表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

あるサラリーマンの夜カフェ ⑧

「あれ………?」

「うまいこと利用されてきた事実に、今頃になってようやく気付いたか?この間抜けめ」

 店主は呆れたようにそう告げるとフンっと鼻で笑った。

「間抜け…って、上司に利用……えっ、俺は……俺が……??」

 俺は不愛想で容赦ない店主とのやり取りのすえ、会社での扱いの矛盾点に気付かされてしまっていた。

 まさか、まさか??と疑心暗鬼になりつつも、冷静になって考えてみれば確かにおかしなことばかりだ。

「真に無能なのは誰か、よく考えてみることだ」

「…………ッ」

 トドメのような店主の一言に虚を突かれ、俺は冷めてきたカフェラテをじっと見詰める。


 もしかして俺は。


 もしかすると俺は、俺自身が思っているよりずっと。


 俺は、俺が思うよりずっと、仕事のできる人間だったのではないか??


「いや……いやいや、そんなはずないよ……」

 店主の言葉に唆され『俺は自分自身の価値を見直すべきなのでは??』と一瞬、ほんのちらりと脳裏で考えたものの、長年、沁み込まされてきた自己肯定感の低さは、そうそう簡単に打破できるはずもなく──

「俺なんか、社会の底辺だもの。まあ、アンタみたいに顔だけでも良ければ、性格悪くても客商売出来たりするんだろうけど…俺程度の容姿じゃそれすら無理だから」

 俺は再び落ち込んでハハと力なく笑い、いつものように自らを卑下(ついでに店主を皮肉ってしまったが)して、冷めきったカフェラテを飲もうとした。


 ──すると、


「ああ言えばこう言う…なんとも面倒臭い男だな」

「は………?」

「……やってしまえ、シロさん」

「にゃっ!!」

「…………え?」

 面倒臭げにチッと舌打ちをした店主が、カウンターで寝ていた白猫になにやら指示を出すと、待ってましたとばかりに白猫が起き上がった。そして『え??なんだ??何の話??』と俺が思う暇もなく、白猫はカウンターから華麗なジャンプを決め、

「ぎゃああああ!!??」

 俺の頬に強烈な後ろ足猫キックを食らわしてきたのだった。



「うう………ん…んん?」

 行き来する大勢の人の気配。聞き慣れた電車の起動音と、駅構内に鳴り響く発車ベル。

「ん………っ?」

 喧騒に驚いて目を開けるとそこには、見慣れた駅ホームの光景が広がっていた。

「………へ…?」

 白猫のキックで気絶していたんだろう。

気が付くと俺は、電車のホームに座っていたのだ。


 周りでは会社帰りのサラリーマン達が、家路を急いで次々と電車へ乗り込んでいる。それはここ数年、残業続きで終電間近まで帰れなかった俺からすると、久しく見ていない懐かしすぎる光景だった。

「………終電も逃していたはず…」

 ハッと思い出して駅の時計を見ると、時刻は17時を少し間回った所で。まさか、あれから一晩経ったのか?と手持ちのスマホで曜日を確認してみるが、何故だか日付は変わっていなかった。


 は??時間が戻った??というか、全部夢だった??


 残業で終電を逃したこと。

 おかしな路地に誘い込まれたこと。

 妖怪屋敷みたいな猫カフェに入ったこと。


 あれらがすべて夢だったというのか??

 突然の状況変化に狼狽えながらも俺は、反射的にホームへ滑り込んできた電車へと乗り込んでいた。

「ふう………」

 こんな時間に帰れるなんて、いったい何年かぶりかだろう??俺は未だ夢見心地で吊革に捉り、眠りを誘う電車の揺れに身を任せた。そうしながら考えるともなしに、脳裏へ残るおかしな猫カフェの記憶を辿ってみるが。

「うん…やっぱ夢か……」

 考えれば考えるほどに、あんな店が存在する訳がない、と思えてきた。


 そりゃ、そうだ。夢に決まってる。


 第一、あんな辺鄙な場所では、店の営業なんて成り立つわけもないし。

 無性におかしくなってきて、全部変な夢だったのだと思い込もうとした、時。

「………ん?」

 俺は手に何か紙の塊を握っていたことに気付いて、掌の中のそれをなんとなく広げてみた。

すると、そこには──


 カフェラテ代 1500円

 猫キック代 5000円


 と書かれた1枚のレシートが。

「……………は?」

 慌てて鞄から財布を取り出し、中身を確認してみると、確かにそこから6500円分の金が消え失せていた。

「猫キック代、くそ高えな!?」

 思わず声に出して叫び、周りの視線に慌てて口を塞いだ。

 そして今になって気付いた。


 頬に残る肉球の感触に。


「…………はは」

 なんだか無性に笑えてきた。自然と口元に笑みが浮かぶ。

 あ~あ。えらいぼったくりにあってしまった。散財も良いところだ。

 しかし、せっかくだから猫を撫でたかったなぁ。でもまあ良いか。肉球、ふにふにして気持ち良かったし。良く解らないが、なんか色々悩んでたことも、どうでも良く思えてきたし。



 不思議なことに、ここ何年も鬱々としていた心が晴れて、重苦しかった身体も軽くなった気がした。


 もちろん気のせいかも知れないけれど。

 明日には元通りになってしまうかも知れないけれど。

 でも、そうじゃなくて今日とは違う明日を送れるなら。

 そうしたなら俺の人生も、少しはマシなものになるかも知れない。


「よ~し、帰ったら退職届書かなきゃな……!」

 電車を降りて弾んだ足取りで家路を歩きながら俺は、何故だか、さも当然かのように『会社を辞めて転職しよう』などと考えていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ