あるサラリーマンの夜カフェ ③
「うへえ……こりゃ、やばい…」
広場の真ん中に鎮座する妖怪屋敷…いや、謎のボロ屋を目にして俺は、今更ながらに気まぐれを起こしたこと後悔した。
ビル群に挟まれた広場に、今にも壊れそうな謎のボロ屋。
これはヤバイ。
いくらなんでも怪しすぎる。
ていうか今すぐ逃げたい。
恐る恐る背後を振り返ってみると、つい一瞬前、そこから出てきたはずの狭い路地は、どうやっても俺の体が入れなさそうな幅になっていた。
は??嘘だろ??さっき俺、こんな狭いとこから出てきたのか??
いや、待て待て。それは絶対に有り得ねえわ。だって、計ってみたら俺のこぶしが2つ分、入るかどうかの幅しかねえんだもん。どんだけダイエットに成功しても確実に無理だ。
「嘘だろ……」
完全に閉じ込められた。
ひょっとしてあの白猫は、妖怪かなんかの遣いだったのか!?
そんで間抜けな俺を嵌めるために、こんなとこに誘い込んだってのか!?
にゃん
「ひっ………!!」
怖ろしい考えに取りつかれ、少々パニックに陥っていると、背後から猫の鳴き声がした。
ビク付きつつ怯えながら振り返ると白猫は、ボロ屋の入口らしき場所の手前で鎮座し、俺が来るのを待っていた──かのように見える。そうして、
にゃあーう
『おいで』と聞こえなくもない声を上げると、白猫は背後のボロ屋へと入って行ってしまった。
「お、おいっ、ち……ちょっと、待てよ……!!」
如何にも怪しいとはいえ唯一の『生きてるモノ』に姿を消され、人気どころか生気のまるで感じられない空間に1人取り残された俺は、いよいよ恐ろしくなって身を縮こませてしまう。
この際、怪しくてもなんでもいい。
生きてると感じられるものの側に居たい。
そう覚悟を決めた俺は、それでもかなりおっかなびっくりで、おどろおどろしいボロ屋へと近づいて行った。
「ん?……なんだ?…看板…か?」
近くに寄ってみて初めて気が付いたが、猫が消えた入口らしき場所の手前には、飲食店の前に良くある立て看板が置いてあったのだ。明かりの乏しい闇の中で目を眇めながらよく見ると、それにはやたら場違いな可愛いらしい文字で
猫カフェ『猫神』
と書いてあった。
「…………………は?」
見間違いかな??と思い、目を擦ってもう一度見直して見るが──
猫カフェ『猫神』
やっぱりそう書いてある。
「…………はああああああ??」
思わず大声が出てしまった。
いや、声も出るだろ。出ない方がおかしいわ。つーか、いやいや有り得ねえわ。なんだよ猫カフェって??この見た目で!?この雰囲気で!?いっそ妖怪カフェって書いてくれた方が納得いくわ!!
万が一、いや、億が一、本当にここが猫カフェだったとしても、だよ?
絶対に、絶っっ対に、若い女の子の客とか来ねえだろ!!
おっさんの俺だって、こんな猫カフェ御免だし!?
そもそもこんな路地の奥深くで営業してて、ここに店があるとかどこの誰が気付くんだよ??
やべえ。突っ込みどころが多すぎて追い付かねえ。
なんでこんなとこで店やろうと思ったのかは知らないけど無茶苦茶だ。無謀すぎる。ていうか、いくらなんでも冒険しすぎだろ!?なんつーかホント、しみじみ気の毒としか思えねえ。
だって、こんな最悪な立地の猫カフェ、経営難ですぐ潰れんだろ!?
「可哀想に……」
俺は恐怖のメーター振り切った揚げ句、一周回って店主に同情までしてしまっていた。