#5 空間転移
#5 空間転移
昶Side
眼下の海を見下ろすとそこには傭兵部隊「アトロポス」所属の駆潜艇12号が航跡の弧を描きつつ魔法陣へと接近していくのが見えた。
「アトロポス」艦隊臨時旗艦の空中重巡洋艦「黒姫」からの緊急出動命令で近くの海域で哨戒任務中に駆けつけたのだ。
ラティス帝国正規軍、つまり海軍所属の艦艇じゃないのは単純に最近の戦闘による損耗が激しくて船のやりくりがつかなかった為とこれまでの傭兵部隊「アトロポス」の実績を鑑みて国から正式な要請があったからである。
現在視認できる魔法陣の数は直径が500m程の物が一個、50m程度の物が十五個の合計十六個である。
「魔力濃度、まだ上昇中!………このままじゃメーターを振り切るわよこれ!?」
「昶、あれを!小さい方の魔法陣から何か出てきます!」
「あれは……!」
ホログラフで拡大してみると小さな方(と言っても直径50mはあるが)の魔法陣から細長い物が出て来るのが見えた。
それは接近する駆潜艇12号を威嚇するように鎌首を持ち上げた。
「トパーズ1よりブラッククラウン、小型魔法陣よりシーサーペントが出現、これより第3種防衛出動交戦規定により戦闘に入る」
『ブラッククラウン了解、武運を祈る』
「火器管制及び魔導術式管制は正常に稼働中、紫電で以前異世界に跳ばされた時みたいな魔力飽和による操作不能の心配は今の所無し……」
「どうやらMCMは問題なく使えるようですね」
MCM、それは「Magic Counter Measures=マジックカウンターメージャーズ」の略で地球世界のECMに類するものである。
電波妨害系の機能のECMに対してこれは濃い魔力から魔導機兵の魔導エンジンの制御機能や魔導管制機能を守るためのシステムである。
「このまま射撃しつつ降下するわよ亜耶!」
「はい!」
亜耶はミスティックシャドウを航空機形態のエアロギアから人型形態のアサルトギアへと機体を変形させる。
「火器管制、90mmマシンガン…3点バーストモード!」
紫色の18mの巨人が急降下しながらマシンガンをシーサーペントに向けて撃つ。
3発ずつ連射する3点バーストで発射された弾丸が一匹目のシーサーペントの頭蓋を砕き群青の海へと沈める。
更に目の前に海中からもう一匹が顔を出し巨大な氷球を吐き出してきた。
「アイスシーサーペントまでいるなんて厄介ですね……はぁっ!!」
亜耶の気合いと共にミスティックシャドウⅡは剣を抜くとその首を斬りとばした。
「西側の魔法陣は駆潜艇12号が対生物戦闘中だから東のを狙うわよ亜耶!」
「わかりました!」
コクピットのホログラフには76mmの主砲を発砲する駆潜艇12号の姿が見える。そして各所に装備された機銃が弾幕を張ってシーサーペントを近づけさせないようにしているのが見て取れた。
「さすがに実戦慣れしていますね……西側の魔法陣は駆潜艇12号に任せてよさそうです」
「うん、そうしよう……亜耶!大型魔法陣から何か出てくる!!魔力急速に増大!!」
直径500mの巨大魔法陣が爆発的に輝く。
そしてその中から、まるでトンネルから出てくるようにゆっくりとその姿を現す見覚えのあるシルエット。
「……帆船!?魔導種じゃないの?!」
「回避しますっ!!」
気が付けばあたし達の機体は衝突寸前まで接近していた。
亜耶は低空を高速で飛行する機体が帆船の側面に衝突するのを回避するために運動性能に特化した人型と航空機の中間形態、マニューバギアに変形させる。
両脚のエンジンポッドを前方へと突き出し逆間接状態にして急制動をかけ、帆船の甲板にいる船員達や船尾に掲げられた国旗がはっきりわかるくらいの距離でエアロギアに変形させるとそのまま機首を真上に向け、エンジンの全推力を海面に叩きつけての急上昇をさせてやっと衝突を回避した。
「昶!あの帆船の国旗は!」
「……まさかね、とにかくあの帆船を沈めさせないようにするよ亜耶!」
「はいっ!」
「トパーズ1よりブラッククラウン、想定外の事案発生、巨大魔法陣より船が出現、全長は約90m、全幅は約10m、3本マストのクリッパー船、カロネード砲による武装がある模様、国籍は……」
あたしは一瞬言い淀んだ。あの船の所属する国とその海軍を知っているのはあたしと亜耶だけだ。
『どうしたトパーズ1、国籍がわかるなら報告してくれ』
意を決してあたしはその国、異世界の友人が住むその国の名前を口にした。
「国籍は……オヴェリア群島連邦共和国!」
クリッパー船 甲板上
「今のは……!!」
ヒロ達の目の前で人型から鳥のような形に変形し、轟音と共に急上昇していった紫色の強い魔力を持つものを見上げる。
「いやあの魔力はまさか……!」
「ヒロ!あれ……!シーサーペントが何匹も!!」
「まずい場所に来ちまったようだぜ!野郎ども!!砲撃戦急げ!!面舵一杯!!射線軸にシーサーペントを入れるんだ!」
そうしている間にもシーサーペントが船に向けてその鎌首をあげて氷球を吐き出した。
「氷球ですって!?あれただのシーサーペントじゃないわよ!?」
「やべえぞ!ありゃあアイスシーサーペントって奴だ!あんなもん船体に喰らったら船に大穴ができるぞ!!」
しかし、その氷球は上空からの凄まじい銃撃音と同時に船に着弾する直前に粉々に砕かれた。
『やらせるかあーっ!!このバカでかいウミヘビの分際でーっ!!』
再び急降下してきた紫色の巨人が銃らしき物を向けて連続して発砲する。その弾丸に2体、3体と頭蓋を正確に射抜かれてアイスシーサーペントが沈んでいく。
「えっ、あの声って……」
「……昶さん……?」
ビアンカの声が聞こえているのか、紫色の巨人が振り向いた。
その肩には以前彼女達がビアンカ達の世界に跳ばされて来たときに乗っていた機体に描かれていたものと同じ「剣を持った女神」の部隊章。
『やっぱり!!甲板にいるのはヒロ君にビアンカちゃん、リュウセイさんね?……今この海域に十五匹のシーサーペントが確認されているの!早くこの海域から脱出して!進路はここから西の方角へ行けば大きな港があるからそっちへ!』
「リュウセイ!ここは彼女たちの言う事に従おう」
「ああ、さすがに十五匹も相手にしきれねえが……ちょっと難しそうだぜ」
「ああっ!昶さん、後ろに!」
ビアンカの声とほぼ同時にクリッパー船の側面にずらっと配置された30門のカロネード砲が次々に火を噴いた。
ミスティックシャドウⅡの背後から襲いかかろうとしていた二匹のアイスシーサーペントに次々に砲弾が命中してひっくり返るように倒れると海中へと没していった。
「へへっ……助けて貰った借りは返さなきゃ海賊の名がすたるってもんよ!野郎ども!!シーサーペントを近づけさせないように弾幕を張れ!!」
紫色の巨人は敬礼するとクリッパー船から距離をとり再び戦闘に入った。
昶Side
クリッパー船からの砲撃はシーサーペントに当てつつ進路をこじ開けるように続く。
それに呼応するかのように駆潜艇12号も主砲である76mm砲を次々にシーサーペントへと命中させる。
その砲撃から逃れようとクリッパー船へと進路を変えた二匹のシーサーペントがカロネード砲の一斉砲撃を喰らってバラバラになって沈んでいく。
「すごいですね帆船の一斉砲撃って……発砲煙で船体が隠れそうです」
「六十門クラスであれじゃ百門積んだ戦列艦だったらもっと凄いんだろうなあ……このっ!!行かせるかっての!!」
90mmマシンガンの直撃を喰らってまた一匹が沈んでいく。
……と思ったら五匹がクリッパー船を囲むように海上に頭を出した。
「くっ!射撃が間に合わない!!」
「スラッシュビットを使います!!」
クリッパー船 甲板上
「くそっ!!砲撃が間に合わねえっ!取り舵一杯!!避けろーっ!!みんななんでもいい!掴まれっ!!」
五匹のシーサーペントがクリッパー船に向けて突進してくる。取り舵はとったものの衝突は避けられない。
ーーーーぶつかる!!
そうビアンカが思った瞬間、シーサーペントとクリッパー船の間に紫色の巨人が割り込んだ。
「昶!?亜耶!?いくらなんでも五匹相手は……!!」
紫色の巨人の周囲に二十個程の魔法陣が生成されると同時にその魔法陣が高速で回転し、一匹のシーサーペントに対して四つの魔法陣が飛んでいく。
そして高速回転する魔法陣が四方八方からシーサーペントに襲いかかり斬り刻んだ。
五匹のシーサーペントはあっという間にバラバラに切断されて沈んでいった。
それをみて不利を悟ったのか最後に残ったシーサーペントが海中へと潜っていく。
「すげえ……」
「五匹のシーサーペントを一瞬で……」
『あーっ!逃げるなコラー!!』
『いえ、シーサーペントにそんな事を言っても……』
目の前の敵がいなくなったクリッパー船はそのまま進路を西へと向けた。
「……あら?」
「どうしたのビアンカ?」
「ううん、気のせいかな……ちょっと違和感がね、でも大丈夫よ」
「……それならいいんだけど」
駆潜艇12号 艦橋
「艇長、最後の一匹が潜って逃げていきます!」
「逃がすな!ソナー作動!対生物爆雷戦に移行する!」
ピコーン!というソナーの作動音。
即座にシーサーペントのいる深度と座標が算出される。
「微速前進」
「微速前進、まもなく当該座標です…………現在目標の直上!」
「爆雷投下!」
駆潜艇とは駆逐艦よりも小型で沿岸警備や船団護衛を主任務とした対潜水艦戦闘を主な目的とした船である。
その為に海中の敵を発見するための魔力感知ソナーや敵潜水艦、敵性水中生物を殲滅するための爆雷やロケット砲を装備している。
本来ならば地球世界で第2次大戦中に使用されたヘッジホッグのような対潜ロケット砲の方が爆雷よりも効率よく沈められるのだがこの駆潜艇12号にはまだ装備されていなかった。
またこの世界の軍事技術は魔導機兵のような特殊な兵器以外は基本的に第二次世界大戦レベルで止まっている為に現代の海上自衛隊が装備しているような誘導魚雷はまだ開発されていない。
そして駆潜艇12号の後部の爆雷投下軌条から幾つもの爆雷が投下された。
クリッパー船 甲板上
「………もうシーサーペントは海中に逃げちまったのにありゃあ何やってんだ?」
「……さあ?僕もわからないなあ……海中の敵に使うマジックアイテムとかなのかなあ?トウバル先生は文献で読んだ事ある?」
「いえ……私にもさっぱりですね」
樽のような何かを幾つか海中に投下した灰色の鉄の船が少し離れると海中から大きな爆発音が数回聞こえ、一瞬の間をおいてクリッパー船のマストの高さを軽く越える巨大な水柱が何度も上がった。
そしてシーサーペントの死体が浮かび上がってくる。
「水の中でも爆発するとは……それにしてもとんでもねえ威力だな、あいつらが敵じゃなくて良かったぜ」
「どうやら助かったみたいねヒロ」
「うん、それに僕もビアンカも「あの力」を使わずに済んだしね」
「それが……変なのよ」
「変?」
「ええ、この子が言うには「腹一杯だから暫く昼寝する」って」
「へ?!昼寝!?」
「ここの魔力がもの凄く濃いからかしら?……なんかさっき昶さんと亜耶さんが魔法で攻撃した時にも少しあの魔法陣の魔力をつまみ食いしていたみたいなの」
「あー……確かにさっきの攻撃魔法は凄まじかったからなあ……あ、さっきビアンカが言ってた違和感ってもしかして」
「ええ、その通りよ……でもこの子がお腹一杯なら何かあっても昶さん達に迷惑をかけないで済みそうね」
「確かに。取り敢えずどうなっているのか状況を聞かないとなあ」
「そうね……私とヒロだけならまだしもリュウセイさん達やトウバル先生も巻き込まれちゃってるし」
ヒロが灰色の鉄の船に目を向けるとクリッパー船と同じように西に進路を変えて併走し始めた。