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#7 畝傍とウネビ

 #7 畝傍とウネビ


 昶Side

 

 坂崎准将の話をあたし達は静かに聞いていた。

 あたしはそれを聞いていてある事を思い出した。


「ねえヒロ君」

「ん、何?」

「以前にあたし達が群島へ行ったときに時計や写真の技術が異世界からの来訪者によって伝わったって言ってたわよね?」

「うん、そうそう。そのどちらも「畝傍」の乗組員達から伝わったんだよ、時計なんかは鍛冶職人や鉄砲職人総出で技術を模倣したんだけど大変だったそうだよ……写真機カメラに関しては船舶用の望遠鏡や発光信号に使うヘリオグラフを作ってたレンズや鏡の職人が作ったらしいけどそっちは比較的順調に国産化できたって話だよ」

「なるほどね……先程の発光信号にはモールスを使っておられたがそれも稀人からですか?」


 坂崎准将の問いにヒロ君は頷いた。


「その通りです……モールス信号に関してはその後のまた別の稀人の事案の時に伝わったと聞いています、「畝傍」関連では他にも「ジョウキキカン」という風や人力に頼らない動力の国産化をする事も考えられていましたが……」

「さすがにそこまでは無理だったという事ですか?」


 亜耶が飲んでいた紅茶をソーサーに置きつつ質問するとヒロ君は「いや、そうじゃないんだ」と首を横に振った。


「……というと?」

「かなり昔の話で僕もあまり詳しい事は知らないんだけどね。彼らが船ごと転移してしばらく経っての事らしいんだけどさ……」


 ヒロ君の話はこうだ。

 フランスの造船所で建造され、旧日本海軍に引き渡す為に回航中だった防護巡洋艦「畝傍」は転移直前に南シナ海で嵐に巻き込まれていたらしく艦内にかなりの浸水があり更に至る所にダメージを受け満身創痍の状態だった。

 「畝傍」は航行していた南シナ海から群島の人たちに「希人の門」と呼ばれる渦巻き状の虹色に発光する不可思議な霧に包み込まれ群島沖のニライ・カナイと呼称される海域へと転移した。

 そして彼らはたまたまニライ・カナイに来ていた群島の船に誘導されて群島の首都ユズリハの港に命からがらたどり着いた。


 転移した「畝傍」はあたしと亜耶が群島に転移した時のように手厚くもてなされた。

 その時の乗員は建造したフランスの造船所の人達や派遣されていた日本人、他には日本へ向かう家族等の90名。

 運良く全員無事であったという。


 しかし転移してしばらく経過したある日。

 首都ユズリハの沖合にシーサーペントの群れが現れた。

 連邦艦隊が緊急出港したが迎撃を行った半数の船が沈没もしくは大破という大きな被害を出した。

 そして連邦艦隊の包囲を抜けたシーサーペント数匹が多数の民間船舶が停泊するユズリハ港へと迫ったのである。


 この時、連邦艦隊の主力であるガレオン船が出払った港に残っていたのは大型の帆船と交代し、すでに退役した人力のガレー船と小型のフリゲート艦クラスの帆船だけだった。

 それでも勇敢な船乗りたちは出撃しシーサーペントと戦い、沈んでいった。

 いよいよこのままでは港も、そこで働く民間人達にも危険が迫り、ユズリハ港はこれまでに無い危機に瀕してした。

 その時である。連邦艦隊に所属していない軍艦が出撃して行く姿があった。

 防護巡洋艦「畝傍」である。

 自分達が見知らぬ世界から来た異邦人であるにも関わらず群島の人々に暖かく迎え入れられ、手厚く保護を受けた乗組員達がそれに恩を感じていたであろうことは想像にかたくない。

 未だ嵐で損傷した部分の修理が終わっていないとは言え当時最新の軍艦だった「畝傍」の武装はその威力を存分に発揮した。


 最後に残った一匹のシーサーペントは特に大型だった。

 そのシーサーペントは一旦深く潜ると今度は急速に浮上し、「畝傍」の真下から強烈な体当たりを喰らわせた。

 元々その設計から復元性に乏しかった「畝傍」は左へと大きく傾斜した。

 だが「畝傍」の乗組員達はその左への傾斜を好機と見た。つまり傾斜を利用して砲の俯角を取り海面近くの浅い深度にいる大型シーサーペントに対して左舷の一斉砲撃を行ったのである。

 しかし「畝傍」はそのまま傾斜し続け、のし掛かるように横転し、一斉砲撃で瀕死だった大型シーサーペント諸共、群島の深海へと沈んでいったという。

 運良く脱出できた乗組員は半数程。

 そして生き残った乗組員達によって時計や写真といった技術が群島に伝わったのである。 


「そんな訳で「ジョウキキカン」の技術移転がされる前に「畝傍」が沈んでしまって全てを国産化できなかったんだ」

「そんな事があったのか……そうか、「畝傍」は最後まで軍艦として民を守る責務を全うしていたのか……!」

「仰る通りですサカザキ准将、この船の名前はオヴェリア海軍のシデン級二番艦「ウネビ」と言います……異世界人であるにも関わらず最後まで勇敢に、命がけで群島の民を守ってくれた彼らを我々が忘れる事はないという意味でもあります」

「なるほど……よくわかりましたよ、私はこれからラティス帝国本国の海軍司令部に報告をしなければなりませんが出来る限り良い条件で受け入れるよう働きかける事をお約束します」

「ありがとうございます、そうしてくださると此方としても助かります」

「そうだ、一つ頼みたい事があるのですが」

「?……我々に出来る事ならば対応しますが……」


 坂崎准将の言葉にヒロ君が怪訝そうな表情をする。


「転移した時の詳しい状況を知りたいので書面にして頂きたいのです」

「ああ、なるほど!直ぐに作成しましょう」

「お願いします」

「准将、私と昶はこちらに残りたいのですが……そうすれば私達が聞き取りつつ書類の代筆も出来ますし」

「そうだな、君達に任せるとしよう……お互いに素性を知っている同士の方が何かと意志疎通もしやすいだろう……宜しいですかな?」

「そうですね、此方としても有り難い申し出です。ではそういう事で宜しくお願いします……進路はこのままあの灰色の船と同じ方位、西へ向かえばいいのですよね」

「ええ、その方向に一番近い港がありますので速やかに入港出来るよう根回しを港湾関係者にしておきます」

「わかりました、ありがとうございます」


 その後もあたし達とヒロ君達の会談は順調に進み、少し休憩する事になりあたしが立ち上がるとビアンカちゃんが「あっ」と何かを思い出したような小さな声をあげた。


「ん?どうしたのビアンカ?」

「……ねえ、あの事も言った方が良くない?」

「……あの事って?……あ、「アレ」かぁ……」

「ヒロ、忘れてたの?」

「うーん……「アレ」かぁ……確かに「アレ」は懸案だしなあ……」

「そうか……「アレ」の事をすっかり忘れてたぜ」

「正直「アレ」に関してはこのまま忘れていたかったけど「アレ」を放っておいたら面倒になりそうだしなぁ……」

「「「アレ」って何?!?!」」

「……?」


 思わずツッこむあたしと亜耶、何が何やらという顔の坂崎准将。


「あー……実に言いにくい内容なんだけど……」

「どうしたの?行方不明者でも出た?捜索くらい協力するわよ?空から捜す事もできるし?」

「そうか!!いやー助かったよ!!是非頼みたいっ!!」


 あたしの両手をとって上下にぶんぶんと振る。

 いやどういう事だってばよ。


「ちょ、ちょっとヒロ君!?何々なに!?」

「あのね……坂崎さん、昶さん、亜耶さん……その行方不明ってね……」

「?……誰なの?知ってる人?」

「どなたです?」


 それとなく目を逸らすヒロ君。

 え?なんで目を合わせようとしないのよ。


「ヒロ君?」

「ヒロさん?」


 あたしと亜耶がジト目でヒロ君を軽く睨む。なーんか怪しい。


「……いや実は……………イリエ衆の船なんだよ………」

「うえっ!?!?」

「えっ……」


 思わず変な声が出た。


「…………ショックだったみたいよヒロ」

「えーと……とにかく任せた!」

「ちょっと待てい」


 心なしか彼が大量に冷や汗を流しているように感じるのだが。


「それは一体どういう事なのか」

「きちんと話して下さい」

「……嫌だなあ二人とも怖い顔して」

「何故そうなったんです?」

「あー……俺達はニライ・カナイ海域でこの転移に巻き込まれた訳なんだが、その時に近くにイリエの野郎の船「イナグ・シレナ」号がいてな、連中の船の方が俺達より先に「希人の門」に巻き込まれて消えちまったんだよ……真っ赤な帆に人魚の骸骨とクロスさせたカトラスの紋章が入ったガレオン船だから見ればすぐに奴の船だってわかる筈だ」


 あたしは思わず頭を抱えた。

 イリエ衆というのはあたしと亜耶が以前ヒロ君達の暮らす世界へ転移した時に出会った海賊衆なのだが面倒くさいというか、鬱陶しいというか……なんて言えばいいのかな、アニメでいう「悪役だけど部下思いで人望が厚くて妙にナルシストで思いこみが激しい」というあまりお近づきになりたくない……所謂面倒なタイプの人物なのだ。


「これは想定外でしたね……」

「……とにかくヒロ君達が転移した場所を中心に捜索範囲を広げるしかないわね」

「そういう事なら我々「アトロポス」の紫電にも偵察ポッドを装備させて空から捜索させましょう」

「色々と面倒をおかけします……紫電を使って貰えるのなら助かります」

「いえいえこの二人が以前大層お世話になっていますから……そういえば彼女達がそちらの世界に転移したときは紫電ごと転移したのでしたね、その時の報告書を読ませて貰いましたよ」


 この後も実務的な事を色々と打ち合わせをし、終始友好的な雰囲気のまま話し合いは終了した。

 坂崎准将は内火艇で空中重巡洋艦「黒姫」へと戻り、ラティス帝国海軍司令部のあるパルマポート軍港 (日本で言えば横須賀や呉を想像するとわかりやすいか)へと向かったのである。


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