第1話 七回目の処刑と八回目のループ
どーん、どーん、と陰鬱な花火が耳に響く。
「これより! 世界の悪の根源、最後の首魁たる男! 北方バルディオス帝国皇帝アルヴェリト・レナス・バルディオスの処刑を執り行う! 処刑隊、前へ!」
刑務官の声と同時にアルヴェリトは腕を掴まれ、前へと引きずり出された。
着慣れたはずの鎧がやけに重い。だがそれもしばらくの辛抱だ。
もう少ししたら、首を刎ねられ、殺される。
それは逃れようのない確定した未来だった。
なにしろ……もう七度も繰り返している事実なのだから。
「おい、腰を落とせ! しっかり膝をつけ!」
処刑人たちはアルヴェリトを無理矢理に跪かせた。兜が動かされ、やがてはぎ取るようにして外される。
急に視界が広がり、アルヴェリトは目を細めた。まぶしい。
群衆がワッと声を上げる。
『へえ、意外と優男じゃないか……』
『いやあの目元! いかにも悪そうな顔だよ!』
『虐殺や侵略を繰り返していたんだろ?』
『なにしろ悪の皇帝だ。何もかもアイツのせいに決まってる!』
違う、などと言うつもりはなかった。自分の言葉はなにひとつ届かない。
それにもう、心の底から疲れ切っている。早く終わらせて欲しかった。
アルヴェリトの前に、一人の男が立ちはだかる。
筆頭勇者ユキヒコ。
この世界『エリュシオン』を護る七勇者。その中でもトップに君臨する人物であり、アルヴェリトを追い詰め、捕らえた男だった。
「アルヴェリト・レナス・バルディオス。勇者同盟軍事裁判の決定により、これよりお前の処刑を執り行う。何か言い残したことはあるか?」
朗々と告げる声は無機質だが、わずかな喜びが滲んでいる。悪を捕らえ、裁く喜び。
逆光で顔は見えないが、おそらく微笑んでいるのだろう。
アルヴェリトは首を振った。いまさら何も言うことはない。
これで七度目。
そしておそらく……八度目も、こうして彼に処刑される。
逆光がふと、遮られる。上空を鳥が飛んでいるのか。
何気なく、本当に何気なく顔を上げた時。
ユキヒコと視線が合った。
彼は明確に微笑み、何かをつぶやく。
アルヴェリトは目を丸くした。いま、なんて……。
だがその疑問を断ち切るように、ユキヒコが声を張り上げた。
「……これで終わりだ!」
大剣を振り上げ、振り下ろす。
アルヴェリトの、悪役皇帝としての七度目の人生は、こうしてまた終わりを告げた。
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「っ、はッ、はあっ……!」
勢いよく顔を上げた。
溺れかけのように慌てて息をする。大丈夫だ、呼吸ができる。
首のあたりを手でさすれば、きちんと胴体と繋がっているのが分かった。痛みもなく、血も傷も感じられない。
大きく息をついて周囲を見回す。見慣れた執務室、大きな机の前に一人で座っている。静かな夜の気配があたりに満ちていた。
普通なら、夢かと安心するところなのだろう。
だが、先ほどの断罪も処刑も、まごうことなき現実だ。
机の上の暦を見れば、帝国歴三五四年 四の月を示している。
あの処刑からはきっかり三年前。
この夜を迎えるのは、八度目。
「また、巻き戻した……!」
アルヴェリト・レナス・バルディオスは執務机に突っ伏し、深い深いため息をついた。