植物状態の彼女
しゅるりと伸ばされた腕が僕の皮膚の上を伝っていく。指先であろう触手、植物の蔓が僕の肘の寸前、手前までを覆う。
「ふへへへへへ」
と気味の悪い笑い方をする目の前の彼女、花咲未来は右腕の先が緑色の触手へと完全に変化している。この前とはえらい違いだ。
「進行、は……どれくらい?」
「ん。ステージ2だって」
そう言って服をまくって見せてくれた腕は奇妙な形をしていた。肩から少し先の二の腕の肉が紐状に細分化されていて、先端に近づくにつれて緑色が濃くなっていく。その先端部は未だに僕の腕に巻きつきシュルシュルとしつこく撫で回し続けている。
「ふへへへへへ、アキラくんの肌すべすべ……」
「くすぐったいって」
隙間に指を挟み引っ剥がす。今回の触手には吸着力はないみたいで簡単に取れて楽だ。触手の数が減っていく度に「あぁ!」とか「うゔ」とか呻き声をあげる。まるで僕が虐めてるみたいじゃないか。
「それで、ステージ3になるまで猶予は何日だって?」
「うーんとね、ニヶ月、だったかな」
覚えてないのかよ自分の事だろ、とツッコミたくなるのを堪える。彼女の事なんだから、その進行具合を彼女が覚える気もないという程度のことでしかないのなら僕が口を出す必要がないと思ったから。
「足の方は?」
「うん、少しだよ。ホラッ、まだ爪の隙間から……」
被さった布団から現れた足先、見れば確かに足の親指の爪先から根が伸びている。それは隙間というよりは爪の下の肉が根っこに変化していると言い換えてもいいほど大きい。
「すこし触らせて」
「うん」
言うと同時に僕は手を伸ばし親指に触れる。ゾリッ、と荒い皮膚の感覚が伝い、指の裏をよく見ると根っこの髭が生え揃っていた。他の指、まだ見た目的に変化はないけれど強く押すと肉の内側に硬いものがあるという感触が返ってきた。
「二週間、とかかな……」
「うん、お医者さんも同じこと言ってたよ」
足先が完全に根っこに変わるまであと二週間しかない。未来がまともに歩けるのはそれまでの期間だけだ。
「何処か、行きたいところとか……ないか?」
「ううん、別に。どこも……うん、無いかな」
言い切ったあと彼女は僕の提案を少し考えて、「やっぱり無いね」と付け足した。それなら僕に出来る事もない。
完全に触手になった右腕が束なって一本の管のようになる。とはいっても人の腕の太さと同一程度の大きさになるだけで、手の形を模ることはない。触手は、触手のままだ。
「そっか。気が変わったら気軽に連絡してよ。今日はもう、帰るからさ」
「えっ、もう? まだ来たばっかりじゃん」
「ごめんって。やる事あるからさ」
◇◆◇
二週間が過ぎた。
僕は彼女の病室を訪れる。静かに扉を叩くと中から声が聞こえてきた。扉を開ける、病室にはベッドが一つ。個室だから当然だけれど、そのベッドに眠る彼女だけは何度見慣れても慣れることはない。顔だけをコチラに向けた彼女と目が合う。
「あ、来てくれたんだ」
「うん、来たよ。具合は?」
この場合の具合、というのは勿論のこと体調面の事ではなく進行度の状態だ。それを彼女も察してか、腕と脚を表にしてくれた。
そこにあるのはおよそ人の手脚や肌ではない。ゴツゴツと硬い皮が皮膚の表面を覆い尽している。まるで大木のように荒々しい見た目がそこには存在していた。
「これ、やっぱりもう動かせないの?」
「そーだねー。脚とかは特に、膝の関節も固まっちゃったから固定されたままだよ。一回だけ手術で削って、寝転びやすい体勢に変えて貰ったけどね。あ、腕はほら触手ちゃんがピョロピョロ〜って生えてるから!」
そう言って木の枝先のようになった腕を、その腕に所々ある裂け目から生えた触手が蠢き僕の腕に絡みついてくる。二週間前より精度が上がっていると、僕は感じた。
「くすぐったいって……もう」
少し困ったように呟く、けれど前回みたいに剥ぎ取ったりはしない。ここから先は触れ合いは少しでも多い方がいい。
彼女が楽しそうに笑うなら僕の腕くらい貸してあげよう。
「ステージ3がね、少し早まりそうだって」
「そっか、じゃあお見舞いにもっといっぱい来なきゃ」
「別に良いよ? だってアキラくん大変でしょ」
「別に構わないよ」
僕はそう言って、彼女に顔を近づける。息が触れる、彼女の目が大きく見開かれその直後すぐに目をつぶった。意図していない感情に少し固まる、はやる動悸を抑えて僕は彼女と唇を重ねる。触れた感覚はまだ柔らかくて、その事に少しだけ安堵する。それでも恥ずかしくて、満足する前に唇を離した。物寂しげに、照れた顔が僕を見つめていた。手が自然と彼女の首筋に伸びていく、大動脈に皮膚の上から触れて確かめる。温かい、血の通っている彼女。とくんとくんと心臓の鼓動が指先に伝わってくる。
「するならするって………言ってよ」
「じゃあもう一回」
「や、やだ!」
◇◆◇
三日後、また彼女の病室を訪れる。扉を叩く、元気な声が廊下まで響いてきた。扉を開けて中に入る。ベッドの上に居る彼女は健在に見えた。
「やっほー。元気してる?」
「まあまあだね、そっちはどう?」
「知りたい? 知りたいなら布団をめくってあそばせ」
「何それ。じゃ、失礼して……」
布団を掴む。その下から現れたのは何も履いていない彼女の下半身、秘部を覆う布すらない。それでも興奮しないのはもう完全に樹木の見た目に変わってしまっているからか。
何より、特筆すべきはお腹だ。臍の下まで皮膚が硬質化してきている、ここが完全に固まってしまえばもう彼女は起き上がる事さえ出来なくなる。そして、残っていた左腕も指の先が硬い木の皮のようになっている。まともに動かせないのだろう、茶目っ気を装って僕にさせたのはそういう事だった。
「まだ、ステージ2なんだよね……?」
「うん、まだ血管はまだそのままだって……」
「そっか……あとどれくらいだっけ……」
「えーと、ひと月とか?」
覚えてないのかよ。と言うのは野暮だろう。専門家でもないから分からないけれど予想以上に進行が早いのではないか、このままじゃひと月も持たないだろうな、と嫌な予感だけが浮かぶ。そんな事より、彼女ともっと言葉を交わそう。喋れる間に、もっと。
◇◆◇
嫌な予感というのは的中するもので、病院、もとい病院が彼女の家にかけた電話の内容を彼女の母親が伝えてくれたのは最後に訪れた日から五日後のことだった。
ステージ3。体内、全身の植物化。上半身にも症状が現れ始めたという事だった。急いで病院に駆けつける、扉をノックもせず壊れるんじゃないかという勢いで通過する。
「ひゃあ!?」
その音に驚いた彼女の声に、焦りという熱が急速に冷まされた。ただし首は天井を向いたままだ。変わったことはその頭上に電子パネルが設置されていること。たぶん、全身麻痺の入院患者用の器具だろう。
「ごめん、連絡あってびっくりしちゃって」
「慌て過ぎでしょ、死ぬわけじゃないんだし」
それはそう、だけど……。彼女がそう言うのなら否定は出来ない、というよりもしたくは無い。
「ステージ3、なんだって」
「そうみたい、首が動かし辛くなってね? なんだろー、って思って看護師さん呼んでみたんだけど、首の付け根が固まっちゃったんだって、通りでゴリゴリする訳だよ。違和感が凄い」
あっけらかんと、淡々と彼女は事実だけを語っていく。不安とかそういうのは無いとでも言いたげに。
「アキラくんと喋れなくなるのも時間の問題だぁ。はぁ〜〜」
「まだ時間はあるよ」
「かもね〜、でも私には無いよ」
チクリ、と胸の奥が痛む。
「未来は、未来でしょ」
「そうだけど、そうだけども?」
何故に疑問形。
「わ、わわわわ。あれ、アキラくん。いま何時?」
聞かれた質問に答える為に腕時計に目を落とす。
「15時だけど……」
「まだ日暮れじゃないんだ」
何を言っているんだ、と顔を上げて僕はその瞬間絶句した。
眼孔から蔓が生え先端部を揺らめかせ外へ外へと足掻いていた。醜悪な光景に、咄嗟に口元を押さえグッと腹に力を入れた。喉が辛い。押し留め、それを飲みくだす。
ぶつん、と嫌な音をたて彼女の頬が裂けた。そこから一本の触手が垂れ下がる。触手が柔らかな部分を突き破っている、理解した直後ナースコールを押した。だから真っ先に眼球が潰されたんだ、と思考が廻る。
「ほへっ、あっふ」
大口を開けた彼女の口内から蠢く触手が暴れていた。苦しそうな彼女に出来ることはただ呼びかける、だけ。それだけしかなかった。
「未来! 未来! 大丈夫、大丈夫だから!」
滲んでいく視界に怒りが湧いてくる。邪魔だよ、邪魔なんだよ。なんで泣いてんだよ、支えてやれよ。見つめてやれよ、苦しんでるのは誰だ、お前じゃない。泣くな、泣くなよ。
駆けつけてきたナースが医者を呼び、手術室に担ぎ込まれていく。それを見送るしかできない。何も、できない。僕には……もう、何も。これから先は見守るだけだ。
◇◆◇
「いやぁ〜、危なかったね」
けらけらと笑う彼女。首筋は大きな傷口で抉られている。パックリと断面すら覗けるというのに、その傷口も硬質化していて血すら出ない。その裂け目からは触手が顔を出していた。
手術室の結果、なんとかステージ3の進行を抑えられた。頭にまで登ってきていた触手は首元の根の部分を断ち、体外に出てきた方を引っ張ってスルリ、といくらしい。彼女の僅かに残った感覚と手術室で話していた内容によれば、の話だが。
傷口は首筋にわざと成長し伸びやすい部分を作ることで頭への進行を遅くする事ができるかもしれないという意図での代物だ。これが最善だと専門家が判断したのなら、文句はあっても言うべきではない。僕の意見なんかより彼女の身体の方が大切なんだ。
「まぁ、目は見えないまんまだけど」
蔓、触手によって彼女の視神経は絶たれたからもう見える事はない。頭上に置かれた電子パネルが無用の長物とかしたのに、片付けられないまま放置されている。
「ね、ね。アキラくん」
名前を呼ばれて僕は「なになに」と耳を傾ける。
「いつ喋れなくなるかな」
「分かんない、けど……もうすぐだよ」
「だよね、じゃ……さ。お願い、一つだけ良い?」
「うん……良いよ。何でも……」
「私なんかより良い人見つけてよ」
「うん、そうするよ」
嘘だった。
◇◆◇
一週間と四日。彼女は喋ることすら出来なくなった。喉が、首全体が硬質化してしまったから。原因はあの傷口だった、あそこが硬質化した事で蔓の進行は抑えられたものの硬質化が伝播してしまった、と言っていた。話は半分程度かそれ以下でしか入ってこなかった。
寝たきりの彼女に寄り添う。
ステージ4。全身から花が咲く。割れた腕の隙間、触手の先が蕾を付ける。首筋から湧いてきた蔓、結局目元や口から溢れて頬を突き破る触手たちも蕾を付けていた。
◇◆◇
数日後、彼女の母親から開花したと電話があった。
◇◆◇
さらにその数日後、心臓から大きな蕾が芽吹いたという。
◇◆◇
他の花が枯れ始めた。心臓の蕾は少し大きくなり、蔓は太くなっていっていると聞く。
◇◆◇
心臓以外の、全ての花が枯れた。
◇◆◇
◇◆◇
◇◆◇
心臓の花が開花した。
◇◆◇
◇◆◇
花が種を吐き出したらしい。
これで、────────九回目だ。
◇◆◇
◇◆◇
◇◆◇
◇◆◇
◇◆◇
◇◆◇
◇◆◇
◇◆◇
遺体の提供者が見つかった、と報告があった。これからその遺体に種を植え付けるらしい。
◇◆◇
◇◆◇
◇◆◇
◇◆◇
遺体に変化があったという。また、彼女のカタチをしているそうだ。僕は、病院へと向かった。
◇◆◇
病室の扉を叩く。中から「どうぞー」と聞き慣れた声。
「失礼しま〜す」
なるべく平静を装い、明るく元気に。
「あっ、アキラくっ…………ん?」
僕の姿を見た、彼女の言葉は尻すぼみしていき最後には吐息と間違えてしまうほどにか細かった。
「合ってるよ」
「えっ。でも」
困惑の表情。それもその筈だ。
彼女の知っているアキラ、アキラという少年は八年前の僕でありもうこの世に存在しない。彼女は未だに十四歳の少女であり続け、僕は成長し続けた二十二歳の大人だからだ。
彼女は歳を取らない、同時に記憶も積み重らない。いつだって八年前のままで止まっている。だから今の僕と八年前の僕、二つの姿が一致しない。
「合ってるんだ」
どれだけ姿が違っても、面影を感じてくれているのなら。
八年前も、今も、僕は変わらない。
「僕は僕だよ、未来」
「うん?」
小首を傾げられて今度は僕が苦笑した。初めましては九回目、また仲良くなるためのお喋りの時間。
◇◆◇
八年前。異世界というものが観測された。唐突なSF要素が現実に起こった、そのニュースを見た僕は鼻で笑っていた。いくら中二病の時期でも現実と空想の区別は付いていたからだ。
だがその翌日、町を未曾有の災害が襲う。植物が暴れたのだ。それもただの植物ではない、生き物型の植物だ。喋るし唸るし動く。それでもって人を襲う、現実的じゃない植物だった。それが今の、彼女の原点だ。
現場に居た彼女は奇跡的に助かった。助かったといっても身体の中はグチャグチャで、植物の根が全身に張っていた。そういう研究結果、何で僕がそれを知っているかというと情報は共有すべきだという社会の何やらで、無制限に公開されたのだ。
歯がみしたくなる惨状だった。極秘に病院を移転させなければ連日マスコミが病院に詰め掛けていた。寝たきりの彼女が外の喧騒で目を覚さなければ良いなと思った。その次の日には窓ガラスが破られ、床には拳ほどの石が転がっていたり、扉には「厄病神」と書かれていたり。
そして今の病院にたどり着いた頃、彼女が目を覚ました。一月後の事だ。何も変わらない。何も変わり映えのしない声に仕草に、僕を好きだという本音を隠さない明るすぎる性格もそのまま。僕は安心していた。しきっていた。根が張られてるから何だとか、そんなもの憶測でしかないじゃないかって。
けれど、長くは続かなかった。彼女の腕が植物の蔓みたいに変色した。最初は気味悪がるだけだったけど日を跨ぐにつれ腕が解けるようにして植物化していく。正直、その時は気持ち悪くて彼女に会いたくはなかった。日に日に進行していき身体は樹木みたいになっていくのに、その口で僕のことを「好きだよ」という。化物みたいな彼女がだ。
その時に感じたのは怖い、という感情だけだった。でもそれを僕は悪いと感じなかった、他の人たちだって僕みたいに気色悪く思うに決まっている。案の定、彼女の母親ですら病院に近づかなくなった。優しそうな父親は、見かける度に色濃いかげの雰囲気が強く染み付いていた。
一年目、彼女の全身は花畑みたいな状態になった。至る所から花が溢れていて花壇を見ているようだった。僕はその姿を見て、全てを吐きだしていた。
種を落としたいう事を知ったのは彼女の母親からだった。病院からかかってきた電話で呼び出されたけど怖くて行けないというのだ、だから僕が代理で行ってほしいと、わざわざ家にまで押しかけてきて土下座までしてきて、何にも知らない僕の母親に追い出されるカタチで僕は病院に行かされる事になった。
病院で種を見せられた。何の変哲もない種だった。茶色っぽくて小さくて粒みたいな何の変哲もない、ただの種。
聞かされた話は要約すると実験に使いたいから許可をください、という事だった。その事を彼女の母親に話して僕の役目は終わった、とこの時は思っていた。
ふた月後、電話がかかってきた。彼女の母親からだ。また、彼女が再生したのだという。断ったが結局、代理人は僕になった。
病院に訪れ、病室に案内される。その姿を見た時は忘れない。紛れもなく彼女が病室で、ベッドの上で、そこに存在していた。扉の音に気がついた彼女は振り返って僕を見た。その時に、こう言った。
「あ、アキラくん。お見舞いにきてくれたの?」
何にも知らなそうな顔をした彼女に、僕は話しかけられた。僕は口を閉ざしたままだった。口から出そうになっていたのは言葉ではなく胃の中身だったから。気がつけば逃げ去るように病室から立ち去っていた。
それでも経過観察のお願いがやってくる。毎度のこと、僕は代理人として訪れる。それでもやっぱり日を跨ぐたび変化していく彼女は、彼女の身体は不気味で恐ろしかった。
なのに、だと言うのに。
二年目、最後に彼女と会話を交わした時のこと。
「ねぇ、アキラくん」
彼女の目は包帯でグルグルに巻かれており、その包帯からは花の葉の先端部が顔を出していた。
「何」
「私ね、アキラくんのことが好きだよ」
「そう、なんだ……」
「だからね、アキラくんが居てくれるだけ凄く嬉しい。お母さんは手紙しかくれないけど、アキラくんは喋ってくれるし? 最後に話せる相手としても……まぁ、申し分ないかな」
「まぁ、って……」
渇いた笑いが漏れた。
そして、三年目。
僕は自分から彼女の母親にお願いした。代理人を続けたいと。どういう心境の変化だったかはよく思い出せないけれど、たぶん「どんな姿でも未来は未来だ」と気がついたからだ。それでも最後の方の植物の化物はまだ怖かった。
三年目、その最後。
「ね、ね、アキラくん」
「何……」
「私のこと好き?」
「……好きじゃないよ」
ズキリと何かが痛んだ。僕が嘘を吐いたから?
違う、違う。僕が彼女の姿を見て嘘を吐いたからだ。彼女の姿で判断したからだ。中身を、彼女の心を見ていなかったからだ。
「ゔっ、ゔぅゔゔぁぁぁ……………」
「ど、っ、えっ、なに。アキラくんどしたの!? 大丈夫!?」
動かない身体で、見えない目で。それでも、僕のことを心配してくれている。自分の体なんて二の次で。
四年目。
この年から彼女に身体の状態を説明する事にした。最初は驚いて受け入れなくて馬鹿にされる。それでもやっぱり体に違和感を感じ始めると僕の言葉を信じてくれるんだ。
「アキラくんはずっと居てくれるよね?」
「うん、居るよ……ずっと居る」
ある日、不安になった彼女に聞かれた。
「アキラくんはどうしてこんなになっても私なんかの為に良くしてくれるの? もしかして暇なのかな? ん?」
「未来が、好きだから……」
「すっ……なっ!」
想いを強烈に自覚した日だった。
「私もう駄目かも。分かるんだよね、なんかこう……喋らなくなりそうっていうのが」
「そっか……でも、一緒に居るよ」
「死んでからも?」
「死んでからも」
「私じゃなくなっても?」
「未来は未来だよ」
約束をした。
五年目。
「あれ、アキラくんにお兄さんなんて居たっけ?」
彼女は僕を僕と面影でしか認識できなくなった年。
六年目。
「私なんかより良い人居るでしょ。二十歳なんて大人じゃん。このロリコン〜」
「…………居ないよ、居ない」
「アキラくん…………拗らせてるね。私より良い人見つけなよ、私なんかを好きで居続けても幸せになれないよ?」
「それでも、好きだよ……」
「そっか…………」
七年目と八年目も殆ど変わらない。ただ僕が彼女が好きで、良い大人になったのに未だに十四歳の少女を好きなことを心配されて、でも記憶は保てない事をいい事に彼女を好きでい続けた。そんな心配事も知らない彼女は僕を好きだと言ってくれる。間違えているとは思う、もうどうにもならないことだってわかっている。でもいずれ、彼女にも僕を受け入れられなくなる日が来る。歳の差が大きくなれば隔たりもまた広がる。それが二十代後半か、三十代か。四十代かは分からないでも、その時になったら僕は彼女を孤独にしてしまうだろう。もし何十、何百と蘇る事の出来る不死の存在に誰が、誰が寄り添ってくれるというのだろう。たいてい彼女の母親のように恐れ、近づかなくなる。だから、その時は生き返らせてはいけない。それが最後、だからその時まではせめて彼女と恋をさせてほしい。ずっと、ずっと。
「二十二!? 好きな人は出来た?! 結婚とか決まってる!?」
「決まってないよ、好きな人はいるけど……」
「え、だれ!? 名前は!? どんな人!?」
「花咲未来」
それがどんなに醜いエゴで、自分本意だとしても、僕は彼女の笑顔がみたい。そして君が好きだと伝えたくて。