3 挨拶のわけ
ある晴れた冬の日のことだった。
俺は近所を散歩していた。田んぼと、住宅地の間を走る、車道に沿った、少し広めの歩道を歩いていた。
西から吹き寄せる風が冷たい。今は積もっていないが、今年はずいぶんと雪が降ったものだ。
冬の風に吹かれながら、俺は黙々と歩いた。歩きながら、とりとめもないことを考えていた。
今日の晩ご飯は何にしようかとか、そう言えば、あのパン屋にもしばらく行ってないなとか、そんなことを考えていた。
そうやって、どれくらい歩いただろう。俺は、道の向こうから、一人の男の子が歩いて来るのに気付いた。
黄色い帽子をかぶり、黒いランドセルを背負っている。黒っぽいコートを着て、黄色い傘を右へ左へ揺らしながら、こちらへ歩いて来る。
小学校五年生ぐらいだろうか。そう言えば、今は小学生が下校する時間帯だったな。俺はそんなことを思った。
「……ん……は」
俺が歩道の脇に寄って、小学生とすれ違いかけた時、声が聞こえた。最初、俺はそれがなんなのかわからなかったが、うつむき加減にしていた顔を上げて、気付いた。
「こんにちは」
小学生と目が合った。どうやら、俺に挨拶をしてくれていたらしかった。
今時、見も知らぬ相手に、こんなふうにしっかりとした声で挨拶する小学生がいるものなのか、と、俺は少し驚くと同時に、感心な子だ、と、温かい気持ちになった。挨拶を交わすということは、世の中の一員として、お互いが気持ちよく暮らしていく上で欠かせないことだ。
「こんにちは」
俺は小学生に挨拶を返した。
その人を一目見た瞬間、ぼくはわかった。
その人は、黒いダウンジャケットを着て、灰色のニット帽をかぶっていた。
あっ、不審者だ。一目見た瞬間、ぼくはわかった。
歩き方も、どこかおかしかった。なんだかぎこちなくて、まるで、人間以外の生き物が、無理をして人間の歩き方をしているような、そんな不自然な歩き方だった。
それに目つき。どこか一点をじっと見ているようにも見えるし、逆に、どこも見ていないようにも見えた。
一目でわかった。この人が不審者だ。この人がそうなんだって。
だいたい、おかしかった。大人はみんな仕事に行っている時間だった。きっと無職に違いなかった。
こんな時間に、外を歩いているなんて、きっと無職に違いない。無職はみんな、犯罪者予備軍だ。
あのリュックには、いったい何が入っているのだろう。ナイフとか、スタンガンとか、粘着テープとか、手錠とか、そういうものが入っているのに違いなかった。
いったいどんな危ない犯罪を計画しているのかわからなかった。なにしろ、無職の考えることだ。頭の中は犯罪の計画でいっぱいに決まっている。
ぼくはその時、しばらく前に、学校に来て講習会を開いてくれた、警察のおじさんとお姉さんが言っていたことを思い出した。不審者は、おはようございますとか、こんにちはとか、声をかけられるのを嫌がる。警察のおじさんとお姉さんはそう言っていた。こちらから声をかけると、犯罪を思いとどまることもある、と、そう言っていたのを思い出した。
よし、世の中に不安と悲しみしか生まないゴミクズめ、ぼくがお前の犯罪行為を阻止してやる。
「こんにちは」
ぼくは不審者に声をかけた。