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【第09話】観察ログ三十日目

 

「キャン! キャン!」

「はいはい。直してやるから、こっちおいで」


 耳が痛いと悲鳴混じりの声をあげた、ビーグル頭のビーグサを手招く。

 犬頭用VRゴーグルのバイザーベルトが、長い垂れ耳を巻き込んでいたらしく、引っ掛かってる部分を直してあげた。

 

「ウーッ!」

「喧嘩するなよ。ビーグヨもわざとやったんじゃないからさ」

 

 自分にVRゴーグルを着けた相手を、ビーグサが睨みつける。

 それに目を合わせたビーグヨが、挑発するようにベーッと長い舌を出した。

 いや、もしかしたらワザとかもしれない……。

 

「ガウガウッ!」

「ウォウォン!」

 

 いつものように取っ組み合いの喧嘩を始めた兄弟を、親犬であるチャビーが間に入って仲裁する。

 同じ兄弟であるビタローとビジローは止める気も無いらしく、二人揃って肉球のある犬手で兄弟喧嘩を指差しながら楽しそうに笑っていた。

 可愛い顔して気が強過ぎるヤンチャな性格は、親に似たんだろうか?

 

「ほら、ビリター。おいで」

 

 親犬のチャビーが離れてしまい、待ちぼうけしているビーグル頭を手招く。

 五人兄弟の中では、逆に一番大人しいビリターの装備チェックをする。

 たすき掛けにした弾倉ベルトと、腰元のホルダーから訓練用レーザー銃が落ちないかを確認してあげた。

 

「はい。良いよ」


 ビリターが嬉しそうに尻尾を左右に振りながら、既に準備を終えた仲間達の元へ駆け寄った。

 真っ白な壁しかない仮想訓練室に集められたオスのルト族達が、まだかまだかとソワソワしている。

 床に腰を降ろし、モニター制御室から権限を与えられたノートパソコンを弄りながら、リモートで訓練室の仮想空間を作動させる。

 

 俺も装着したVRゴーグルを通して、白い部屋が一瞬で緑色に覆われた。

 白一色だった床が地面となり、地中から無数の樹が生え、深緑の茂みが生い茂る。

 彼らの故郷であるルト星を再現した、密林ステージに景色が一変した。

 ノートパソコンを弄りながらステージの設定を変更していると、肩をポンポンと肉球の手で叩かれる。

 サバゲー装備をバッチリ決めた、黒と茶色の柴犬コンビと目が遭った。

 

「良いよ。今日は何の縛りプレイをするんだ?」

 

 ポチとタマの参加も承諾しながら、二人の要望を聞いてみる。

 黒い犬頭の目元を覆っていたVRゴーグルが消え、代わりに「コホー、コホー」と謎の呼吸音を出す、ブラックメタリックの犬マスクが装着された。

 ご要望通りに、あえて視界が狭くなる装備に変更してあげると、ポチが満足気にグッジョブと親指を立てる。

 

 タマは握り締めた細長い棒を、俺に差し出してきた。

 俺が設定を弄ってやると仮想訓練用の棒が青い光を纏い、SFアニメに登場するようなレーザーソードになる。

 

『今日も撃ち返してやるワン』


 バットを振るみたいに、タマがレーザーソードを素振りした。

 あとは棒を振るたびにブォンブォンとSE音が鳴れば、SF映画ネタでよくある宇宙騎士ごっこ遊びができたのにな。

 参加人数の設定は、俺を除いたルト族の二十九で決定にして……。

 

「とりあえず最初は、オルグ族の出現数を三十体で設定したからな……」

「クゥン?」

「オルグ、三十……」

「ウォン!」

 

 一度は小首を傾げたチャビーだが、単語での会話は理解できたらしく、元気良く返事をしてくれた。

 姫様のペットであるハナコ達は複雑な会話も可能だが、野生育ちの子は言語化の対話はまだ難しいようだ。

 まあ一ケ月で、単語でのやり取りならできるようになったし、そこまで支障は感じないけど。

 戦争シミュレーションの開始を報せる、AIノアのアナウンスが訓練室に流れる。

 

 白一色の天井から青色に変わった上空を、宇宙船が通り過ぎる。

 天井や壁に仕込まれたスピーカーから大音量の飛行音が流れるので、樹々の激しく揺れる音など臨場感が半端ない。

 もはや見慣れた船影にルト族達が「ウーッ」と唸り声を漏らし、宇宙船が消えた方角を威嚇した。

 

「オオーン!」

 

 群れのリーダーでもあるチャビーが開始を報せる咆哮をすれば、固まっていたルト族達が一斉に散らばった。

 外周を歩こうとすると三十分は掛かる、広大なサバイバルゲームフィールドに宇宙服を身に着けた人影が出現する。

 ルト族狩りの歴史を再現してるのか、レーザー銃を握り締めたオルグ族の集団が茂みをかきわけて姿を現す。

 

 数人いるオルグ族の小隊が足を止め、先頭にいる者が眉根を中央に寄せた。

 ただ一人、茶色シバ犬のタマが茂みへ隠れることなく、レーザーソードの素振りをしながら楽しそうに口笛を吹く。

 先頭に立つオルグ族が馬鹿にしたような笑みを浮かべ、持っていたレーザー銃を構える。


 銃口から赤い光線が飛び、体長一メートルほどの小柄な柴犬頭へ、赤色が着弾する寸前――。

 素早く身をひるがえしたタマが、青く光るレーザーソードで赤色の光弾を宣言通りに撃ち返した。

 

「グガァッ!?」


 自分の放った銃弾で肩口を撃ち抜かれ、オルグ族が被弾モーションの悲鳴を上げる。


「オオーン!」

 

 同時にチャビーも咆哮し、戦闘開始の合図を出す。

 茂みから一斉にルト族が顔を出し、訓練用レーザー銃から青い光弾が発射された。

 不意打ちをされたオルグ族も反撃し、青色と赤色の光弾が飛び交う嵐の中、黒い犬影が激戦区へ躍り出る。

 

『トウマ、見とくワン!』

「ん?」

 

 黒い犬マスクをしたポチが一体のオルグ族に急接近し、勢いよくスライディングをする。

 股下をくぐりながら器用にレーザー銃を発射し、お尻から脳天を撃ち抜く高等テクニックを魅せた。

 映画のアクションシーンだったら、メチャクチャ格好良いシーンが撮れそうだけど。

 リアルでやったら、間違いなく死ぬパターンだな……。

 

 案の定、魅せプレイをしようと不用意に飛び込んだポチが、後続の小隊に狙われて蜂の巣にされている。

 ですよねーと納得しながらノートパソコンを覗き込み、リアルタイムで変動するランキング表に目を通す。

 脳天ワンキルを決めて、せっかくボーナスポイントを貰ったのに、被弾によるマイナスポイントが加算されて、ポチは上位から急降下してる。


 ゲームだからと割り切ってるのか、まったく茂みに身を隠そうとしないタマは、千本ノックならぬ光弾の嵐を一身に受けていた。

 赤い光弾を撃ち返そうと遊んでるタマも、被弾によるマイナスポイントが多過ぎて、もちろん最下位を独走している。

 ゲーマー二人は元からゲスト枠なので、集計対象外にするとして……。

 

 『ルト族の観察ログ三十日目』に、ノアから送信されたデータを整理しながら記録を打ち込んでいると、誰かのメール連絡が入ってることに気づく。

 差出人は……ギャミン少尉だ。

 午後から実機を使った飛行訓練をするから、搭乗員五名を選抜しろと書いてある……。

 

 再びランキング表の上位に目を移す。

 上位五名はいつも通りの面子で親犬のチャビーを筆頭に、息子のビタロー、ビジロー、ビーグサ、ビーグヨが並んでいる。

 被弾覚悟で猪突猛進な兄弟とは違い、慎重派のビリターは撃墜ポイントが少ないので十位圏外だ。

 ただし、被弾によるマイナスポイントでソートをした場合、ほぼ被弾ゼロのビリターが親犬であるチャビーや他の兄弟よりもランキングが上位なのも、いつも通りである。

 

 VR操縦訓練の記録と照らし合わせても、順当な候補者はビリターを除いた四兄弟と親犬チャビーの五名なんだが……。

 少しだけ悩んだ後、少尉への返答を送信した。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

『トウマ、どんな感じー?』


 テザー技師が座る椅子の背に腕を乗せて、もたれた恰好をしたニッグ技師が、俺に声を掛けてきた。


「最初はパニックになったけど……。少しは慣れてきたよ」


 肩に力が入ってたのに気づき、肩を落とす仕草をしながらニッグ技師に答える。

 コントロールパネルの操作を一息ついたタイミングで声を掛けてきたから、もしかしたら慌てふためく俺の様子を見ていたのかもしれない……。

 

『最初は誰だって、失敗の連続ですよ……。トウマ君は、機械操作の覚えは筋が悪く無いですから、後は繰り返しですよ』

 

 俺が座るコントロールデスクの隣りで、手早く操作パネルを弄りながら、テザー技師がクスクスと笑う。

 

『同時に喋り掛けられた時などは、最初のうちは焦ると思いますが。優先順位さえ自分で決めれるようになったら、後は順番に指示してあげるだけです……。お喋りが五月蠅いと思ったら、マイクをミュートにしちゃえば良いんですよ』

『だってさ。シュガー軍曹』

『あん? 聞こえてるぞ、テザー。俺の悪口言う時は、ちゃんとミュートしとけ』

『これは失礼しました、シュガー軍曹。切り忘れてました』

『嘘つけ。ワザとだろうが』

 

 ぶっきらぼうな喋り方をする軍人女性の後に、複数のケラケラと笑う女性の声が、テザー技師のコントロールデスクから聞こえた。

 ちょうど良いタイミングで窓の外を、テザー技師がオペレーターを担当する四台の小型戦闘機が、ダイヤ型の編成飛行で通り過ぎる。

 一定の距離と速度を保つ抜群のチームワークで、息の合った並走飛行には魅せられるものがあり、流石と言わざるを得ない。

 それに比べて、うちの子達ときたら……。

 

「キャン! キャン!」

 

 俺に休憩時間を与えないとばかりに、パニック状態になったビジローの悲鳴が耳に飛び込む。

 複数ある船内モニター画面の一つが明滅しており、もはや聞き慣れた(・・・・・)船内の警告音が鳴り響いている。

 

『ドッグ02から高度異常、操作不能の警告が発生しました。』

 

 赤文字の警告メッセージログが画面に表示されただけでなく、AIノアが音声報告をしてくれた。

 横長画面の真ん中に映された、本船を上から俯瞰した3D映像に、指先でタッチしたビジローの船内映像を放り込む。

 本船の周囲を飛行する小型戦闘機の一つが、ピックアップされた。

 拡大されたカブトガニ型の戦闘機が、回転しながら異常な角度で下降している。

 

『操作権をオペレーターに強制移行しますか?』

「よろしく……」

 

 抑揚のない機械音声アナウンスのはずなのに、AIノアが溜め息を吐いてるように聞こえたのは気のせいだろうか?

 強制的に搭乗者の操作権限が俺に移され、ビジローの悲鳴と船内で鳴り響く警告音をBGMに流しながら、画面にいくつも表示されるボタンを次々と迷わず押していく。

 

『承認しました。内臓AIノアに操作権を強制移行。軌道修正のオート操作を起動します』

 

 目をグルグルと回してグッタリした様子のビジローと、手放されたレバーが勝手に動いて自動操縦する、船内カメラの様子が映る。

 回転していた小型戦闘機も真っすぐに飛び始め、斜めに傾いて落ちていた空飛ぶカブトガニが、ゆっくりと上に向かって軌道修正をした。

 

『トウマく~ん。慣れてきたねぇ』

「素直に喜べないんですけどね……」


 ニヤニヤと笑うニッグ技師と目が遭った。

 最初のトラブル時には俺の方もパニックになって、結局はサポート役のテザー技師が上手くやってくれたけど。

 両手で数えきれない程に同じトラブルを起こされたら、嫌でも冷静にトラブル対応ができるようになるよ……。

 

「ガウガウッ!」

「ウォウォン!」

 

 正しい高度が保たれ、再び搭乗者へマニュアル操作が移行されたと思ったら……。

 元気を取り戻したビジローが、マイク越しにビタローと言い争いを始めた。

 相手を挑発する発言をしてるらしく、もう一回勝負だと言わんばかりに、二機が同時にスピードを上げる。

 レバーを折る勢いで身体ごと斜めに傾け、船内に鳴り響く警告音を無視して、並走する小型戦闘機が異常な角度の急カーブを描く。


 コイツらは……。

 少しは反省しろよ。

 墜落しそうになった原因は、分かってるんだからさ……。

 頭痛を覚えたように、こめかみに指をつい当ててしまった。


『ふふふ、みんな楽しそうね……。姫様にも皆が宇宙そらを飛んでる姿を、ぜひ見せてあげたかったわ~。きっと、すごく喜んだはずよ』

 

 窓の外に映る光景を眺めていたメアリーが、俺が座る椅子の背に頬杖を突いて、俺の頭越しに喜びの声をのんきに漏らす。

 まともな操縦者が乗らないことを想定して、オペレーターに操作権限を渡す機能をつけるよう指示した、お姫様の考えは英断だと思うが。

 ルト族の実機を使った軍事演習の予算が見送られた理由が、納得できるありさまである。

 まったく、この犬頭達は……。


 二人に触発されたのかビーグサとビーグヨが追走し、ルト族のレースが再び始まる。

 初めての実機飛行訓練に、お祭り騒ぎが終わらない四兄弟とは違い、本船の周囲をマイペースに周回飛行しているのはビリターだ。


 五兄弟の中で一番手の掛からない大人しい子なので、本日のトラブルは最初の一度だけだ。

 宇宙に飛び立ってすぐに何を思ったのか、脱出ボタンを押して宇宙空間に脱出ポッドで放り出され、無人の(・・・)小型戦闘機が宇宙の果てに向かって飛び立つ、カオス過ぎるトラブルに俺の頭も真っ白になったが……。

 しかも、それを見た悪ガキ四兄弟が嬉々として脱出ボタンを押した時は、軽く殺意が湧きましたね。

 

 『想定の範囲内ですよ』と無人機にオート操作の指示を出して、冷静に対処してくれたテザー技師には足を向けて寝れないよ。

 この訓練が終わった後の悪ガキ四兄弟にはもちろん、今回の留守番を任された親犬チャビーを交えて、たっぷりと説教をさせて頂くがね……クックックッ。

 

「ん?」

 

 画面の端に、見慣れぬメッセージが表示される。

 

『救難信号?』

 

 俺の頭上から、覗き込むメアリーの声が耳に入った。

 ビーグル頭の五兄弟に異常が出てないか、慌ててモニター映像を確認するが……。


『星系の外縁方向から、微弱な救難信号が入ってます。暗号化はされておらず、ビーコンの波形パターンは……ルオー族です。どうしますか、ギャミン少尉?』


 背後に振り返ったテザー技師が、本船の艦長でもあるギャミン少尉に尋ねた。

 広い制御室の中心で会議テーブルに両手を置き、真剣な眼差しで前方を見つめる少尉の姿が目に映る。

 

『ノア、通信を繋いでくれ』

 

 通信相手の映像モニターに切り替わった直後、悲鳴と怒号の混じった声が飛び込み、室内の穏やかだった空気が一変した。


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