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太陽が隠れるずっと前から 6話

 それからおよそ一週間。丁度、おやつの時間を少し過ぎて陽も少し傾き始めた。

この頃になるとヒマラヤ山脈並に聳えたつ宿題も折り返し地点。

 数学の問題を文句を言いながらダラダラと解き、英語の単語を脳味噌に入れて一度解いた化学の問題を解きなおし、どうも苦手なイスラム圏の歴史をノートに纏めたりした。

 その間、ちょっとした準備もしている。

 移動の為にバスと電車の時刻表を元に行程を組み、施設に予約を取って不足する道具を注文した。

 直前に準備を済ませるようではドタバタして余計な出費をする羽目に遭う。俺はそれが痛いほどわかっているから準備に早い段階から着手しているのだ。

 とまあ、風呂の浴槽をスポンジで擦りながら注文した道具が届くのを今か今かと待ちわびていたその時であった。

 ブーッ。

 短くスマホが震える。スポンジを一旦おいて、洗剤まみれの手を濯いでから画面を見ると、そこにはいつもの名前と共に「今暇?」と文字が躍る。

 三時過ぎて四時近くだぞ……。

 急いで浴槽を濯ぎ、「暇」と返事すると「夕飯食おうぜ」と返ってきた。

 今から夕飯の話である。自炊しないのに。食欲旺盛か?

 とまれ。今日も両親は遅い。どうせ二人共外で済ませて帰ってくる。一週間も自炊すれば流石に飽きて来る。偶には作れないレパートリーも食べたい。

 「おk」そう書くと「了」と来た。

さて、今宵の夕食は何だろうか。ちょっとだけ楽しみだ。

 ……どうやら俺も食欲旺盛なようだった。


 


 それからしばらくして。待ち合わせの場所に就くと既に二人の姿があった。

 既に二人でなにやら言い合いをしていた。ボチボチ俺も話に参加してみると。

 「それで男三人でファミレスはどうかと僕は思うね」

 「えーいいじゃんファミレス」

 「まあ悪くは無いと思うけど。マズいのは勘弁な」

 

 苦言を呈する箕面にファミレスを強く推す間宮。美味しければどこでもいい俺と見事に分かれた。協調性ゼロである。

 

「わかった、わーかった。じゃ聞くけどファミレス以外にどこに行けばいい?」

「そうだね……居酒屋とか?」

「おれ達未成年。OK?」

「むむ……じゃあ美味しいかつ丼屋。知ってるかい?」

「……知ってるけど。分かった、トンカツだけどいいトコ知ってるからそこで。野埼もいいか?」

「かつ丼……揚げ物……」


ただ直ぐに妥協案を出せるあたりが若さだろうか?ただしちょっとおふざけ込み。

早速突っ込まれて修正する箕面。言い方からして箕面としては不本意な形なのかもしれないが、俺には最高の選択だった。だって!油!揚げると!汚れて!面倒!

間宮もそれに納得して俺に尋ねるが、俺は上の空だった。ここ数日、油っぽいものを口にしていない思春期男子にその提案は悪魔的だ。


「なあ箕面。これ、ダイエット中なのか?コレステロールとか気にしてるのか?」

「多分違うね。これは自炊生活で冷凍コロッケ以外に揚げ物に触れなかった者の末路さ」

「なんと……恐ろしい末路だ」

「違いないね」


なんて好き勝手言ってる声も聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。

本当に久しぶりの揚げ物。そのサクサクとした衣を思い浮かべるだけで涎が垂れそうだ。


 近所の小さなとんかつ屋に入り、お店の名物とんかつ定食を三人で頼む。

 夕方の店内は早速、酒盛りを始めたおっちゃん達やサラリーマンばかりで、恐らくこの中で一番若いのは俺たちだろう。

 

 「畜生ビールが欲しい。早く二十歳にならねぇかな。酒税嫌だけど」

「酒、たばこが二十歳になると嗜めるようになるけど、代わりに税金と年金を払わないといけないから何とも言えないけどね」


そりゃ、隣で楽しく酒盛りだ。法のせいで飲めないなら愚痴の一つも出る。

ボヤく間宮に箕面は身も蓋もない事を言う。ああ、これだからモテないのだ。こいつらは。


「密造すればいいじゃん。なあ間宮」

「おまっ。犯罪、犯罪だぞ」

「国庫から盗むなんてアナーキストじゃないから出来ないよ、僕は」

「酒税○○%丸儲けなのに?」


水を呷りながら俺は間宮に提案するが、珍しく間宮が正論を吐く。意外な事に箕面も反対するが、俺は持論を展開する。


「密造酒は製造に慣れないと失明するかもしれないのに?リスキーすぎるよ。第一、日本の酒税は低水準だからメリットが薄い。自家消費でも作るよりも買って来た方がコストと労力の面で安い。一日、十リットルも飲まない限りはね」


まあ、その通りではある。俺は何も言えなかった。

孤島でもない限り、酒は近所のコンビニでさえ買える。誤魔化せば未成年でも。

それなのに脱税してまで作る必要があるのかと聞かれると無い。市場に出回っていない酒でもない限りは。


「まあ。そうだけど」

「さて、それでこの話は終わり。で、いつとんかつは出て来るのかい?」

「トントンまな板でキャベツを千切りにしてる所だからもうすぐだな。まあ待て」


俺の密造酒に関する持論を封じてまで箕面はカツの到着を待ち望んでいた。

そんな調子だから常連らしい間宮がキョロキョロと見回す箕面を落ち着かせるのだった。


そうこうしている内にトンカツ定食が人数分やってきた。運んできた店員に見覚えがあったが、果たしてどこで見たのやら。

 それはさておき。早速、トンカツを頂く事にした。

 パクリ。

「おいしい!」

「僕史上、一番おいしいトンカツだよこれは」

俺と箕面の二人はソースも掛けずにトンカツを無我夢中に口に運ぶ。

止まらないのだ。ロースのうま味とサクッと音を立てる衣に魅了されて。

 「だろ。ここのは絶品なんだ」

 興奮止まない二人に対して、慣れた手つきでソースと七味を掛けながら間宮は落ち着いて返す。常連になるとこの美味しさが当然になる。贅沢な話だ。

 「特製ソースと七味が合わさりピリッと甘辛になる。で、それがサクッとしたトンカツに程よく合う。ま、好きな様に食べるのが一番だ」

 サクッ!心地よい音と共に時間は流れていく。


 さて、膳の上はすっかり空っぽになり少し暇になって来た。

 暇になると会話というのは下らない近況報告になるものだ。

 「それで休み中。これまで何回、野埼は家に来たんだ?」

「一回。何だよ、何が訊きたい?」

間宮がニヤケ顔でそんな事を尋ねる。心底、つまらなそうに俺は答えると…。

「向こうから来たのか?」

「来た。それがどうしたって話だけど」

「じゃあ今度お前野埼の家に行け」

「ハァ?」

間宮の提案に俺は思わず声が出てしまう。

そんな俺を気にも留めず、間宮は論を続ける。

「一回来た、なら行け。な?単純な話だろ」

「いやいや」

「何か悪い事情でもあるのかい?」

 しばらく黙っていた箕面まで会話に参加し始めた。

「まあ……いや、それは迷惑かなって」

「野埼は来た。なあ駒橋、お前も男なんだろ?見せろよ、勇気を」

「そうだそうだ。勇気を見せるんだ」

 妹さんに迷惑だから。それを盾に俺は拒絶しようとするも、二人は俺を神輿に乗せて社にでも放り込む気でいる。

 ここまで来たら逃げ道はない。まあ、きっと俺一人だと最後の勇気を振り絞れないのが原因なのだろうけど。

 「分かった、行きゃいいんだろ。行けば」

 投げやりに俺は返した。

 すると二人してニヤリと笑うと「男に二言は無いからな?」「上手く行くと信じてるよ」なんて無責任に俺の肩を叩く。

 遠慮もなく行ければナァ……。もうちょっとこの恋も進展してたと思う。

 仕方ない。言ってしまった事は仕方ない。俺はそう決心するが。


 「よっしゃ!店員さんコイツにジョッキ一つ!」

 「僕も一つ!」

 「はいはいソコ、バカ言わない。それに箕面くんもノラない。わたしたち高校生でしょ?まったく」


なんて二人と一人で盛り上がってる。何だよ、コイバナは酒のツマミなのか?

俺は真剣なのだというのに。まあ、他人の恋路などスキャンダルか何かなのかもしれないけど。



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