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#2 処女航海、もう一つの異世界にて。

今回はもう一つの異世界側のお話です。


 #2 処女航海、もう一つの異世界にて。



 オヴェリア群島近傍海域


 南洋にあるオヴェリア群島連邦共和国はその名前の通り幾つもの島々から構成される島国であり、未だ封建国家の多いこの剣と魔法の世界では珍しい共和国制度によって運営される国である。

 そして島国という地政学上の理由からその生命線とも言える海上交通、つまりシーレーンを守り制海権を確保する為にその軍事力は海軍を主軸とする安全保障政策をとっている。


 沖縄を思わせる南洋の海を一隻の帆船が航走していた。

 その外観は三本マストの大型クリッパー船である。

 船尾にはオヴェリア群島連邦共和国の国旗とその海軍の所属を表す旗が掲げられている。


「ヒロ、この船の処女航海が無事に出来て良かったわね」

「うん、これの建造をしてた時は色々騒ぎがあったからねえ」

「でも楽しかったわよね、思ってもいない人達と会えたし」

「あの時はびっくりしたなあ……あの二人とは夢の中だけの繋がりかと思ってたんだけどまさか再会するなんてさあ……あの時はビアンカもびっくりしてたし」

「まさかこっちの世界に跳ばされて来ちゃうなんてね……そう言うヒロもてんてこ舞いしてたじゃない」


 ビアンカと呼ばれた亜麻色の髪に翡翠色の瞳をした小柄な少女はくすりと思い出し笑いをしながら頷いた。

 僅かに焦げ茶色がかった黒髪の少年の名前はヒロ。

 容姿こそ二十歳に満たない少年に見えるが訳あって既に四百を越える年齢でこの国の救国の英雄でもあり、軍の重鎮でもある。

 その立場ゆえにオヴェリア海軍の誇る最新鋭クリッパー船の処女航海に婚約者の(ビアンカ自身が政務の助手等もしているからというのもあるが)ビアンカと共に招待されていた。


「うん、今頃あの二人はどうしてるのかな?」

「傭兵部隊の船に乗ってるって言っていたからどこかに遠征しているのかもしれないわよね」

「確かに。現役の船乗りはひとつの場所に長くとどまる事は少ないからねえ」


 ビアンカとヒロが数ヶ月前に起こった事件の思い出話をしていると不意に船が面舵をとって向きを変えた。

 船体が左に傾き、舵に合わせて船員達が帆の向きを変える。


「あれ?まだ進路を変える予定は無かった筈なんだけどなあ」

「どうしたのかしら?」

「ついさっき海鳥便で海軍司令部から連絡が来やがってな、これがその通信文だ」


 海軍の人手不足故にこの船の公式試運転中のみの臨時船長として雇われた海賊 (と言っても国公認の海賊でいわば昔の村上水軍に近い立場にある)の頭目であるリュウセイが持っていた通信文をヒロに手渡した。

 ヒロはそれを受け取り、読み進めていく。すると微妙に眉間に皺がよった……どう見ても良い知らせではないらしい。


「どうしたのよヒロ……悪い知らせなの?」

「うん……内容は大きく分けて二つ、一つ目はこの近傍の海域……ニライ・カナイにわりと近い所なんだけどそこで原因不明の魔力が観測されていてそれの緊急調査」

「もう一つは?」

「それがさあ……」


 思わず嘆息するヒロ。


「……?」

「イリエ衆の海賊船がこっちに近づいてるらしいんだよ」

「それってこの前の騒ぎの時の人達よね?」

「大方、この船の武装や性能を把握しときたいんだろうが……あいつらはこの船に取り締まられる側だし……やはりあの時に沈めとくべきだったかなあ……」


 やれやれというようにヒロは頭をかく。


「もし連中の船が現れてもぶっちぎってやりゃあいいだけのこった……気にしすぎだぜ」

「……そうだな、この船の性能とカロネード砲なら格上の船でも対抗できるだろうし」


 この帆船の武装は通常のカノン砲ではなくより威力の高いカロネード砲である。

 問題は射程距離の短さだが射程距離を同じ大きさの大砲同士で比較した場合、68ポンドのカノン砲が1600mなのに対して同じ68ポンドのカロネード砲だと360mでしかない。

 だからカロネード砲は基本的に接舷直前の距離で使用する近距離向けの大砲と言える。

 最も帆船同士の砲撃戦は砲撃の正確さや破壊力の問題から基本的に距離数百メートル程度に接近しての撃ち合いになるためにカロネード砲が不利になることは少ない。


「とにかく現場に向かうしか無いな、調査してからの帰投でも充分足りるだけの水と食料はあるんだよな?」

「主計の連中にさっき聞いた話じゃ当該海域の往復にまる四日、調査に一日使うとして残る水と食料の余裕は三日分って話だ」

「じゃあさっさと行って終わらせて帰投するとしよう」

「よーし、そうと決まったら速力を上げるぞ……おい野郎ども!!すこしばかりとばすぞ!!」


 おおっ!!っとリュウセイ率いる海賊衆船員達の威勢のいい声が甲板に響きフォア・メイン・ミズンの三本のマストの帆が風を受けて弧を描くように膨らみ、船が速力を上げた。




 ニライ・カナイ西方海域


 ニライ・カナイと言われる海域は一年に二回だけ冥界への門ーーーーつまり「死者の門」が開くと言われる海の聖域、そしてこのオヴェリア群島連邦共和国の人々にとって魂の拠り所である。

 場所柄、他の海域よりも魔力の流れが大きいのだが目指す場所はそのニライ・カナイから西へ六海里(約11km)程離れた場所である。

 そしてその聖域にかなり近い海域であるが故に外洋に出ていて一番早く急行でき、なお且つ速力と武装の充実したこの船に調査の指令が海軍から回ってきたのである。


 途中、特にトラブルもなく風にも恵まれた為に順調な航海を続けたヒロとビアンカ達の船は予定よりも少し早めに目的の海域に到着する事ができた。

 そのままゆっくりと巡回するように航行しこの海域の魔力や潮の流れ、海の生き物達に異常が無いかの調査をする。


 リュウセイの手下である海賊船員の一人がロープを付けたバケツを放り込んで海水を汲み上げるとそれを眼鏡をかけたオヴェリア群島の北方出身である学者肌の船医へと渡した。

 船医は試験管に海水を入れると船に常備している魔力を測定する魔法薬をスポイトで一滴垂らした。

 すると一瞬で海水の色が濃い紫色、それも黒に近いような色へと変化した。船医は思わずその色にぎょっとして声を上げる。


「なんだこりゃあ?!」

「随分と毒々しい色だけどどういう事?」


 調査の様子を興味深げに覗いていたビアンカが船医に疑問を呈した。

 ビアンカは貴族の生まれであり貴族の娘としての英才教育を受けて育った。

 その為に人並み以上の知識とかなり高い教養を持ち合わせているビアンカだがそれでもこのような現象は見た事が無かった。


「僕もこんなのは初めてみるなあ」

「私もこんなのは見た事ないわ……リュウセイさんはどう?」

「……いや、俺達も海の生活は長えがこんなのは見た事がねえ……トウバル先生、こりゃ何を意味してんだ?」

「簡単に言えば「魔力は魔力でも未知の魔力」……としか言いようが無いですね、私もこんな反応は初めてですよ」

「未知の魔力?魔力に種類なんてあるの?」

「一種類です……いや、今の今までは一種類だった、と言うべきですね。これまでの魔力測定では普通はこの魔法薬を垂らして魔力を検知すると鮮やかな青に変化するのですが……」

「いざやってみたらこの結果、と?」

「ええ、かなり強い魔力ではありますが……うーん……」

「どうしたんだいトウバル先生、言うだけ言ってみたらどうだ?」

「単なる推測でしかないので正確な結論では無いかもしれませんよ?」

「構わないよ、情報は多い方がいいしそれをまとめて考えた方が真実に近づけるかもしれないからね」

「わかりました」


 トウバル船医は試験管を専用のスタンドに置くと立ち上がって眼鏡の位置を直した。


「艦長、ここはニライ・カナイに程近い海域でしたよね?」

「ああ、ニライ・カナイまで六海里だから近いぜ」

「それの影響かもしれません、あそこは冥界への門へと繋がると言われていますからね」

「でもちょっと待って船医さん」

「はい、何でしょう」

「毎年二回冥界への門が開くなら毎回その時に今と同じ事があるんじゃない?」


 ビアンカの指摘にトウバル船医は眼鏡の位置を直しながら大きく頷いた。


「仰る通りです、今年のニライ・カナイは既に冥界への門が開き、そして閉じました……という事はその影響が残っている事が考えられます、たとえば冥界の、もしくは我々が住むこの世界とは異なる世界の魔力がこの世界に漏れ出している可能性です」

「こことは異なる世界の魔力ねえ……あ!!」

「どうしたのヒロ?」

「ほら、「異なる世界」なら……!」

「ああ!もしかしてあの二人が帰った時の影響とか……ってヒロ?!それどうしたの!?」

「えっ?えっ?」


 驚いた表情のビアンカが指さした先にあるのはヒロの左腕にホルスターごと付けてあるサバイバルナイフ。

 ビアンカに言われて慌てて見るとその刀身が淡く発光している。


「これは……!!どういう事です?」


 目を丸くして驚き興味深そうに見つめるトウバル船医に思わず後ずさりしそうになるがとにかくこれは説明しないとこの学者出身の、研究者肌の船医は納得しないだろうと思いなおし、説明する為に淡く光を発するサバイバルナイフを抜いてその刀身を見せた。


「先生、半年前の希人の騒ぎを覚えてる?」

「ええ、リュウセイ船長に異世界からの来訪者が半年前にあったと聞いていますが……まさか!ニライ・カナイの魔力を利用して元の世界へ!?」

「うん、そうなんだよ先生……このナイフはその異世界からの来訪者の女の子に貰った物なんだ」

「なるほど……という事はそのナイフは異世界の材料で作られた物という事になりますよね……魔力が導き合ってるのでしょうか……うーむ」

「船医さん、この海水にも魔力が宿っているのよね?」

「ええ、今の結果を見る限りかなり濃い魔力が溶け込んでいる筈です」

「うーん……あれっ?……変ねこの海水?」


 ビアンカが左手を海水の入ったバケツに突っ込むとぽわあっと心地よい感触があった。


「ちょっと?!よりによって左手突っ込むとかビアンカ何やってんの?!」

「これ……確かにおかしいわ……上手く言えないけど「この子」が喜んでるみたい」

「へ??どういう事??」


 とある事情を抱えた左手を躊躇無く魔力たっぷりの海水に突っ込んだビアンカの行動にヒロがびっくりして声を上げた。


 ビアンカとヒロは「呪いの烙印」を左手に宿している。特にビアンカのそれは「喰神の烙印」とも言ってそれを行使するとあっという間に周囲の者達の魂を吸い取ってその糧としてしまうかなり剣呑な呪いの烙印である。

 そしてその強力さ故にその事情を(全面的にでは無いにしてもある程度)知るのはこの国の海軍の重鎮であるヒロや国家元首であるケイゴ大統領や親しくしているリュウセイといった周囲のごく一部の信用のおける者達だけである。


 ヒロの呪いの烙印は「海神の烙印」である。それは審判を司る呪いであり「罪と罰の呪い」でもあった。

 それは人の罪の重さを量りその罰を与えると言われている。しかしその力を行使するとその代償として宿主の精神を徐々に蝕んでいきそこから生み出される宿主の苦痛をその糧とする。

 だからヒロもビアンカも余程の事が無い限り呪いの烙印は使わないのである。


 魔力が溶け込んでいるならもしかして、とビアンカがその左手を突っ込んだ海水を再び試験管に入れて魔法薬を垂らすと今度は全く変化が起きなかった。


「これは一体……?」

「あー、「そいつ」が海水の魔力を喰っちゃったのか」

「…………多分」

「なんとまあ……とにかくこれだけでは判断材料にはまだ乏しいですね」

「そうだね、もう暫く調査を頼むよ先生」

「わかりました、他にもこの辺の生物や気象条件とかとにかく色々な方面から調べてみましょう」


 トウバル船医は他の試薬やアイテム等の道具を持ってくると言って医務室へと足早に戻って行った。


「やれやれ、大事にならずに済めばいいんだけどなあ」


 フラグになりそうな台詞と共にヒロとビアンカは顔を見合わせたのである。


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