001.このメッセージを終える時。
『このメッセージを終える時、それは僕がこの物語の主人公ではなかったということを示す時。
今さら自己紹介なんてあれだけど、最後だからやっておこう。
俺は、藤原魁皇。
何もかもから逃げてきたクズ人間とは俺のことだ。
世界を拒絶し、自分勝手に夢だけを追い続けた結果、俺に残ったのは後悔と絶望だけだった。
過去に戻してくれとは思わない。
仮にこの未来を過去の俺に警告したとして、きっとこの夜は晴れないだろう。
星も見えない。不気味な灰色が世界を覆う。
人生の最後くらい、満月にでもお出迎えして欲しかったがもう遅い。
もうさよならだからだ。
世界は俺を忘れ、このまま時は流れていくだろう。
置いてきたもの全てを背に、俺は向こう側へ行く。
来世は、主人公になれたらいいな。
じゃあ、さよならだ。
このボイスメッセージを皆が見てる頃、俺はもう次の人生を始めているだろう。
本当に、本当に、さよならだ。』
ボイスメッセージを作り終え、崖から黒に染まった海を見下ろす。
曇天故に光一つないこの空で、灯台だけが不気味にあたりを照らしている。
もう少し華やかに、人生を終えたかった。
君と出会ったのはそんなことを思っていた時だった。
「ふーん、君、次の人生始めたいんだって?」
背後から女性の声がした。
「ひっ!?」
ここは心霊スポットにもなっている自殺の名所。
枯れ尾花の見間違いではない。風の音の聞き間違いではない。
僕の背後には一人の少女が立っていた。
「幽霊!?!?」
「あはは、そんなまだ死んでないんだから幽霊扱いしないでよー」
ロングヘアの色白少女など幽霊に決まっている。
「あ、あっちいけ!!俺は今から死ぬんだ!!消えろ幽霊!!」
「...ふーん、死んじゃうんだ。」
「死んでも、新しい人生なんて始まらないよ。そこで終わり。死っていうのはエンドロールだから。」
彼女はクールな瞳で俺をニヤリと凝視しながら、そう冷たく言い放った。
「お前、何が言いたいんだ!」
「やけにメルヘンチックだな〜って思ってさ。死んだら終わりなんて、もう皆知ってるよ。現代科学を舐めるでない。」
「うるせえ!!とにかく俺は今から死ぬんだ!!邪魔しないでくれ!!!」.
彼女はクスクスと笑っている。
俺は、自分の死すら誰かに笑われなければいけないのか。
「...なんなんだよ。皆、俺のことを笑いやがって!死ぬ寸前も!」
「ねえ、その"新しい人生を始める"だっけ?それ明日に延期してくれない?」
「な、なんで?」
「今ここで私、死ぬから。」
「は?」
「あんたがここで死んだら、同じ場所で発見されて、カップルの心中みたいになるでしょーが。」
「だから、延期して。」
死に場所が被るのが、嫌?
だから俺の自殺の邪魔をしたのか。
「そんなの俺の勝手だろ。」
「...はぁ、じゃあ死ねないじゃん。」
彼女はため息をついた。普通のため息とは違う、とてつもなくめんどくさそうなため息だ。
「...じゃあ、私についてきてくれる?」
「え、なんで?」
「今日、死ぬつもりだったからさー。お金とか何も持ってないんだよねー。君が宿代払ってよー。」
「はあ!?なんで俺が」
「いいじゃん!どうせ君も死ぬんだしさー」
「それに、そんなに泣きじゃくりながら死んだんじゃ、遺族も浮かばれないゾ!」
そう言われて、初めて俺は泣いていることに気づいた。
涙と鼻水の濁流が、Tシャツを浸していた。
「ほら、ハンカチ貸してあげる。」
泣いていることを自覚すればするほど、涙が溢れていく。
涙で濁った俺の瞳が、真っ直ぐ彼女の顔を捉える。
肌は透き通るくらい白く、風に揺れる長い黒髪が彼女の美しさを引き立てていた。瞳はクールに真っ直ぐに俺を見つめている。
「君は、一体?」
俺の人生という物語のエピローグは、今日ここから始まったのかもしれない。
これは、とある物語。
俺と彼女の、エンドロールへと至るだけの、物語だ。
「私は、ただの自殺志願者さ。」