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5 芸術家の言い分~一人の音楽家

 音楽室に、ピアノの音と、子供たちの歌声が響いている。

 今はまさに音楽の時間。壁に掛けられた音楽家たちの肖像画――バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンらが見守る中、音楽の授業が行われていた。

 「豊かな自然」がどうしたとか、「文化の心」がどうしたとか、「すこやかな子供よ、すこやかに育て」とかいった言葉は、歌われている歌が、この小学校の校歌であることを示していた。

 厳しい顔をした中年の女性教師が、ピアノの鍵盤をたたき、いかめしい伴奏を奏でながら、やはりいかめしい目付きで、時折、子供たちに視線を走らせる。どの生徒も大きく口を開けて、大きな声で歌っているようだった。昔の有名な詩人と、昔の有名な作曲家の手による、この学校の来歴と理想の子供像とを歌う校歌が、こうして高らかに歌われていることに、音楽教師は深く満足していた。

(これがあるべき姿だわ)

 と、音楽教師は考える。

(生徒たちみんなが同じ一つの決められた音楽を決められた通りに歌う。これこそが本当のハーモニーだわ。これこそが学校教育のあるべき姿よ)

 少し口元をほころばせる。ところが、その満足は、一人の男子生徒に目を留めた時、跡形もなく消え失せた。歌っていない生徒がいる。その男の子は、音楽の授業の際中だというのに、口を閉じて、どこか遠くを見るような目付きで、じっと立っていた。他の生徒たちが皆、教師の伴奏に合わせて、一生懸命に歌っているというのに。

(何を考えているの?)

 音楽教師の胸の内に、ふつふつと怒りが沸き起こる。

(そんなふうにぼーっと突っ立って、いったい何を考えているの? 許せない和を乱す行為だわ! 今は授業中なのよ。音楽の授業!芸術に親しみ、感受性を養う時間が与えられているのに! せっかく、先人の作った素晴らしい校歌を歌わせてあげているというのに! これだから音楽が嫌いな子供は困るのよ!)

 音楽教師はピアノを止めて立ち上がった。

「ちょっと! あなた! どうして歌わないの?」

 音楽室が静まり返った。

「みんなが歌っているのに、どうしてあなたは一人だけ歌わないでいるの!」

 ものすごい剣幕で音楽教師は怒鳴った。すると男の子は、こう言った。

「しーっ。静かにして」

「はっ?」

 音楽教師は顔をしかめた。男の子が言う。

「今、降りて来てるところだから」

「はっ? 降りて来てる? いったい何が?」

「何って、ぼくの音楽だよ。ぼくだけのメロディー。ぼくだけのフレーズ。それが今、降りて来ているんだ」

 音楽教師は唖然とした。

 やがて、男の子は満足そうな笑みを浮かべると、大きく息を吸い込み、そして歌い出した。

 歌い出した音楽は、もちろん校歌ではなかった。ロックだった。それはどこまでもロックだった。

 音楽教師は口をあんぐりと開けていた。壁に掛けられた肖像画――バッハやモーツァルトやベートヴェンといった音楽の権威たち――が眉をひそめたようにも見えた。

 男の子は歌い続けた。どこまでもどこまでもロックな歌を。音楽室中に響き渡る大きな声で歌い続けた。

 そして、男の子は男の子自身の音楽――それは最後までロックだった――を歌い終えると、満面の笑みでこう言った。

「I love music!」

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