春告鳥
さっきまで賑やかだった講堂に、何度も登った階段。閑散とした教室の窓に揺れるカーテンを見ると、何だか知らない空間を見ているかの様。こうやって校内を見て回ると、思い出深い場所もあれば、全く知らなかった場所まで見つけられて、知った気で居た学校に名残惜しさが残る。
下駄箱周辺にはちらほらと誰かを待つ人が居て、涙ぐんで写真を撮る人たちもいる。彼ら彼女らにとって、最後となる今日。人生の分岐点をそれぞれで乗り越え、異なった道を進む物同士で過ごす一瞬一瞬を大切に噛み締めていた。
僕もその一人。花冷えの風を感じながら人を待っている。
「藤宮!」
後ろから僕を呼びかけるひなさん。振り返れば、花吹雪と同時に揺れる綺麗な長い髪の毛が本当に絵になる。
「ひなさん」
「ごめんね待たせて。」
「全然。僕も少し校内ぶらぶらしてきたところだし」
「そっか、ありがとう。あ、そうだ。この後、家族が一緒にご飯どう?だって。藤宮の都合もあるからまだ返事してなかったけど、どうする?」
「それはありがたい。お邪魔でなければ是非ご一緒したいかな。」
「こっちが誘ってるんだから邪魔なわけないでしょ。」
「僕なんかを誘ってくれる人は数えられるくらいだし、予定なんかあるはずないから行かせていただきます。」
「出た、すぐ卑屈さを出す。藤宮も変わんないねー」
意地悪そうに微笑む彼女の顔を横目に目的地へと歩き出す。
「それじゃ行こー、藤宮が来てくれるからみんなも喜ぶぞー」
「行こー」
歩き出すと同時に、自然と手を繋いだ。ひなさんの暖かくも柔らかな手を握り、僕は、君との出会いを振り返る。
君と出会って、人との距離が縮んだ。あのね、ひなさん。本当は、怖かったんだよ。人との距離を縮めること。自分の事が知られること。
僕にこんなに沢山の表情があるなんで知らなかったよ。こんな感情が持てるなんて知らなかったよ。君は知らなかったと思うけど、僕が抱えていた恐怖とか、不安とか、全て君が持っていってくれたんだよ。
僕が思っているよりも君は、強くて。僕が思っているよりも、君は儚くて。壊れやすくも、煌びやかな君だから、こんなにも明るい日常が付いているんだね。優しい人たちが寄ってくるんだね。僕は、僕以外の人のことなんて知らなかったよ。
突然ひなさんは、僕の手を引っ張り走り出した。走る君の背を見つめながら、引っ張れるがままに後ろを走る。時々振り返り見える笑顔は、桜にも負けないほどにキラキラとしていた。
ひなさん。僕の日常を壊してくれてありがとう。人を愛せることを、人を想うことを教えてくれてありがとう。
僕は君に何かをしてあげられたかな。
僕は君に何かをしてあげられるかな。
僕の腕を引っ張っていた手がスッと離れ、僕が顔を上げる。
「早く!藤宮!」
どこまでも高くそして、青い空を背景に、さっきまでとは違う暖かな風と共に吹く桜の中で、振り返る彼女が僕を呼ぶ。
あぁ、せめて。せめてその笑顔のままで、居させてあげられたらな。
そんなことを思いながら彼女に駆け寄り、今度は僕が彼女の手を引っ張り、走り出した。