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勇者と魔王の恋棺

作者: 阿玉やな

 人里離れた雪山の奥の奥。到底人が住むことのできない場所に、氷に包まれた大きな城があった。時を刻む世界の中で、その城だけが、止まっていた。そこは伝説の場所。かつて世界中の人々に愛された2人の、今なお世界中の子供達に語り継がれる御伽話の舞台。そこは、勇者と魔王の恋棺と呼ばれた。



 大きな衝撃音と共に、小さな影が吹き飛ぶ。その影は、人々に勇者と呼ばれた。未成熟の小さな肩に、世界の希望を乗せて戦っていた。相対するは異形の獣。広大な玉座を有する部屋において、その半分を覆い尽くしている。強大な四肢に、鋭い爪や牙。不規則に流動する体は膨張と縮小を繰り返しており、見るものに嫌悪感を抱かせる。まさしく、人類の敵と呼ぶに相応しい存在。人はそれを魔王と呼んだ。勇者と魔王、互いが互いを滅ぼすことを宿命づけられた存在。言葉は交わされず、剣と牙のみが交錯する。その、はずだった。

 魔王が右前脚を持ち上げ、足下の勇者を踏み潰そうとする。勇者は素早く反応して走り出す。持ち上がった足が振り下ろされる前に、その足へ跳躍した。そのまま足をつたって駆け上がる。目指すは魔王の胸元。赤く光る核と呼ぶ場所であった。足を振り下ろした魔王は、目的を達成できていないことに気づく。視界に勇者をとらえた。耳が張り裂けるほどの咆哮を上げる。それに呼応するように、虚空に大小の魔法陣が出現する。それらは赤く光り、熱を持った閃光を放った。狙いは定められておらず、壁を、天井を、床を勢いよく抉り取っていく。光線を喰らえば、勇者とて大きな傷を負うだろう。勇者は核までの移動を断念し、魔王から遠ざかる。

 勇者は魔王の核を見据える。視線の先には、銀髪と赤い目を持つ女性がいた。彼女こそ、魔王そのものである。獣の突進を避けながら、勇者は過去を追憶する。


「助けてくれなんて、頼んだ覚えはない」

「頼まれた覚えもないよ。私が助けたかったから助けたの」


「何かしたいことはない?怪我は痛くない?」

「…俺に構うな」


「じゃーん!どう?美味しそうでしょ!一緒に食べよー」

「一人で食べれば良いだろ。どうして俺に構うんだ」

「一緒に食べた方が美味しいじゃーん。それに、ひとりは寂しいでしょう?」

「…」


「誕生日おめでとうー!傷もすっかりよくなったねー!良かった、良かった。はい、これ」

「なんだ、これ」

「なんだ、ってプレゼントだよー!もらったことないの?」

「…ああ」

「じゃあ覚えとくと良いよ。プレゼントはもらう人も、あげる人も、両方嬉しくなれちゃうすごいものなんだぞー!」


 戦場で生き絶えかけていた勇者を、魔王は拾い上げた。気まぐれだったのか、彼女の生来の気質ゆえか。その時の二人はまだ、勇者でも魔王でもなかった。ある時、彼女は彼の前から姿を消した。

 それから彼は旅をした。消えた彼女を求めて。旅の途中で、戦士、僧侶、賢者らを仲間にし、祖龍の背を借りてこの地へ降り立った。暗雲が天を覆い、死と絶望が降り注ぐ魔王城へ。仲間たちは魔王の手下である魔物たちを引き付けた。勇者と魔王の対峙に、邪魔が入らぬように。そして勇者は、魔王の前にたった。別れる前に、賢者と交わした言葉を思い返す。


「いいかい。あの子をおかしくしている物を破壊するには、この聖剣で胸を貫くんだ」


 勇者は半透明の剣を鞘から抜く。かつて魔王を倒したという魔法の聖剣だ。魔王はそれを視界に収めた瞬間、再び咆哮を上げる。透明な空間というキャンパスに、黒い絵の具を垂らしたように闇が広がる。その闇の中から、無数の異形たちが飛び出す。勇者はそれを一瞥することもなく、聖剣を一振りした。放たれる白光は闇を飲み込み、跡形もなく消し去った。光は魔王には届かない。

 勇者は一つ息を吸い込み、走り出す。降り注ぐ赤い光には目もくれず、魔王の体を駆け上がる。隆起する体に足を取られ、何度かバランスを崩す。その度に、赤い光が体を掠めていく。光よりも濃い赤い液体が宙を舞う。それでも勇者は止まることなく核の前へ、彼女の前へ辿り着いた。丁寧かつ一瞬で、核から彼女を切り離す。そして背中へ手を回し、抱き寄せた。そのまま背中から、聖剣を突き刺す。白光と赤光が拮抗し、目を開けていられないほどの眩しさを放つ。光が収まると、赤黒い球体が空に浮かんでいた。それは力無く周囲を飛び回ったかと思えば、勇者に飛びつき、体の中心で根を張ろうとする。


「でもあれは。魔王の核は、宿主が破壊されると破壊した者に寄生する習性がある。やつはそうやって何度も、生きながらえてきた。とにかく…後のことは、アタシたちに任せな。アンタはやりたいようにやっておいで。バカ弟子」


 四肢の力が抜け、体の制御を乗っ取られそうになる。視界が、思考が赤く染まる。この世に存在する、生きとし生けるもの全てを破壊したくなる。こんな衝動に、彼女は耐えていたのか。何年も長い間、一人で。怒りが力をくれる。彼女を思う心が、止まりそうになる腕を進ませる。聖剣は、魔王の胸を貫いたまま止まっていた。その腕を勢いよく進め、自らの胸を、貫いた。先ほどと同じく、赤黒い球体が飛び出して宙を舞う。しかし先ほどとは違い、飛び付ける場所はない。少しの間空を彷徨って、五つの欠片となって空の彼方へ飛び散った。その光の下で、彼は倒れていた。胸から多量の血を流し、腕の中に彼女を抱きながら。彼女は瞑っていた目を開き、世界を視界に収める。ぼんやりとした顔が、ゆっくりと覚醒した。そして、全てを悟ったように、穏やかな顔になった。


「ーー」


 潰れた喉は、もはや言葉を発することはない。けれど穏やかな瞳が、言葉以上に彼女の心を語っていた。それに、彼はもう、彼女から十分以上に言葉をもらっていた。だから、今度は彼が返す番だった。五年前、突然消えた時から言いたかったことがある。旅をしている間、言いたいことは増えた。それでも、今口にできたのは、したかったのは、ただ一言だけだった。


「あーーーー」


 そう一言だけ呟くと、彼はゆっくりと笑顔を浮かべた。それを見た彼女も、同じように笑みを浮かべて頷いた。穏やかに、二人だけの時が刻まれていく。わずかな時間であっても、ようやく取り戻すことのできた、彼と彼女の時間だった。


 その後、その城は賢者によって氷に包まれた。二人の時間が、永遠に奪われることのないように。その城はこう呼ばれた。勇者と魔王の恋棺と。


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