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#4 稀人の門

 #4 希人の門


 

 ニライ・カナイ近傍海域


 ヒロとビアンカを乗せたクリッパー船は目的の海域に到着するとそこで停泊し、魔法薬による海水の魔力濃度水質検査を行い、更にその海域に生息する生き物達の調査をしていた。


 そして夕暮れ、ほぼすべての調査を終えて母港であるオヴェリア群島連邦共和国の首都ユズリハの軍港へと帰還の途につこうとしていた。


「あれ?……」


 見張りをしていた海賊船員は望遠鏡をおろすと思わず目を軽くこする。そしてもう一回望遠鏡を覗いてみる。

 最初は水平線の向こうに三本のマストとそれに張られた帆が見えた。そして見る間に水平線を越えるようにしてその船体が見えてきた。


「ありゃあ見覚えがあるなぁ……あ、あの帆は!思い出した!」


 海賊船員は慌ててマストから縄を伝って甲板に降りるとリュウセイの元へと報告に走った。


「お頭ぁ!」

「馬鹿野郎!今は海賊船じゃねえ!臨時とはいえ正式な軍艦に乗ってんだ艦長と言えっつってんだろ!……で、どうした?!」

「ひえっ、す、すんませんおか……じゃねえ艦長!」


 報告に来た海賊船員がリュウセイに怒鳴りつけられて一瞬恐縮する。


「方位140にこっちに近づいて来る船を発見しました!」

「なんだと?……後ろから追いついて来やがったってこたぁ……おい、望遠鏡を貸せ!」

「へいっ、どうぞおか…艦長」


 リュウセイが望遠鏡を覗くとそこには厄介者として認識している一隻の帆船が見えた。


「おいおい……あの無意味に派手なのは「イナグ・シレナ」……イリエの野郎の船じゃねえか」

「へい、どうしますか」

「無視だ無視、もしこっちに手を出してくるようならまた船体に窓を増やしてやれ、そのためのカロネード砲だ」

「わかりやした、お頭!」

「だから艦長って言えっつってんだろーがあ!!」



「……ねえ、なんか騒がしくない?」

「どうしたのかな……リュウセイ、何かあったのか?」


 にわかに騒がしくなった甲板を見たビアンカに聞かれてヒロがリュウセイを呼びとめた。 


「……これで右舷後方、方位140を見てくれ」


 察したリュウセイが望遠鏡を渡すとその指さす方向にヒロはレンズを向けた。


「方位140って?」

「ああそうか、船から見た方位をどう言うかビアンカは知らないんだっけ」

「簡単に説明するってえとだな、自分の船から見た相対方位ってのは船首を0、船尾は180の360度に分けて示すんだ、だから左舷の真横の方位だと……」

「ああなるほど、その場合は方位270になるのね?」

「ご名答……うわ、あの悪趣味な派手さは……」


 思わず本音が漏れるヒロに苦笑しながらリュウセイが望遠鏡を受け取る。


「取り敢えず無視しとけって言っといたがどうする?」

「うーん……トウバル先生、調査サンプルは足りてるのかな?」

「もう充分に採取しましたから大丈夫ですよ」

「よし、じゃあ帰投しようリュウセイ」

「おう、野郎ども戻るぞ!抜錨、総帆展帆!面倒くせえからイリエの野郎の船をぶっちぎるぞ!!」


 海賊船員達の威勢のいい返事と共に錨が巻き上げられ、マストに登った船員達が帆を張り始めた。

 総帆展帆とは帆船のすべての帆を張る事を示す言葉である。

 フォアマスト、メインマスト、ミズンマストとその前後にあるバウスピリットとジガーマストのすべてに帆が張られると船は風にのって動き始めた。



 海賊船「イナグ・シレナ」


「ふっふっふ……やっと見つけたぞ、あれがオヴェリア連邦艦隊の新型クリッパー船か」


 この海賊船の船長イリエ・ブラバー(28才)はオヴェリア連邦艦隊の新型クリッパー船が完成し、公式試運転に出航するとの噂を聞きつけるとやっと修理が終わりドックから出たばかりの自分のガレオン船「イナグ・シレナ」号で追ってきたのである。

 公式試運転は海軍に引き渡される前に造船所が行う性能試験を兼ねた航海で実戦出動ではなく当然海軍の任務で動いている訳ではない。

 だから洋上で海賊船とかち合っても乗組員が正規軍の軍人ではない為に有無をいわさず砲撃されて沈められる心配は無い。


 ちなみに構造上ガレオン船よりも快速帆船であるクリッパー船の方が船足が速い。

 海賊という立場故に自分達を取り締まる任務に投入されたら確実に面倒な事になる海軍の最新鋭クリッパー船の速度性能は是が非でも把握しておきたいというのがイリエの本音であった。


「親分、そんなにあの新型が気になるんですかい」

「一流の船乗りはどんな相手でもその実力を把握し、理解して戦いに備えるものだよ」

「は、はあ……」

「さあ見せて貰おうか……連邦艦隊の新型の実力とやらを!!……最大戦速だ!」

「へいっ!」


 海賊船「イナグ・シレナ」が増速し、距離を詰めにかかる。




 クリッパー船、甲板後部ジガーマスト付近


「ああっ、もう鬱陶しいやつだなぁ」

「知ってる人の船なの?それにしても派手な船ねえ……赤い帆なんて初めて見たわ……えーと、帆のマークは人魚の骸骨にクロスさせたカトラスかしら?……目立ちまくってるわよあれ」


 思わず頭を抱えて悶絶しそうな勢いのヒロを横に望遠鏡を借りて覗いているビアンカがその派手な帆と紋章の帆船に首を傾げる。


「……そういう奴なんだよ……イリエの野郎は……」


 頭が痛いと言いたげに手を額にあてるリュウセイ。


「え?イリエってあの二人が来た時に騒ぎを起こした人達よね?!」

「そうなんだよ……とにかく引き離そう、海軍に引き渡す前に船に傷が付いたりしたらかなわねえ」

「ああ、それで頼むよリュウセイ……この船の性能なら全速力まで出さなくても引き離せるだろう、最大速力まで教えてやる事はないからね」


 海賊船員達の舵取りと帆の操作で速力が上がり始めると不意にビアンカが「あれ……?」と不思議そうな声をあげた。


「ねえヒロ、あれ何かしら?」

「えっ?……ビアンカちょっとその望遠鏡貸して」


 ヒロはビアンカから望遠鏡を受け取って覗くと一回望遠鏡から目を離して目を軽くこするともう一度望遠鏡を覗く。


「なんだあれ……?」

「ん?どうしたんだ?」

「あいつの船の後ろのあれ。どう思う?」


 ヒロが指さす方向をリュウセイが見るとーーーそこにはイリエの海賊船「イナグ・シレナ」の真後ろに妙な渦巻き状の霧ーーーそれが淡く虹色に輝きながら船に迫って来るのが見えた。




 海賊船「イナグ・シレナ」


「ほう、この「イナグ・シレナ」を引き離しにかかるか……だがしかし!船の性能の違いが戦力の決定的な差ではないと言う事を……」

「親分っ!!う、後ろを見てくだせえ!」

「今いい所だと言うのにどうした、海の男たるものむやみに慌てるものではないぞ」


 速力勝負を楽しもうとしていた所に水を差されて台詞を遮られたイリエは不服そうな表情をしつつ部下の海賊船員に顔を向けた。


「す、すいません、とにかくあれを!!」

「この肝心な時に一体どうした……な、なんだあの変な雲は!?いや霧か!?……ん?この船に追いついて来てないか?!」

「へっ、へい……あっという間にあの変な霧が発生したと思ったらどんどんこっちに向かって近づいてきてるんでさあ親分」

「気味の悪い霧だな……引き離すぞ!」

「無理っす親分!もう12ノット出てるんです、これ以上速力が上がりませんぜ!」

「な、なんだと!?……おい、さっきより一段と霧が追いついて来てないか!?」

「お、親分どうします!?」

「うろたえるな!取り舵だ取り舵一杯!!あの妙な霧の進路から待避しろ!!」


 海賊船員達が慌てて舵をきり、帆の向きを変える。

 しかし悲しいかな、時既に遅く渦巻き状の虹色の霧が「イナグ・シレナ」に覆い被さるように船体を包み始めた。

 

「親分、あれを!」

「あの光は……!!」


 海賊船員が指さす先を見るとマストの先端や帆の両端がシューと音を立てて炎のように光っていた。


「あれは……「聖者の炎」!!」


 地球世界の者が見たらそれを「セントエルモの火」と呼称するであろう光をあちこちに灯した「イナグ・シレナ」は虹色の霧にその全体が覆われていく。



 クリッパー船、甲板後部ジガーマスト付近


 あちこちに「聖者の炎」を灯したイリエの海賊船「イナグ・シレナ」が虹色の霧に包まれて消失するのは一瞬だった。


「お、おい!?消えちまったぞ!?」

「えっ?あれどういう事!?」

「……僕もあんなのは見た事ないよ……とにかくあれから逃げないと!リュウセイ!」

「お、おう!!野郎共、全速前進だ!!」


 更に風にのってヒロ達のクリッパー船は17ノットまで速力が上がった。


「騒がしいようですが一体何事です?」

「あ、トウバル先生!ちょうどいい所に!あれを見て!……さっきまでガレオン船が一隻いたんだけどあの変な霧に包まれたと思ったらきれいさっぱり消えたんだよ!」

「消えた…?本当ですか!?」

「おう、俺もビアンカ嬢ちゃんも見てたから間違い無いぜ先生」

「……以前大統領府の図書館の文献で読んだ物に一つだけ心あたりがありますが……いやまさか」

「知ってるのか?」

「確証はありませんがそれで良ければ」

「構わない、話してくれ」


 学者肌で群島の北方生まれの船医は一つ息を吐くと話し始めた。


「希人の話しは皆さんご存じだと思いますが……」

「ああ、この前も二人こっちの世界に来て帰っていったが」

「いえ、もっと昔の……そうですね、この船の名前の由来に関わる方の話です」

「……あの「ボウゴジュンヨウカン」とかいう種類の鉄の帆船の希人の話しかい先生」

「そうです、彼らを船ごとこの世界に跳ばした「希人の門」の話は聞いた事ないですか?」

「それなら以前に図書館で船の調べ物した時に読んだような…………あ!!」

「ヒロ、知ってるの?」

「うん、確か渦をまいた虹色の変な霧に包まれたと思ったらニライ・カナイ海域に船ごと跳ばされたって記述があったよ思い出した!」

「その渦をまいた虹色の霧が「希人の門」です、おそらくあれがそうなのでは……既に一隻飲み込まれているんですよね?」

「ああ、それもたった今飲み込まれたぜ」

「じゃあ私達も下手に飲み込まれたら知らない何処かへ跳ばされるかもしれないのよね?」


 ヒロが身につけていたサバイバルナイフがそれまでよりも一段と明るく輝きだし、その光が周囲に広がっていった。

 それと時を同じくして「聖者の炎」がマストの先端をはじめとしたあちこちに出現する。


「これは……!!」

「覚悟を決めるしかない………かな」

「こりゃあ腹をくくるしかねえな」


 直後、白いクリッパー船は虹色の霧に包まれた。

 そして虹色の霧がすぐに消えるとそこには二隻の帆船の姿は無くただ凪いだ晴天の夕暮れの大海原が広がっていた。


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