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太陽が隠れるずっと前から 4話

 長きに渡る期末テストが終わって。

 今回のテストもまあ、ボチボチは出来た。具体的には野埼は当然として、間宮や箕面よりも低めに見積もった自己採点で点数は上回った。

 後は授業態度を加味した成績だけだけど、まあ大半の先生は精々授業毎の小テストの点数を加えて考える程度に手抜きをしてくれる。

 きっと赤点への恐怖は杞憂に終わる事だろう。

 さて、テストが終われば皆、羽目を外す。普段から外しているような連中も含めて皆外すのだ。

 当然、俺や間宮、箕面だって――




「ちょっとっ!ねえっ!聞きなさいよっ!」


 三人でラーメンでも食いに行こう!と張り切って教室を後にしようとしたその時であった。

 よく聞きなれた甲高い声が聞こえた。振り向くと野埼が慌てた様子で鞄を持ち、ゼイゼイと肩を揺らしながら立っていた。


「……野埼?」

「これからどこに行く気なの?」

「え?ああ、バカ共とラーメンでも食べに行こうかと」

「……連れて行きなさいよ」


 甲高い声で尋ねる野埼に俺は正直に答えた。どこからか「バカとはオイッ!」「まあまあ。馬鹿に駒橋も含まれてるから突っ込むところじゃないよ」なんて声が聞こえる。しかし。

 俺の耳に残ったのは野埼の囁きだった。聞き間違いか?と身構えるが。


「ん?」

「だからっ!連れて行きなさいっ!アタシを!」

「え?いや油っぽいけど」

「いいから!」

「あっ、うんはい」


 聞き間違いではなかった。少し俺がマイナスな事を言っても、彼女は叫ぶ。

 俺にでさえ、彼女の本気が伝わった。

 が、しかし。これは漢同士の約束なのだ。


「ダメだな、こりゃ」

「尻に敷かれてるねぇこれ。ところで僕らは一緒に行ってもいいパターン?」


 チラリと間宮と箕面を見る。二人は何やら遠慮がちに配慮を――


「多分大丈夫だろ。ほら、野埼は駒橋しか見てねぇし」

「なら大丈夫だね。偶にはラーメンも悪くないし、楽しみにしてたし」

「だな。おう、お二人さん。行くなら急げよ」


 しては居なかった。まあ、あの二人なら図太いからそうなるな。

 俺達二人に告げると、バカ共は先に歩き出す。

 その後ろを俺と野埼の二人はテクテクと付いて行くのだった。



 

 しばらく歩いて。国道沿いの小さなラーメン屋は今日も名物のチャーハンを引っさげて盛業中だった。

 ギシギシと油っぽい床を踏み分け、汚れた券売機で食券を買って四人掛けの席に着く。

 金曜日のお昼下がりだというのに店内は老若男女問わずでほぼ満席。


「ってかよ、ラーメン屋でラーメンを食べない。コイツの事、野埼はどう思う?」

「いいじゃないかチャーハンの方が好きだし。君は喫茶店でコーヒー以外を買う事の無い人間なのかい?」


 間宮がバンバンと隣に座る箕面の肩を叩きながら野埼に尋ねた。

 箕面も箕面で詭弁、もとい自身の正当化に勤しんでいた。

 俺としては別に構わないと思う。箕面の言う通り、喫茶店で抹茶ラテとかクリームソーダとかそういう軟派な物を買う事が別に悪い事とは思えないからだ。というか俺がそれ。

 しかし。


「ラーメン屋でラーメンを食べないね……微妙なところね。アタシは喫茶店で必ずコーヒーを頼むような人間だから、理解は難しいわ」


 野崎は首を縦に振る事は無い。妙なところで固いのが野埼なのだ。


「アンタ何よ」

「いや。変わらないなぁ、って」


 やっぱりと俺が納得していると、野埼が訝しむように俺を見る。下手に誤魔化す必要もなかろうと正直に言うと、野埼は首を傾げた。


「おい見ろよアイツ見過ぎて本人よりも詳しくなっちまってる」

「哀れな思春期男子の末路。キモいの擬人化さ」


 部外者が何か言っているが、俺には一切聞えなかった。




 注文した食事が運ばれてきて、早速お昼ご飯と行くことにした。


「んでさ今回も英語が激ムズだったよな」

「ええそうね。あんな単語習ったかしら」

「一応、範囲には入ってたよ二人共」

「……(ムシャムシャ)」


 大盛に盛られたもやしと麺をかき分けながら間宮は今日もテストの愚痴を言う。

 野埼も箸を一旦おいて話題に参加し、お冷を呑みながら箕面がそれを指摘する。

 そんな中、俺は一人醤油ラーメンを味わう。いい感じにチャーシューがスープとマッチする。

 どうも食事中に話すのは苦手だ。特に大人数、一対一程度ならちょっとは話せるし、これがお菓子とかだったら会話は弾むのに。ただ、口下手なだけかもだけど。


「ま。テストの話なんかして麺が堅くなったら人生やってらんねぇや」

「違いないね。もうちょっと楽しい話をしよう」

「そうね。そうでしょ、アンタも?」


 黙々とラーメンを食し、付いてきたチャーハンを楽しんでいた所。三人はいきなり俺に賛同を求めて来る。んな知らん、俺は黙々と食べてるだけ。とは言わず。


「伸びる前に食べないと」


 なんて無難に言ってみた。まあ、少しぐらいは気を使って。




「でよ。合コンの数合わせにぶち込まれてさぁ、なんて言われたのかと思う?野埼」

「分からないわ」

「『うわぁ中途半端な筋肉。下半身も上半身も後六割絞れる』なんだよ筋肉オタクかよ」

「……そういう子も居てもおかしくはないとは思うけれど」

「それで分かったんっすよ。ああ、俺達がおっぱいについて論じている時。アイツらこんな目で見てるのかなって」

「もうちょっと蔑んでいると思うわ」

「……ドストレートっす」

「あー灰になっちゃった。すいませんね、アホが迷惑かけて。まあ僕はそんな機会にも恵まれない哀れな存在ですが。需要ありますかね?」

「マニア受けじゃないかしら?」

「ひゃん……」


 三人の会話を小耳にはさむ限りは何だか猥談みたいな感じになり始めていた。

 まあバカ共は俺も含めて女子と話す機会なんて少ないのだ。折角のチャンスだ。聞けるだけ聞いてやろうとケチ臭い思考が二人を支配しているのだろうか?

 まあ野埼も野埼だ。バッスリ切っていく。それでいいのか?なんて小耳に挟んでいる内に二人共灰になっちまった。間宮はまだ半分ラーメン残ってるのに。

 ショッキングな事実に二人共耐えられなかったようだ。自業自得だけど。

 まあ、ちょっと場の空気が悪くなる。灰になってしまっては会話なんで出来ないし、野埼にも自責の念が生じてきたのだろうか?バツが悪そうに俯く。

 仕方ねぇ。ここは一肌脱いでやる。


「ギョーザ頼むぞ。お前ら二個ずつ俺のおごりだ復活しろ」


 その声を聞くや否や。二つの屍はピンっと背筋を伸ばして復活した。現金な奴らである。

 四つの目はギラギラと輝かせて俺を見る。まるで餌を待つ犬みたい。つい苦笑してしまう。

 俺の隣に座る野埼に至っては呆れ顔だ。心配してたのに、直後にこれでは文句の一つも言いたくなる。

 表情を伺う限り、きっとこう言いたいのだろう。『だからモテないのよ』

 俺は立ち上がると券売機へと向かうのだった。


 ギョーザに舌鼓を打ち、何故か二人が角煮を奢ってくれて。すっかりお腹いっぱいになってラーメン屋を後にした。その帰り道。

 隣を歩く野埼を見ると、どこか満足気だった。満足する要素なんて一つも無いと思うのに、だ。

 それでもまあ、満足そうだし。それでよかったのかもしれない。

 それはそうとして――今日も誘えなかった。

 テストが終わればあっという間に夏休みになる。時間はあまり残されていない。

 まだ青い午後の空の下、俺はちょっとずつ焦燥に駆られつつあった。

 幼い日の約束を守るべく。


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