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太陽が隠れるずっと前から 8話 

 翌朝。結局、酒は飲まなかった。飲むとコンプライアンス的にダメだし、そもそも俺は酒の旨さなるものが分からない。なんて言うと「お子様」だとか言われるのだろうけど、そもそも俺未成年だし…。

 それはさておき。昨日、バカ二人に対して宣言した事をキッチリと遂行せねば。

 野埼に朝一で連絡を取ると、俺が家に来ても問題ないとの事だった。


 それで午前中に野埼の家にまで来た。築20年も経っていない木造二階建て。郊外によくある建売住宅という奴だ。それはそうと。


「……何よ」

「いや。まあ、出迎えありがとう」

 適当にインターホンでも押して――なんて考えていた俺の予想に対して、野埼がこの真夏の炎天下で家の前で仁王立ちしていた。

 一体、何の意味が……?なんて俺が首を傾げると、不満そうに野埼は言う。

「どうも。ほら暑いから家に早く入りなさいな」

「んじゃ、お邪魔します」

 一体なぜ?疑問は深まるばかりだ。


 玄関を上がり、居間の敷居を越えてソファーに座る。昔はよくこの位置に座ったものだ。

 最近は座る機会も無かったが。

 辺りを見ると結構、変わっていなかったりする。壁掛け時計、ガラス張りのお洒落なテレビ台と両脇に聳えたつタワーラック。

 幼い日に見上げたソレは、今や同じ目線だ。

 勿論、変わったものもある。壁に掛かる絵に見覚えは無いし、写真立ての中身も変わっていた。何より――


「あっ、駿兄ぃ!来てたの?」

 

野崎の妹、野埼季が見ない内に大きくなっていた事だ。


「見てないってせーぜー半年ぐらいでしょ?駿兄ぃ」

「ガキは一年経たずにデカくなるって親戚のオッサンがいっつも言ってたけど、その通りだなって感心してるだけ」

「駿兄ぃもガキでしょ?あたし比で爺さんだけど」

「まあその通りだけど。でも気を付けろ季ちゃん。それを姉貴の前で言うと――」

 スパンッ!ドスンッ!

「お姉ぇ!」

「痛っ!」

「誰がババアよ!失礼な!」


 誰も言ってないのに。つーか俺、とばっちりもいい所だろ……。


 さて、歳に敏感でちょっとでも誤解を生むとすかさず暴力が飛んでくる独裁者な野埼であるが、基本は優しいお姉さんである。

 今もほら。

「お姉ぇは飲まないの?紅茶」

「当然飲むけど。で、砂糖はどれぐらい入れるの?」

「お砂糖大匙3杯!」

「太るわよ、アンタ」

「お姉ぇと違って甘党だもん。紅茶は苦いだけだしコーヒーなんて泥水だもん」

「……」

 なんて塩梅に和気あいあいとしている。

 あの……普段の俺への理不尽な言動は?

 きっと野埼が身内びいきなだけだろう。

 兄弟間は競合関係だ!なんて話をよく聞くけど俺は一人っ子だからよく分からない。


 さて、テーブルに紅茶が運ばれ、ホッと一息ついていると野埼が俺の足を急に踏みつけた。

「痛っ!おい野埼何して」俺が文句を言っている途中だというのに野埼は続けた。

「季がアンタに見せたいものが有るって」

「ああ……で、何?」

「ほら」

「ふふん!駿兄ぃ見て!」

 マスの中に文章。順路っぽいものも書かれているから、すごろくか何かだろうか?

「これが『生き様ゲーム』」

「『生き様ゲーム』?人生ゲームのパチモン?」

「ぱろでぇーだよ駿兄ぃ。当世風にあれんじしてみたの。自由研究で紙のゲーム作れって担任が煩いから仕方なく。早く駿兄ぃサイコロ振って」

「先生の事を煩いとか言っちゃだめだろ」

 当世なんて古風な言葉を使う。今は戦国時代か?

 それとも最近の小学生は戦国の足軽なのだろうか?

 細かい所はさておき、渡された賽子を振る。

「三の出目。ええと『コインロッカーに放置される。親ガチャ失敗。最初に戻る』は?」

「当世風だよ?」

「いや不謹慎だろ。なあ」

「……正直アタシもそう思うけどニッコリとした笑みでそれを指摘できなかったわ」

「シスコンめ……」

 固まり、首を傾げ、指摘すると、平然と苦笑い。どうしようもないと頭を抱える。

 教育じゃねぇ。これじゃあ狂育だ。

 出鼻から先が思いやらせるすごろくに俺が頭を抱えても、ゲームは進む。

「今度はお姉ぇの番!」

「はいはい。六ね、ええと『臨海部のタワマン宅に生まれる。一マス進む』」

 まあ、その後……。

「『奴隷商に売られる。初めから』アウトだろ。つーかどこが当世風だ。これじゃあ18世紀だ」「『SNSで炎上する。一回休み』……小学生で?」「『ヤンキーとつるむ。二回休み』ヤンキー軽蔑し過ぎだろ」「『高校デビューに失敗、補導される。一回休み』腐ったみかんになったのか?」「『Fラン大学へ進学』……勉強してねぇもんな。それでよく大学行く気になったもんだ」「『30分で5万』……オイ」「『ワ〇ミへ就職。直ぐに鬱になり一回休み』そりゃそうだ。人間扱いする会社じゃないもん」「『ハーネス無しで高所作業をし無事墜落。最初から。ご安全に!』労災で死んだぞ。ヨシ!じゃねぇよ」「『情報商材を始めるも警察沙汰に。二回休み』犯罪してんじゃん。意識低いなぁコイツ」「『刑務作業で貯めたお金。一月の家賃に消える』……法務省はもっと矯正予算もらえ」「『就職するもストレスからアル中に。以降、出目から一を引く。一の場合は一回休み』デバフ付いちゃったよ」……「『雀の涙の年金。家賃が払えず生活保護に頼る』年金制度が持ち家前提なのが悪い。というかちゃんと年金基金に貢いだのか?」「『孤独死。ゴールへ』……酷い。人生クソじゃん」

 一通りゴールまでたどり着きはした。

 着きはしたがもうちょっと夢とか無いのか?と言いたくなる。

 まあ一つ分かった事がある。

 最近の小学生はヤバい。これが情報化社会の末路という奴だ。

 それにしても酷い。確かに日本オワタと人間を襲う熊と乱交パーティーで世間は成り立っているが、それは一側面だけだ。実際にはもうちょっと世間は複雑怪奇。

 男の娘とバブみ、変態と異常者で世界は成り立っていると聞く。

 高校生だから詳しくは知らないが。まあ、小学生よりは詳しい自信がある。

 なので聞いてみた。

「どんだけ斜に構えたら世の中がこう見えるのか教えてくれ」

「青い鳥を眺めてるといつもこんな話題だよ?」

「ツイッターは有害コンテンツだから今すぐ辞めてFBでも見ろ。なあ野埼?」

 直ぐに言葉は出た。やはりSNSは碌なもんじゃない。会員制交流サイトの方が百倍マシである。

 すると野埼は深刻そうな表情で答えた。

「……アレも大概よ。季はニコ動で我慢しなさい」

「???『何の問題ですか♂』『F.C.O.H.』『勘 合 貿 易』」

 ああそうだった。インターネットにマシも無かった。つーかなんだよこの文化。

 平成生まれはあまりの不況でマジ狂いしちまったのか?

 ともかく、こうなったら授ける言葉は一つだけ。

「インターネット辞めろ。図書館には背表紙ボロボロだけど豊かな感性を育てる本で一杯だから、そこで感性を鍛えろ」

 

 驚いたことにこれを夏休みの自由研究で提出する気で居たので二人で必死に止て。

 季ちゃんは渋々、すごろくの内容を書き換えて始めた。

 不謹慎、不適切な箇所は小学生らしい夢溢れる内容へ。

 時々、ネタに詰まり俺に助けを求め、それに俺は答える。こんな夢も希望もないすごろくを担任に見せつける訳には行かないのだ。例えよその家の子であっても。

 持ち込んだ残り僅かな宿題を解きながら時折、季ちゃんと話していると時間はあっという間に流れていく。

「お姉ぇが今日お化粧してたの知ってた?」

「初めて知った。え、でも無駄じゃん外に出る訳でもないのに」

「乙女と合理性は相性悪いからね~」

 そんな会話を交わしている内に時計の針はてっぺんを指す。


 季ちゃんと会話している内に野埼が昼食を用意してくれた。

 折角だし、ご相伴に預かる。

 三人でテーブルについて野埼が作ったチャーハンを食べた。

 ん、おいしい。随分と昔に焦げ付いた炭を食わされた時とは雲泥の差だ。やっぱり人間、成長するものなのだな。

 俺が無言で感心する中、首を傾げる季ちゃん。

「お姉ぇ今日薄いよ味が」

「そうかしら?」

「……?」

 特に薄味とは俺には感じられなかった。まあ確かに冷凍食品のと比べて薄いような?

 でもお店で食べるのと同じぐらいの味だと思う。

「醤油減らしたぐらいで美女になんか成れないよ。それに味は濃い方がいいよねー 兄ぃ?」

「美味しければそれでいいかな、俺は」

「ふぅん?じゃあ 兄ぃとか男の人は、お姉ぇと違って塩一グラムで人生破綻するみたいな極端な生き方してないの?」

「俺はしてないな。あっ、一応言っておくと男だってそういうの気にしてる人も居るんだぞ。だってさ、ほら。カッコいいとこ見せたいじゃん?俺は塩一グラム減塩すればイケメンになるなんて信じてないけど」

 ただ、一応はフォローを。

 まあ正直言うと病気でもないのに美味しいものを美容だとか理由をつけて食べない。というのは俺の価値観では理解出来る境地ではない。

「冷めるから早く食べなさいな、二人とも。そもそもアタシ、塩一粒で人生破綻するなんて極端な思想持ってないわよ」

「知ってる」

「知ってるー!」

 小言を言う野埼に二人声を合わせて答えると、理不尽に俺だけお盆で叩かれた。

「だったら早く食べなさいな」

「なあ、酷くね?俺だけ」

「うーん?兄ぃはもうちょっとお姉ぇの事、褒めた方がいいと思う!ほらお姉ぇ褒めればチョロいから」

 少し痛む頭を撫でながら俺が季ちゃんに尋ねると、返って来たのはまあ大体、予想がついてた言葉。でもな、実際にやってみるのはムズカシイというか。

 言葉に詰まっていると、季ちゃんが一言。

「あー面倒な二人。もうちょっと単純になればいいのに」


 その言葉がどうも、妙に心に残った。心に残ったまま、家に帰り、夏空を見た。

 星座は見えない。乾いたジャングルのせいで。


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