれ!? スキルを合体させて……新しいスキルを作り出す!?」

「そういう正式名称なんだ。前世ではメジャーな名前だけど、エリュシオンでは聞いたことないよなあ。実はけっこうチートスキル?」

「チートもチート、超チートだニャ……ミーたちナビも知らないスキルニャ。一体どこでこんなスキルを?」

「うーん、詳しく覚えてないけど、四回目のループのあたりかな? 暗殺者に追い詰められて崖から落とされ、滝に流されてもうダメだ……って時に、なんかこう、水流制御系と浮遊系の魔法スキルでフワッと」

「フワッと」


 クロの目が真ん丸になっている。


「そう。なんか感覚だから、うまく言えないけど……どうやら二つのスキルの詠唱を合わせてイイ感じに唱えると発動するみたいなんだ。あの中二詠唱なしだと効果も薄いんだよな」


 アルトは呑気に言いながら魚を拾い集めていく。クロは驚きを納めるように深い息をついた。


「フワッとイイ感じに……? そんな適当に出現するようなもんじゃニャいけど……」

「まあ二十年以上も同じ仕事やってれば、なんか出てくるんじゃないか? 前世でも社会人七年目くらいには主任に昇進して、幾つもの技術を合体させて仕事できたしさ」


 年数を重ねるごとに様々なスキルを複合的に使えるようなる、というのは社会人の基本だ。この世界でも同じように、経験を重ねることで自然発生したのかもしれない。なにしろトータルで二十年以上この世界をプレイしている『優良勤労者』なのだから。


「なるほど、蓄積した経験と実績から生まれたのかもニャ」

「ハハ、本当に役立つスキルなんてそんなものかもな。使用したスキルはそれぞれ個別にレベルアップするみたいだし、レベリングにも便利だよ」


 先ほど魚を獲ったので『釣り』スキルがLv3に、『氷魔法』スキルの方も同じくらいに上がっている。個別にレベル上げをするよりもはるかに簡単だ。


「難点と言えば通常のスキル使用よりもMP消費が激しいことだな。これまで見てきた限りでは二倍くらい使うはずだよ」

「あ、ほんとだ。あともう少しでご主人のMPは空っぽニャ。早く食事しないと」


 そこへナーシャが小枝を山のように盛り上げて持ってきた。ちょっとしたキャンプファイヤーが出来るほどの量がある。


「助かったよナーシャ! 早速焼き魚を作ろうか。魚の大部分はヨルハネマスだから、こんがり焼けばそのまま美味しいはずだ」


 なけなしのMPだが、調理くらいはギリギリいけそうだ。


「小枝を集めて火を起こして、と……お、『火魔法』のレベルが上がった! いや~、普通のRPGスローライフ楽しすぎるな!」


 火を使えば『火魔法』、魚を判別すれば『鑑定』、料理をすれば『調理』が順当にレベルアップする。朝から晩までこき使われて精神がすり減るだけの社畜ならぬ国畜とは大違いだ。アルトは大いに満足しながら香ばしく魚を焼きあげた。


「クロ、先に食べな」

「では早速……んまいニャ! これも新スキル使ったのニャ?」

「いや、これは実直に、手に塩かけて焼いたのさ。ほら、ナーシャも」


 渡した魚串を受け取り、ナーシャはお上品に、それから一気に魚を瞬殺した。ナーシャ、顔に似合わずものすごく食べるのが速い。

 ごくん、と最後まで飲み込んでから彼女は満足げに息をつく。


「美味しいです……!」

「よかった。まだあるから、もっと食べていいんだよ。どれどれ私も……」


 自分も一つ取ってかじりつく。香ばしい皮、みずみずしい白身。ヨルハネマスは名前の通り夜に跳ねまわるマスだから、身がはじけるようにプリプリしている。調味料は無いけれど、そのぶん豊かな自然の滋味が口いっぱいに広がった。

 この世界では食事を摂ればHPと共にMPも回復していく。心も体も満たされていくというわけだ。

 ふと気づけばナーシャがじっと手の魚を見つめている。確か三匹目のはずだが。


「どうした? 満腹になったのかな?」


 アルトの言葉にびくっと顔を上げ、彼女はゆっくりと手の魚をクロに渡した。 


「あ、はい……まずはMPを回復できたので、木の実や小枝を探してきます」

「無理しなくていいよ、これだけじゃ全回復していないはずだ」


 魔術人形や魔術機構の動作は様々だが、生物でない以上、HPはない。MPによって動作のすべてをまかなうわけだが、供給方法はいまのところ二種類。古くからある「外部供給型」、そして最近開発された「自己回復型」のどちらかになる。


 ナーシャは最新式の魔術人形であり、自己回復型だ。このタイプは人間を超える超稼働が可能な反面、魔力消費が大きい。人間と同じように食事で魔力を回復できるが、昨夜の段階ですでに空っぽ寸前まで使い切っているはずだ。

 だがナーシャは静かに首を振った。


「いえ、ある程度の補充はできましたし、それに」


 ちょっとだけ、もじ……、と細い足を擦り合わせ、顔を赤らめる。


「その、お花摘みといいますか、お手洗いも……どこか別なところで……」

「あっ、そうか! すまない、兄として気遣いが足りなかった! ええと……私たちもお手洗いや他の用事で移動するかもしれないから、この木を待ち合わせにしておこうか」


 木に印をつけるアルトに一礼して、ナーシャは森の奥へと入っていく。


「ナーシャ、なんだか元気がないな……一人で大丈夫だろうか」

「おトイレに行きたかったんだから仕方ないニャ。いまのご主人よりも遥かに強いし、このへんは魔物もほぼいない。心配いらないニャ」


 そっか、と息をついてアルトは座り込んだ。


「……再会一日目なのに、こんな生活でがっかりさせたかもしれない」


 先ほどのナーシャの顔。無表情と落ち着きを装っていたが、菫色の瞳にはもの言いたげな揺らめきがあった。不安なのだ。


「スキルのレベルアップも、ジョブゲットも、結局は自分の満足感を満たすだけだ。ナーシャとクロにちゃんとした暮らしをさせるには、もっと頑張らないと……」


 クロは目を細める。


「ご主人や優しいニャ。でもスローライフ一日目なんニャから、あまり欲張らずにニャ! 無理してメンタルや体調を崩すのは得策じゃないニャ」

「確かに」


 よし、とアルトは自分に気合を入れなおした。


「とりあえず、日常用品や食材をゲットするために、魚の残りを売ってこよう」

「よしきたニャ!」


 言いながらクロは手の上にマップ画面を広げる。


「どこかお金かごはんに替える場所……ああ、ちょうど、小川を渡っていった先に小さな村があるニャ。シモーダ村?」

「記憶を取り戻す前、『アルヴェリト』として訪れた記憶がある……たしか遺跡修理に立ち寄ったはず」


 村の向こう、森の奥には古代遺跡を利用した地下分水場がある。たまたま転移前のアルヴェリトが少し離れた場所へ閲兵に来ていて、ついでだからと修理要請に応じたのだ。


「覚醒前の自分アルヴェリトも、割ときっちりした性格だったからな。こんな小さな村の村長でもちゃんと訪問して、挨拶した記憶がある」

メンが割れてると面倒ニャが?」

「皇帝兜もかぶってたから、問題はないとは思うが……」


 小さな村だが周辺の道路は整えられており、大きな市場にも産物を卸していたはずだ。美味しい川魚ならいつでも需要があるし、悪くない値段で売れるかも。


「考えていても仕方ないし、まずはやってみるか! 凍らせて持っていけばまた氷魔法も上がる!」

「楽しいスローライフっぽくなってきたニャ!」


 クロが楽し気な声を上げた。


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