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【第04話】犬好きのメイドさん

 

同級生クラスメイト?」

『そうよ。ギャミン少尉とは、同じアカデミアに通ってたの……。初等から高等までエスカレータ式だったから、六歳から十五歳まで九年間。ずーっと一緒なの』

「へー」


 俺は台車を押しながら、お喋り好きな先輩ドッグトレーナーの話に耳を傾ける。

 

『でもね。その話をすると、いっつも不満そうな顔で文句を言うのよ……』

「文句?」

 

 翻訳機能が付属したインカムを横長のエルフ耳に着けた女性が、俺を先導していた足を止めて振り返る。

 背中に垂れた長い茶色の三つ編みが、クルリと軽快良く回った彼女の動きに合わせて、元気よく跳ねた。


 メイド服の文化は宇宙でも存在するのか、白黒のカラーを組み合わせたクラシックスタイルではなく、どちらかといえばアニメに登場しそうな。

 機能性よりも、可愛らしさを重視したデザインのメイド服を着た宇宙エルフが、俺の方へ歩み寄る。

 両手の人差し指を眉の上に置き、斜めに傾けてムスっとした顔の誰かさんを真似た表情ポーズを作った。

 

『君の言う、クラスメイトの定義は広すぎる。君とはクラスが違う年もあったから、厳密には同期生だ。ですって……。どう思う? 細か過ぎぃーて思わない?』


 下から覗き込むような姿勢で、黒ぶち眼鏡の奥にある緑色の瞳が、不満げな感情を浮かべて俺をじっと見つめる。

 その視線から逃れようとしたら、露出度の高い彼女の胸元に目が行ってしまった。


 なぜか首下から胸元の上半分あたりが露出した、肌色の谷間が嫌でも目に入るわけで……。

 彼女の小顔と同等くらいに大きく、魅惑的な二つの巨峰に目が吸い寄せられる。

 スケベ地球人テランと再び蔑んだ目で見られるのを恐れて、慌てて目を逸らした。


「えっと……。ちょっと、分かるかも」

『そうよね。さっぱり分からな……え? ええ!?』

 

 メガネの奥にある二つの目を大きく見開き、俺を二度見した。


『まさかのキャミー派? ……いやいや。きっと翻訳機の誤訳よね?』

 

 自分に言い聞かせるような独り言を吐くと、目の前に立つメイドがコホンと咳ばらいをわざとらしくする。

 悪戯好きな笑みを浮かべたメイドが、グイグイっと俺の方へ近づく。

 

『もう一度聞くわよ、トウマくーん? あなたはメアリー派? キャミー派? どっちでーすか?』

 

 そもそもキャミーって誰だよ……。

 よく聞こえるようにと、インカムが付いた方のエルフ耳を俺に向けて。

 わざとらしく手を耳に当てる仕草をしながら、面倒臭い質問を俺に投げてくる。


『ち・な・み・に。キャミー派の場合は、スケベテランに覗き見されたことを、少尉にバラしまーす』


 脅迫じゃねぇかよ。

 おまわりさーん。


「クラスメイトの定義を広げた場合は、メアリー派ですかね?」

『むむむ……。ちょっとだけ、キャミー派の疑いを感じる発言ですが。私は心が広ーいので、特別に許してあげます』


 なにが、むむむだ。

 とは思っても口に出すことは無く。

 先輩のご機嫌取りをするのも新人の大事な仕事だ。


「どうも……」

『ふふふ』

 

 満面な笑みを浮かべながら、メアリーがクルリと回る。

 両手を腰の後ろに回し、メイド服のスカートをヒラヒラと舞い上がらせながら、鼻歌混じりにスキップをして通路の先を進む。

 なにがそんなに楽しいのか分からないが、ドッグトレーナーの先輩は終始ご機嫌である。

 慢性的な人手不足みたいだし、新人君が増えてよっぽど嬉しかったのかな?


 思い返せばバイト時代に、新人の教育係に当てられた先輩は最悪だったよな。

 初めてのことにワタワタしてる俺を見て、すぐに不機嫌そうな顔で舌打ちするし。

 次の日に会社へ行くのが嫌になるくらい、とっても空気の悪い職場だったよ。


 あの時代に比べればさ。

 作業着代わりに、メイド服を着て妙な絡み方をしてくる変わった先輩だけど、可愛い眼鏡っ子だし。

 女性と仕事をする職場も案外、悪くないかもしれないな……。

 犬小屋から犬が顔を出したアニメっぽいイラストを描いた、ドアプレートを提げた扉が横にスライドした。


『はーい。ここが、ルト族の寝床でーす』

 

 動物園の室内コースみたいに、アクリル板のような半透明の窓から中の様子を覗ける通路が目に入る。

 さっき俺が消毒プールで洗った宇宙ワンコ達なのか、丸くなった大量の毛玉達が部屋の隅に集まっていた。

 野生のルト族は、土岩が掘られた洞窟に住んでると彼女もさっき言ってたし、部屋の照明が薄暗いのは洞窟内を再現してるのかもしれない。


 ワンコ部屋の前で足を止めたメアリーが、壁にはめ込まれた黒い装置に手を置く。

 掌静脈認証をする装置なのか彼女の掌を青い光がスキャンし、黒いディスプレイに文字が現れた。


地球人テランでも、読めるようにするからねー』


 彼女達にしか読めない文字だったが、下側の空白スペースに俺も読める文字が表示される。

 助かるラスカル。

 黒いディスプレイに、俺にも読める『30』の文字が目に入った。

 

『おー、本当に三十もいるー。テラリウムで、こんなに沢山のワンちゃん達と住める日が来るなんて、夢のようだわ~。今日までよく頑張った私。えらいぞ私!』


 感極まったように両手を握り締め、自画自賛をして自分を褒め称えるメアリー。


『あっ、みんなこっち見た! たくさんいて可愛いですねー……。はーい。新しいお母さんのメアリですよー』


 外にいる人の気配を察知したのか、毛玉の中から犬頭が顔を出して俺達をじっと見ていた。

 ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、メアリーが窓越しに手を振る。

 

『では新人君。ドアを開けてお部屋に入って。お腹がペコペコで牙を剥き出しにした、涎まみれの可愛いワンちゃん達に。御飯をあげて来てちょーだい』

「……え?」

『私はこっち側から収納ボックスを手渡すから。トウマは部屋の中から、それを受け取って。あそこの床に穴が開いてる、餌を入れるスペースに放り込んでね』

「え? え?」

 

 戸惑う俺をよそに、淡々と準備を始めるメアリー。

 これの中に……生身で入れと?

 動物園にある檻の中へ放り込まれた状況を想像して、さすがに少しばかりためらわれた。

 

『大丈夫よ。犬嫌いだったら、すぐに襲って来るけど。トウマは犬好きなんでしょ? ほら、早く入って』

 

 犬好きかどうかで襲撃フラグが立つのですか?

 メアリーに扉をあけられ、強引に背中を押されながら部屋の中へ入る。

 すると、三十ある毛玉から全ての犬頭が顔を出し、俺をじっと見ていた。

 

「や、やぁ……」

 

 とりあえず手を上げて、軽く挨拶してみたが……。

 「ウーッ」と牙を剥き出して、威嚇声で返された。

 

『早くご飯をあげないと。本当に襲われちゃうわよ?』

 

 音声マイクを通して安全な場所から、窓越しに覗くメアリーが恐ろしいことを言う。

 彼女と対面する場所へ俺は慌てて駆け寄り、こちら側に渡されたコンテナバスケットを持ち上げる。

 

「ヒェッ」

 

 思わず変な声が出てしまう。

 固まっていた毛玉達がバラけ始め、鼻先をヒクヒクと小刻みに動かしながら俺の方へ寄って来る。

 食料の匂いを察したのか、舌なめずりをする二足歩行のワンコ達が、俺を警戒しながらも遠巻きに取り囲む。


 お願いだから食べないで下さいと祈りながら、御飯を食べる犬の分かり易いイラストが壁に描かれた、長方形の浅い窪みがある場所へ近づいて。

 メアリーが事前に枠の一面を外してくれた、コンテナバスケットを斜めに傾けた。

 一口サイズの宇宙ドッグフードを、天から降る雨粒の如く、御飯スペースへ流し落とした瞬間――。

 

「ワワワワン!」

「うわっ!?」

 

 一メートルサイズの宇宙ワンコ達が、雪崩のように俺の足元を通り過ぎて行く。

 勢いよく頭ごと御飯の中に、ヘッドスライディングして突っ込んだ子もいたが。

 先頭にいたワンコが一瞬で見えなくなり、何段層にも重なった毛玉山ができる。

 

『トウマ、早く次! 御飯が食べれなかった子達が、喧嘩を始めちゃうから!』

「は、はいはい」

 

 急いで次のコンテナバスケットを受け取り、隣の空白地帯に色とりどりな宇宙ドッグフードをバラ撒くと。

 御飯争奪戦に負けて、仲間の背中によじ登っていた宇宙ワンコ達が、目の色を変えて――。

 

「ワワワワン!」

「おっとっと……」

 

 俺の足を突き飛ばす勢いで、新しい餌に群がって来たワンコ達を避けながら、次のコンテナバスケットを受け取る。

 用意された分を一通り御飯スペースにバラ撒き終えて、ようやく一息つく。

 よっぽど腹を空かしてたのか、みんな御飯に夢中で俺に見向きもしない。

 頃合いを見たように部屋の扉が開き、メイド服を着たメアリーも中に入って来る。

 

 スープを入れるような器を持ったメアリーの足下に、宇宙ワンコがいた。

 ……え?

 どこから紛れ込んだの?

 

 可愛らしいワンピースを着た一メートルサイズの白い柴犬が、二足歩行でトコトコと歩いてきた。

 スープ器を両手で持ったまま、柴犬頭が俺の横を通り過ぎる。

 

『姫様が飼ってる。ハナコよ……』

『ハナコ?』

 

 いや、俺が聞きたかったのは、名前じゃなくてですね……。

 困惑する俺を気にした素振りも無く、離乳食のような物を入れた器を持って、部屋の奥にいる三体の宇宙ワンコに歩み寄る。

 妊婦なのか、お腹を膨らませたメスワンコ達が怯えた様子で、三体で寄り添っていた。

 

 ハナコと呼ばれた宇宙ワンコだけが、メスワンコ達の身体が触れる距離まで近付き、ちょこんと女の子座りをする。

 器用にスプーンで器の中をかき混ぜ、メスワンコの口元に差し出す。

 警戒するように匂いを嗅ぐと、口を開いたメスワンコがパクリと食べた。

 その後は警戒心が解けたのか、お代わり用に持って来たメアリーの器も空にして、妊婦ワンコ達がペロリと平らげた。

 

『妊娠してる子は警戒心が強くて。私達が近付くとオスに襲われちゃうから。御飯をあげる時は、ハナコにお願いしてね』

『……了解』

 

 よく分からんけど。

 同族意外は気を許さないとルト族に詳しい先輩が言うのなら、それに従うしかないだろう。

 空になった器を運ぶハナコが、俺の足元を通り過ぎる時に違和感を覚えた。

 後頭部に生えた白い毛の一部だけが、可愛らしい茶色のハートマーク柄に変色している。

 

 天然の毛にしては形が綺麗過ぎるから、染めてるみたいに見えたけど……。

 飼い主の趣味なのかな?

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

『なんだと? それは……災難だったな』

『ちょっと待って下さい、少尉。どうして、トウマの方を見て言ったのですか? 覗かれたのは私の方ですよ?』


 長椅子の真ん中に座っている俺越しに、顔を出したメアリーが心外だと言わんばかりの表情で、反対側にいるギャミン少尉を睨む。

 

『……女性ばかりだったから、うっかりしていたな。物置になってるロッカールームを男性更衣室にするから、次からそっちを使いたまえ』

『少尉? 私の話、聞こえてますかぁ?』

『……こちらも初めてのことが多い。他に不便なことがあったら、すぐに言え。都度つど調整する』

『もしもーし? おーい』

 

 ドラマやアニメで見るような部下の報告を待つ司令官の如く、長机に両肘を置いた少尉の顔色を伺う。

 騒がしいメアリーの声が右から左へ流れているのか、組んだ両手に鼻先をつけたまま顔色一つ変えない。

 

 教壇で講義の準備をする、科学者らしい白衣を着たサデラと目は遭ったのだが、チラリとこちらを見て苦笑いだけされた。

 もしかして、普段からこんな感じなのか?

 

『男の人に裸を見られたんですよ? 状況を分かってますか、少尉? 私がキャーと悲鳴を上げたら、逮捕者が出てる事案ですよ?』

『……なるほど。つまり、私に痴女を捕まえろと言うわけか?』

『誰が痴女ですか!?』

 

 もう我慢ならないとばかりに、身を乗り出したメアリーが俺の腕に豊満な果実を押し当て、俺の隣に座る少尉に手を伸ばす。

 しかし、捕まえようとした手は空を切り、待機中の司令官ポーズを維持したまま、少尉の身体が横へ一席分スライドした。

 避けるタイミングも完璧だったから、軍人とか民間人に関係なく、友人としての付き合いが長いんだろうな……。

 

『戯れは、その辺で終わりにしなさい。そろそろ真面目な話を始めるわよ』

 

 真剣な声色で割り込んだサデラに反応して、メアリーの動きがピタリと止まる。

 

『ノア。私が用意した映像を、再生してくれるかしら?』

 

 室内の照明が急に暗くなり、ホログラム映像を再生する淡い青の光だけが、室内を照らす唯一の光源となる。

 身を乗り出していたメアリーが大人しく席に着き、少尉も俺の隣にスライドして戻って来た。

 

『結論から言うわね……。トウマ君は、陰性だったわ』

 

 ……陰性?

 その言葉で最初に思い出した記憶は、俺がウィルスに感染したかを判断する時に医者が口にした言葉だ。

 当時の俺は世界的に流行ったウィルスに感染していて、陽性と言われたが……。

 

『ただし……。血液検査をした結果。トウマ君の遺伝子から、陽性反応が出たわ』

 

 サデラが告げた言葉に反応して、俺の隣に座るメアリーから息を呑む声が聞こえた。

 

『トウマ君、あなたは……いえ。あなた達、地球人テランは……ギメラウィルスに侵されているわ』


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