あるサラリーマンの夜カフェ ⑥
「……カフェラテをお願いします」
「ああ」
正直、言いたいことなら山ほどあるし、なんなら抗議してこんな店から出て行きたい。
だが、例え思う通りの行動を実行に移したところで今の俺には、どう頑張っても帰るすべが無いのだ。そうであるからには、ここで何か脱出のヒントをつかむ以外に術はない──と、そう、少し冷静になった頭で俺は考えた。
通ってきたはずの路地は、人が通れるだけの幅がない。
窓のないビル群に四方を囲まれた謎の空間では、他に助けも呼べない(ちなみにスマホも圏外だった)
この現実とは思えぬ怪異と現象の前には、ただのサラリーマンである俺などほぼ無力。
そして、これらのすべてにはいかにも怪しいこの店が、なにか一枚かんでるとしか思えなかった。
「カフェラテをホットで」
とりあえず俺は店主に、カフェラテを注文した。くそ高いし財布に堪えるが仕方がない。なにしろ他のはもっと高かったし。つーか、なんなんだよチョコパフェ3000円って!?友人らとシェア出来るビッグサイズじゃないなら、とうてい納得なんかできない値段だぞ!?
「ああ、カフェラテな。ちょっと待ってろ」
店主は面倒くさそうに立ち上がると、カウンターの内側で作業を始めた。
つか、今気付いたけどこいつ、ずっと座ってたのか。男自身背が高いし腰掛けてた椅子も高かったから、立ってるように見えてたわ。まあ、どうでも良いけど。
「…………」
注文した飲み物が来るのを待っている間、俺は、店内の猫の様子を見るふりをして横目で男の観察をした。
年頃は良く解らないが20代後半から30代前半。見た目はスラッと高身長でスマートだ。モデルでもやってんのか??ってくらい美男。けど愛想は悪いし口の利き方もなってない。良く客商売やってられんな??ってレベル。でもきっと、美形だから許されんだろうな~っと、自らを振り返って少々落ち込んだ。
俺、アラフォー。しがないサラリーマン。
顔、普通。良くも悪くもない。身体、普通。平均身長、最近ちょっと下腹が気になる。特に秀でた物もない。自慢できることって言ったら、嫁さんが分不相応なくらい美人なこと?いや、娘が超可愛いも追加しとく。親の欲目抜きで。
けど、仕事が出来るって訳じゃないし、家庭だって円満とも言い切れない。
そういえば妻や娘と、どれくらい会話してないだろう??
「なんだお前。家族に無視されているのか?」
「………は??」
目の前に湯気の出るカフェラテが置かれると同時に、店主?から話しかけられてギョッとした。
「えっ、俺…今、口に出してたか?」
「ああ、さっきから全部聞こえてるぞ」
驚きのあまり問い掛けると、店主はハッキリそう肯定した。
えっ?マジか??全部心で思ってただけのつもりだったのに??
半信半疑で店主の顔を覗き見ると、彼は次々と俺の考えていたことを口にした。
「顔も体も普通で、嫁と娘が自慢なんだろう?良いことじゃないか」
何が不満なんだ?とばかりの問い掛けに、俺は思わず正直な想いを暴露ってしまう。
「アンタさ『普通』が誉め言葉とでも思ってんの?俺なんかからしたら、それって、何もないって言われてんのと同じなんだよ」
「そうか?普通ってのは幸せなことだと思うがな」
「はああ??何言ってんだか。なに??それ、持たざる者を持つ者の余裕ってやつ??ムカつくんだが??」
勢いで口にしてから思わず焦った。おいおい俺、なに、初対面の男に愚痴ったり、論争仕掛けたりしてんだ??
『普通』だからなんだ??それの何が気に障ったんだ??
そんなの、普段から上司にさんざん言われて、何回も何百回も言われ続けて、とっくに慣れ切って反論する気力もないくせに。諦めきって納得した真実で、変えられない現実なのに。
それなのにどうして。
どうして俺は今、反論したりしたんだろう。




