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【第08話】観察ログ十日目

 

『私は姫様が十二歳の誕生日に、プレゼントされたですワン』

「へー。そうなんだ……」


 艦体AIノアから送信されたルト族のデータログに、目を通しながらキーボードを叩いてた手を止めて、俺は視線を上げる。

 支給されたノートパソコンを挟んで、白い体毛に覆われた彼女のつぶらな黒い瞳と、俺の目が遭った。


『わ・た・し・の・ハナコと、何をお喋りしてるのかなぁ?』

「む?」

 

 俺の背中に柔らかいモノが押し当てられる。

 若干ご機嫌斜めなメイドさんが俺の肩口に手を置き、彼女と会話をしていた俺の横顔を覗き込む。


 ハナコとのやり取りを考えた時に、「すみません」で会話が成立する日本人の圧縮言語なるネタをふと思い出す。

 いや、むしろ獣の知覚を強化したようなコレは、念話テレパシーに近いのだろうか?

 科学者のサデラさん達でも呼称に困るルト語を、会話と言って良いのかは未だに悩む……。

 

「ハナコが、姫様と初めて会った時の話をしてもらったんだよ」


 宇宙に出てから新たに目覚めた、俺の不思議な能力を所持してないメアリーが、ぷくーっと不満気な顔で頬を膨らませた。

 

『ずーるーい。私もルト族と、お話がしーたーい』

「ちょっ、メアリー……」

 

 あぐらをかいた俺の背中に、体重を掛けたメイドにし掛かられて、ノートパソコンに頭がぶつかりそうになった。

 目と鼻の先にあるディスプレイには、少尉に記録を頼まれた『ルト族の観察ログ十日目』の文字が映し出されている。

 

『むー……』

 

 メアリーが俺を押しつぶしながら、俺の肩越しにハナコの柴犬頭をじっと見つめた。

 とりあえず至近距離で、俺とくっつけば特殊能力スキルが流れ込むとでも思ってるのか、横長のエルフ耳が俺の頬に刺さってる状態で、二人が無言で見つめ合う。

 

「ハナコ、喋るワン」

 

 メアリーが地球語で話し掛けると、ハナコが「クゥン?」と柴犬頭を傾げた。

 語尾にワンをつけたら、対話ができるものじゃないと思うけど……。

 手に持っていた妊婦用のスープ器をハナコが床に置き、パピヨン頭の雌に視線を向けた。

 

『パピヨには、子供が五人いますワン』

「お腹にいるのが、五人って話か?」


 俺が名を与えた妊婦から、ハナコが視線を外す。

 腹を満たしてヤンチャにじゃれ合う、五つのビーグル頭に目を移した。


『違いますワン。そこにいますチャビーと同じ顔してますのが、パピヨとチャビーの子供だって聞いてますワン』

「え? そうなの?」

『ねえねえ、何の話してるのー?』

 

 ルト語がさっぱり理解できなくて、メアリーが俺の肩を揺らす。

 視界がグラグラ揺れて気持ち悪い。

 口を尖らせたメアリーに、ハナコから聞いた話を通訳してあげた。

 

『ふーん……。そうなんだー。私なんか、ハナコを十年も世話してるのに。喋れないんですけどねー』

「ぐぅ……。メアリー、その……」

『女性に重いは禁句ですからね?』

 

 再び背中からヤキモチ焼きの彼女に体重を預けられ、更に先読みで文句の台詞を封じられてしまう。

 星が変わっても、女性への禁句ワードは同じらしい。


『私もメアリーと、お喋りがしたいですワン』

「ぐぅ……。ハナコも、メアリーと早く喋りたいって」

『本当に!? 私もよー。早く喋れるように、私も頑張るわねー』

 

 俺を押しのけたメアリーが、ハナコを両腕で抱きしめて白い体毛を撫で回す。

 彼女が十年も世話した子を、十日足らずで会話できたことに俺が嫉妬されるのは、まあしょうがないか……。

 

『ちょろいですワン』

 

 見た目は雪のように真っ白だが、腹の中は真っ黒な彼女がボソリと呟いた。

 宇宙ワンコ達の中で、エリファ語と地球語の両方を一番早く習得した頭の良い彼女だから、お世辞も毒も(・・・・・・)吐けるのはスゴイと思うが……。

 

『ねえねえ、トウマ。なんて言ったのー?』

「……メアリーは、可愛いって」

『あん、もう。ハナコもすっごく可愛いわよ~。ウフフフ』

 

 満面の笑みを浮かべたメアリーがデレデレ顔で、柴犬頭にスリスリと頬ずりをする。

 もしかして彼女の性格は飼い主の影響かなと思ったが、不敬罪とか言われたら怖いので、今回も黙っておこう……。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

 ルト星には、野生動物や小柄なルト族を捕食する、危険な大型生物が多く生息している。

 有名な生物を一つ挙げるとすれば、洞窟暮らしをするルト族の天敵である大穴トカゲが、それに該当する。

 頭から尻尾の先までを含めた、平均体長は六メートル。

 

 ……六メートル?

 地球で一番デカい、コモドオオトカゲの二倍はあるじゃねぇか。

 恐竜かよ……。

 俺は眉間に皺を寄せながら、地球語に翻訳された姫様の研究レポートを読み進めた。

 

 狩りに出掛けたルト族が、腹を空かせた大穴トカゲと遭遇した場合。

 最大時速六十キロメートルにもなる、大穴トカゲに襲われたルト族側の被害は甚大であり。


 ……いや、ちょっと待てよ。

 地球のヒグマでも時速四十から五十キロメートルの間で走るから、普通の人間じゃ逃げ切れないって聞いたことがあるのに。

 ヒグマよりもデカくて、車みたいな速度で走る肉食動物がいるのかよ。

 どんだけ恐ろしい星なんだよと呆れながら、更に研究レポートを読み進める。

 

 群れを作る野生動物が、数での不利を悟ると撤退行動を選択するように、群れの危機を察したルト族も逃走を図る。

 この際に、ルト族が他の野生動物と違うところは、あらかじめ群れの中に役目を与えているらしく。

 その一つが狩りに失敗したことを報せる、帰還者なる役目――。

 

『あーやっぱりコイツだ。配線が切れてるよコレ』

 

 修理中の待ち時間に、暇つぶしで読んでいたノートパソコンから、俺は視線を上げた。

 あぐらをかいた膝上に蛇みたいな細長いケーブルをのせ、作業着のツナギを着た女性が目に入る。

 ダークエルフに容姿が似たニッグが、怪しんでいたケーブルを繋いだノートパソコンへ、褐色肌の顔を寄せて覗き込む。

 

『もう、誰だよ。不良品を入れたヤツは……。ノア。製品番号を言うから、同じ規格のヤツが船内にあるか探して』

『……ニッグ。そのケーブルなら、この部屋の物置に予備がありますよ』

『え? あったっけ?』

『はい。この前、棚卸しをした時に見ましたよ』

『よく覚えてるね、テザー』

 

 ノートパソコンから一度も視線を外さなかったデザーの背中に、ニッグが感心したような声を掛ける。

 二人が会話をしてる間も、キーボードを高速で叩くテザーの指は休まることがない。

 テザーのディスプレイをチラリと覗けば、プログラミングのソースコードが異常な速度で増え続けていた。

 俺の会社にいた勤続十年以上のベテランプログラマーより何倍も早く、この宇宙船に彼女が技師として採用されてる理由がよく分かる。


『それじゃあ、よいっしょっと』

『ニッグ。ついでに他のケーブルも、チェックしといて下さい』

『え? なんで?』

『姫様に、コッソリ教えてもらったのですが。ここに置いてる訓練用筐体は。予算を削るために、ジグマ製の量産型を流用したらしいですよ』

『えー。新品なのは外側だけかよー』

 

 立ち上がったニッグが室内に配置された、ダークブルーのメタリックなフォルムの卵型筐体を、呆れた顔で見渡した。

 

『外面と中身がチグハグで、変だと思ったよー。あー、めんどくさー。コレ全部、僕一人で管理したくないよ……』

 

 ニッグがブツクサと文句を言いながら、ポッド型筐体の下部へ腰を下ろしてカバーケースを開いた。

 不良品ケーブルが繋がった穴の中へ、四つん這いで頭を突っ込んだ。

 

『やっと旧式の整備が終わったのに。また骨董品の面倒を一人で見ろとか。マジで早く技師を増やしてくれないと。僕は過労死しちゃうよー?』


 筐体の中に上半身を突っ込んだ、ニッグのこもり声が聞こえる。


『私だって同じですよ。それともニッグが、私と担当を代わってくれますか?』

『わーい。ボク、コットウヒン、ダイスキー』

 

 翻訳装置内臓のインカム越しに、感情を失ったロボットみたいな棒読みボイスが耳に伝わる。

 テザーがソフト面を担当する技師なら、ハード的な機械整備を主に担当するのがニッグの仕事と聞いたが。

 ニッグはプログラミングをするよりも、身体を動かして機械を弄る方が好きなのがよく分かる。

 

『少尉も検討すると言ってくれてますから。それを信じて、次の宇宙ステーションに期待するしかないですね……』

 

 ようやくキーボードを打つ手を止め、肩コリをほぐすように首元を揉みながら、テザーが腕を伸ばすなどしてストレッチをする。

 もともと眠たげな半目の下には、睡眠不足なのか黒いクマができていた。

 船内で唯一の技師である二人にはいつも頼りきりだが、前職のブラック会社と重なる部分もあり、見ていて心苦しいので二人が倒れる前に、早く技師を増やしてあげて欲しいとは思う……。

 

『ガハハハ。毛玉狩りの時間だ』

「ウォン! ウォン!」

 

 オルグ族の挑発的な台詞が耳に入り、ニッグが修理してる筐体に隣接する、もう一つの筐体へ視線を映す。

 小型戦闘機の操作訓練をするためのポッド型筐体に乗り込んで、画面に向かって吠えまくるルト族の姿が目に入る。

 なぜか一人用の椅子に二人が座り、まるで椅子取りゲームみたいに、お尻の一部がはみ出していた。

 一本しかない操作レバーを二人で握り締め、奪い合うように右へ左へ斜めに傾け、ガチャガチャと激しく振り回している。

 

『ガハハハ。また俺の勝ちだな。今晩はルト族の丸焼きだ!』


 連続で撃墜された時に流される、専用の敗北ボイスが流れた。


「ガルルルル!」

 

 仲が良いのか悪いのか、息が合ったように互いのビーグル頭をくっつけて、再訓練の開始ボタンを二人で同時に押す。

 最初から一人ずつで、やれば良いのに……。

 故障中の機械が直るまでの順番待ちができないらしく、チャビーの息子二人を指導していた茶色シバ犬頭と、俺の目が遭った。

 

『こりゃ駄目だワン』

 

 ビタローとビジローの面倒を見ていたタマが、両手を広げて肩をすくめる。

 すまんな、根気よく育ててくれ……。

 他の二台は、親犬であるチャビーと黒い柴犬頭のポチが、チャビーの息子三人を指導している。


 機械修理中のニッグと、AIソフトをルト族に合わせて調整中のテザーが作業を終われば、操作訓練用筐体を五台同時に動かせるが……。

 二人の忙しさを知ってるので、さすがに早くしろとは言いずらい。

 

『ガハハハ。また俺の勝ちだな。今晩はルト族の丸焼きだ!』

「ガァアアアッ!」


 同時に咆哮したと思ったら、二人の声が急にピタリと止まる。

 静かになった二人へ目を向けたら、筐体に繋がってない(・・・・・・)操作レバーを二人が握り締め、互いの犬顔を見つめ合ったまま硬直していた。

 

「あっ……」

『ん? なになに、どしたのー?』

 

 ただ一人、状況を理解してない誰かさんが、モゾモゾと筐体の中から上半身を出そうとした。

 危機を察知したのか、二つの犬頭が同時にビクッと跳ねる。

 さっきまで奪い合ってた二人が、俺のせいじゃないと言わんばかりに、壊れた操作レバーを互いの胸元に押し付け合い始めた。

 なんて醜い争いだろう……。

 

「キャイン!?」

 

 ニッグの作業用ゴーグルが空中を飛び、犬頭にぶつけられた二人が悲鳴を上げた。


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