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【第06話】訓練の始まり

 

「あの……ギャミン少尉?」

 

 見た目がダークエルフ系軍人の少尉が、朝から出会って早々に真剣な眼差しで俺の顔を覗き込む。

 青色に煌めく瞳が間近にあり、無言でじっと見つめられて戸惑う。

 

『思っていたほど顔色は悪くないか……。メンタルの方は大丈夫かね?』

 

 ……メンタル?


『今朝がたメアリーから、昨晩のことを聞いてね……。少しばかり説教をしてきたところだ』

 

 少尉が口にした昨晩のキーワードから、ようやく何の話かを理解した。

 異性の前でボロボロと涙を流して情けない姿を見せたことも思い出し、なんとも言えない気恥ずかしさが湧いてくる。

 

『彼女の良くないところだな。普段はもう少し、感情を上手く抑えれる子なんだが……。君と顔会わせしたことで、十年も溜めた想いと罪悪感から我慢できず、つい口から出してしまったようだ……。君の状況を考えて、ドクターに慎重なメンタルケアを頼んでいたのだが。その過程を全て、すっ飛ばしてしまった……。彼女に代わって謝罪するよ……』


 少尉に軽く頭を下げられて、俺は慌てる。


「だ、大丈夫ですよ、ギャミン少尉。むしろ逆です……。俺はメアリーのおかげで不安だった気持ちが、すごく楽になりました。メアリーには本当に感謝してます。だから……あまり責めないで下さい……」

『ふむ。君がそう言うのなら……。トウマの気遣いに免じて、追撃の手を緩めるしかあるまいな……』

 

 少尉が薄く笑うと、トレーニングエリアへ足を運ぶ。

 訓練室をイメージしてるのか、釣り竿の糸に提げられた骨を汗だくの犬が走って追い掛ける、アニメ調イラストの描かれた扉が目に入る。

 

『この部屋は仮想空間になっている。さっき渡したVRゴーグルを着けたまえ』

 

 足を止めて説明する少尉を真似て、VRゴーグルを装着する。

 地球のVRゴーグルは、まだまだ重さを感じるゴツイ装置だったが。

 宇宙戦争ができる文明のVRゴーグルは、SF映画に登場するようなバイザー型の薄いタイプで、メガネを掛けているレベルで軽い。

 眼前にあった扉が開かれ、共に足を進めた少尉が装着していたVRゴーグルが、彼女の目元から消えた瞬間――。


 俺の予想とは違い、地球にあった自然を再現した色鮮やかな植物園が俺達を出迎える。

 ただし、草花に手を伸ばしても指がすり抜けしまい、触れることはできなかった……。

 

『視覚を楽しませる程度の慰めにしかならんが。しばらく辛抱してくれ……。本物の植物園を作るにしても、貴重な水を無駄に使うわけにはいかんからな……』

 

 洒落た石畳と、日光の差し込む竹林の道を進む。

 そこを歩いてると、まるで地球へ戻ったような気分になる。

 宇宙人であるはずの少尉と仲良く地球散歩をしてる状況に、不思議な気持ちを覚えた。

 

『機械共には、この美しさを理解できない……。奴らには愛でると言う心が無いからな……』

 

 いつも硬い表情の少尉でさえ、自然の美しさを魅せる仮想空間に柔らかく目を細めた。

 風が吹いたように枝葉が揺れる、色彩豊かな緑を再現した世界で。

 少尉も歩調を遅くして、俺と一緒に目で楽しんでいるのが分かる。

 

『ここまでの素晴らしい景色を再現できるかは分からんが。我が故郷にも、触れられる綺麗な草花は沢山ある。ぜひ楽しみにしてくれたまえ……』

「はい」

 

 少尉なりに気を遣ってくれたのかな……。

 アーチを描いた樹々を通り抜けた先に、開けた草原が目に飛び込む。

 犬みたいに伏せ状態で仲良く並んだ三体のルト族と、同じく寝転がってそれをニコニコと眺めるメイドがいた。


 白、黒、茶と色違いのシバ犬に似た宇宙ワンコと、重ねた両手に顎先をのせたメアリーが、お互いの顔を見つめ合ってる。

 白い体毛に覆われたハナコは、昨日と同じく可愛らしいワンピースを着ていた。

 ご機嫌にパタパタと上下に両足を揺らす、メアリーに合わせているのだろうか。

 三体のルト族も尻尾を左右にフリフリと、シンクロしたように仲良く揺らしている。

 

『メアリー。そろそろトレーニングに使うぞ』

『はーい』

 

 映像が乱れたようなノイズが走り、色彩豊かな緑色が一瞬で消えた。

 俺の視界に映っていた景色が変化し、壁が白一色の大部屋に切り替わる。

 本来のトレーニングルームらしい姿に変わり、メアリーも立ち上がった。

 上にあるモニター室の窓から、笑顔で手を振るニッグとテザーの姿が見えた。

 

『ハナコ以外をトウマに紹介するのは、初めてよね? この子達も姫様から預かってるルト族よ』

 

 俺と顔見知りだからか、ハナコは白い尻尾を左右に振りながら、俺をじっと見上げていた。

 残りの黒色と茶色の色違い宇宙ワンコは、左右に別れてスンスンと小刻みに鼻先を動かし、俺の衣服に付いた体臭を嗅いでいる。

 俺の手がある位置でピタリと止まり、なぜか二体が顔を寄せ合って、手の臭いを嗅ぎまくっていた。


 ……さっきトイレ行った時、ちゃんと手は洗ったぞ。

 犬は鼻が良いから、手洗いをした時に使った消毒液の匂いが気になるのか?

 

『姫様は動物好きなの。地球のペット事情についても熱心に勉強していて。ちゃんとトウマの国についても、名付け方は完璧にマスターしてるのよ』

 

 エルフ耳のメイドさんが腰に両手を置き。

 まるで自分のことのように、自慢げに胸を張った。

 

『白いこの子は、三人の紅一点。雌ルトのハナコ……。ほらハナコ、トウマにご挨拶なさい』

 

 スカートの裾を摘まみ上げたメアリーが、お嬢様風なお辞儀をする。

 それを見ていたハナコも二本足で立ち、ワンピースの裾を肉球のある犬指で摘まみ上げて、同じ動きをした。

 ……賢いな。

 

『そっちの黒い子が。雄ルトのポチ』

 

 ポチか……。

 まあ、よくある名前だな。

 となるともう一体の茶色がオス犬だとすれば、無難にタロウか?

 

『そっちの茶色の子が。雄ルトのタマよ! どう、完璧でしょ?』

 

 おもわずコント劇場みたいに、ズルっと片足が滑るリアクションをしそうになった。

 ……それ、ネコやんけ。

 ツッコミを入れそうになった言葉を、グッと我慢して呑み込んだ。

 

「そ、ソウデスカー。素敵ナ名前デスネー」


 彼女達が住む星の姫様が、どれくらい偉いか分からないけど。

 俺みたいな一般市民如きが口答えしたら、不敬罪とかになるんだろうか?

 そうじゃなくても、目の前で鼻高々に胸を逸らすメイドや姫様大好きな星の人達に、自信満々に名付けた姫様が実はポンコツだと知られたら、いろいろマズイよな……。


『どうしたトウマ。何か言いたげな顔をしてるように見えるが』


 俺の隣に立つ少尉は何かを察したのか、目を細めて俺の横顔をじっと見ていた。


「イエ、ナンデモアリマセン……」

 

 どうせ俺以外にツッコミする人はいないだろうし。

 今回は気づかなかったことにしときましょ。

 うん、それが良い……。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

『先ほど見せたように。この偵察無線操縦機(ドローン)には、映像が照射できる機能が付いてる』

 

 薄型ノートパソコンみたいなのを開いた少尉が、画面に映るタッチエリアで指を滑らす。

 少尉の操作に従ってプロペラ無しで浮遊する、球体の無人機を俺も見上げた。

 ジャングルのような樹々が生い茂る仮想空間を、球体ドローンが軽快にホバー移動する。

 ピタリと空中停止をすると、何も無かった真下の空間にホログラム映像が現れた。

 

『ガハハハ。毛玉狩りの時間だ』

 

 俺より頭一つ大きい、緑肌で筋骨隆々の大男がボロい布を腰に巻いて登場する。

 少尉にオルグ族と教えられた人型種族は、下顎からはみ出る程の大きな猪牙を生やしており、まるでファンタジーゲームに登場する猪牙頭オークを連想させる見た目をしていた。

 

『ガハハハ。毛玉狩りの時間だ。ガハハハ。毛玉狩りの時間だ』

 

 少尉がボタンを連打すると、同じ台詞がホバーする球体から何度も再生される。

 もっと高度な宇宙文明を地球が築けていたら、ファンタジーゲームみたいなモンスターと宇宙戦争をする未来もあったんだろうか?

 

「グルルルル……」

 

 低い獣の唸り声が聞こえ、そちらに目を向けた。

 茂みを再現した緑の中から顔を出したのは、見覚えのあるビーグルに似た犬頭。

 茶色の大きな垂れ耳が特徴的な犬頭の鼻先に深い皺を刻み、白い牙を剥き出しただけでなく茶色の毛も逆立てたルト族が、仮想映像の茂みから出て来る。

 

 消毒プールで初対面の俺に、半透明の壁越しに威嚇してたのが可愛らしく思えるほどに、何倍も怒り狂った表情をしていた。

 まるで親の仇を見つけたかの如く、ビーグル頭の獣人が四本足の爪先を地に突き立て、オルグ族との距離をジリジリと詰め寄る。

 

『ガハハハ。お前の毛を剥ぎ取って、ルト族の丸焼きしてやるぞ!』

「ガァアアアッ!」

 

 野生の狩猟本能が爆発したのか、地面に転がるレーザー銃を蹴り飛ばし、オルグ族への足下へ駆け寄る。

 俺の頭を飛び越える勢いで飛び跳ね、その小柄な体躯に見合わない高さまで、ルト族が軽々と跳躍した。

 大きく開いた獣牙が相手の喉元へ迫る。

 しかしホログラム映像なので、ルト族の身体が当然のようにすり抜けた。

 

『ガハハハ。お前の毛を――』

 

 次の台詞を言い終わる前にオルグ族の脳天を青い光線が貫き、ホログラム映像が消えた。

 レーザー銃を握り締めた人物は、少尉ではない。

 足下に転がった訓練銃を拾い上げて撃ったのは、黒い体毛に覆われたシバ犬頭のポチだった。

 

『とりあえずは、銃を拾って撃つところまでを覚えさせてくれ』

 

 本日三回目(・・・)も同じような結果だからか、もはやルト族に見向きもしないで少尉が俺にそう告げる。

 よしよしと褒めるように黒い犬頭を撫でるメアリーから視線を外し、オルグ族の映像が消えた場所へ目を移す。

 

「ワワワワン!」

 

 敵を見失った結果、興奮冷めやらぬビーグル頭のルト族が、自分の尻尾を追いかけてグルグルと回っていた。

 こちらも本日三回目のグルグルワンコである……。

 

『さっきも言ったように。根気よく訓練すれば、ルト族も銃を使える……らしいぞ?』

『らしいじゃなくて、できます。姫様ができたのですからトウマにもできますよ……』

『だそうだ……』

『で・き・ま・す!』

「わ、分かったよ……」

 

 相当な姫様信者らしいメアリーが間近に迫り、両目をカッと見開いて力強く宣言する。

 メアリーの肩越しに俺と目を合わした少尉が、何かを察したような顔で苦笑した。

 

『参考までに言っておくが、わが星の生態研究所が十年ほどかけて。およそ三千のルト族を仮想軍事トレーニングした結果が、そこにいる三体だ……。千分の一なる奇跡と言われた最終世代らしいが。うちの姫様が提案した、ルト族の実戦訓練案は予算がおりず、今年度も見送られた……。うちの生態研究者達は、普通に軍人を育てた方が遥かに効率が良いと。最初から予想できた結果に、とっくに匙を投げているようだが。そこにいる一名はまだ諦めてないらしい……。まあ気長にやりたまえ』

「は、はぁ……」

『フンッ!』


 後ろから少尉に好き放題言われたせいか、眼前にいるメイドが不機嫌顔で鼻息をフシューと噴き出した。

 ものすごーく、先行きが不安になるスタートですね……。

 だ、大丈夫かなー?

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

『そんなに気落ちしなくても大丈夫よ……。よいしょっと』

 

 覗き窓越しに対面するメアリーから、ルト族の御飯が入ったコンテナバスケットを受け取る。

 

『そもそも言葉すら喋れない子に。いきなり銃を使えって無茶なことを言ってるのよ? 普通に考えて無理に決まってるじゃない』

 

 メアリーがマイク越しに、俺に慰めの言葉をくれる。

 長方形の浅い窪みがある場所へ移動し、コンテナバスケットを傾けて、宇宙ドッグフードの雨を降らした。

 

「ワワワワン!」


 ラグビーのスクラムへ割り込めなかった選手みたいに、御飯競争に負けたルト族達がこちら側へ一斉に集まって来る。

 ルト族の雪崩に足を持っていかれないよう上手く避けながら、次の御飯を用意してるメアリーの元へ向かう。

 

『言っときますけど。私が一年くらい面倒見て、仲良くなった子が。ようやく私の動きを真似て、スプーンを使うことを覚えたのよ。わかる、一年よ? それが顔を合わせて二日目で、銃を撃つようになったら。先輩としての威厳がなくなるじゃない』

「……威厳?」


 威厳と聞いた場合、真っ先に浮かぶイメージは少尉だったが……。


『どうして、そこで首を傾げるのですか? トウマ君?』

「えっと……。俺はメアリ―派ですよっと」

 

 友人兼先輩ドッグトレーナーに睨まれてしまい、慌てて誤魔化した。

 逃げるようにコンテナバスケットを受け取り、御飯スペースへ足早に向かう。

 ルト族のピラミッドが解体されるまで、せっせと往復を繰り返した。


 皆が均等に御飯を食べれるようになったところで、ようやく一息をつく。

 スープ器をトレイで運ぶメアリーと、ルト族のハナコも部屋に入って来た。

 

 午前中は訓練と言うよりも、ドッグランで走りまくっただけみたいな気もするけど……。

 運動して相当にお腹が空いたのかガツガツムシャムシャと、みんな勢いよく食べてますな。

 行儀悪く御飯スペースの中であぐらをかいて、一口サイズの御飯を大量に口の中へ放り込み、リスのように両頬を膨らませているワンコもいた。

 欲張り過ぎだろ……。

 

 メスのルト族がいる、部屋の隅に視線が動く。

 白柴犬頭のハナコが器用にスプーンを使いながら、三体の妊婦ワンコに御飯をあげている。

 たしかによくよく考えてみればさ、犬が道具を使って人間みたいに、食事ができるだけでもすごいことだよな……。

 

「ん?」

 

 御飯を食べ終わったのか俺の隣に立つメアリーの傍に近寄り、小刻みに鼻先を動かして服の匂いを嗅ぐ複数のルト族がいた。

 胸の迫力に負けないくらい、大きなお尻に鼻先を近づけて匂いを嗅ぐワンコもいるが、メアリーはトレイを持ったまま平然とした顔で立っている。

 

『まだ私の顔も匂いも、ちゃんと覚えてない子がいるみたいね……』

 

 微笑ましいモノを見るみたいに、メアリーは終始ニコニコ顔だ。

 

『トウマ。ちょっとだけ、コレを持ってもらえる?』

「いいけど……」

 

 なぜかメアリーが、俺にトレイを渡そうとする。

 不思議に思いながら受け取った時に、トレイの死角に隠れていた犬頭が顔を出した。

 女性のお尻側でなく、堂々と前側をフガフガと嗅ぐ犬頭の勇者に、メアリーの腕が勢いよく振り下ろされる。

 

「キャイン!?」

 

 笑顔を維持したままのメアリーに、おもいっきり平手でしばかれたルト族が、犬頭を両手で抑えながら逃げて行く。

 

「そんなに強く叩いて、大丈夫なのか?」

『大丈夫よこれくらい。長いこと一緒にいたら、どこまでやったら本気で怒るかなんて。顔を見てたらだいたい分かるようになるわよ……。オスのスケベ犬はコレくらいしなきゃ、すぐ調子に乗るからね』

「そ、そうなんだ……」

『持ってくれてありがとう』

「うん……」


 たしかにさっきの彼は、スケベそうなニヤけ顔をしてたような気もする。

 このエロ犬め……。

 可愛いルト族だから、平手打ちで許して貰えたけど。


 俺がやったら笑顔でグーパンチが飛んできて、拳が顔にめり込む姿が容易に想像できるぜ。

 「前が見えねぇ……」とかギャグ漫画みたいに、強制的に顔を整形されても困るから、もちろんやらないけど。

 

 俺の足元近くに黒柴犬のポチがやって来たのに気づく。

 自分の寝床じゃないのに、他のワンコ達にちゃっかり紛れ込んで、両腕に抱えて御飯を持って来たらしい。

 他の子に取られないよう両足であぐらをかいてガードしながら、一個ずつ摘まんでは口の中に放り込んでいる。

 俺が手を伸ばすと、黒い瞳がこちらをギロリと睨んだ。


「ウーッ」

 

 低い唸り声を漏らして、一口サイズのドッグフードを歯で噛んだまま、ポチが俺を威嚇する。

 

「取らないよ」

 

 彼にそう断りを入れて、俺は手を伸ばす。

 すると、ムスッとした顔で犬鼻に皺を刻みながらも、背中を撫でさせてくれた。

 触り心地を確認してみるが、肌触りは地球の柴犬と変わらない。

 猿ではなく猪の進化らしいオルグ族を見た時も思ったが、星が異なると環境や切っ掛け次第で、生物の進化も違う道を歩むんだろうか……。

 

『あら、すごいじゃない。普通はルト族の御飯中に手を出したら、ガブって噛まれるのよ?』

「だろうね……」

『トウマは、もうポチの怒り加減が分かるの?』

「なんとなく顔を見てたらね……」

 

 ドッグランを作るくらい動物好きだった御近所さんのところで、犬達と遊んでいた少年時代の記憶が蘇る。

 

『トウマ。動かないで』

「え?」

 

 緊張した声色のメアリーに、ポチの背中を撫でていた手が止まった。

 横から俺を覗き込む別の視線に気づき、そちらをチラリと見る。

 パピヨン頭にあるつぶらな黒い瞳と、俺の目が遭った。

 二本足で立つ彼女のお腹は、妊婦のように膨らんでいる。

 

『トウマ、ゆっくり動いて……。私の方へ、ゆっくりよ……』

 

 妊娠中のルト族はとても神経質で、危険を感じたらお腹の子供を守るために、すぐオスを呼び寄せるから絶対に近づくなと。

 いつもメアリーに、口を酸っぱくして注意されていた。

 体長一メートルとはいえ、三十近くいる彼らに本気で襲われたら、命を失う可能性も十分にあると……。

 

 メアリーの指示に従い、ゆっくりとポチの背中から手を離す。

 蝶を意味するパピヨンの名称通り、蝶が羽を広げたみたいな大きい耳と長い毛を生やした可愛らしいパピヨン顔の彼女は、なぜか俺の手をじっと見ていた。

 彼女の眼前で手を止めると、それを追っていた黒い瞳もピタリと止まる。

 

『駄目よ、トウマ……。それは駄目』

 

 緊張を含んだ小声で、メアリーが俺の行動を止めようとするが……。

 

「大丈夫……。彼女、怒ってるわけじゃないから」

 

 お腹は避けて彼女の首元へ、驚かさないよう慎重に手を伸ばす。

 彼女の方から首を傾け、俺の手に犬頭を擦り付けてきた。

 地球育ちの犬達が喜んでいたように、首元を撫でてあげると気持ちよさそうに目を細め、ペロペロと俺の指を舐めてくれる。

 メアリーを心配させないよう、嬉しそうにフリフリと尻尾を左右に振るパピヨン頭の彼女から、ゆっくりと離れた。


「……メアリー?」


 彼女との安全な距離を置いて、再びメイド服を着た先輩ドッグトレーナーと目を合わせたが……。

 眼鏡の奥にある両目を見開き、閉じれなくなった口元を両手で抑えながら、メアリーが驚いた顔で固まっていた。

 

『トウマ……。まさか、あなた……。その子達と共生してるの?』

「……キョウセイ?」

 

 聞き慣れないメアリーの言葉に、俺は首を傾げた。


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