【第15話】ボーナスステージ
『ビタローがいるワン?』
「……ん?」
床であぐらをかいてノートパソコンを眺めていたら、横から覗き込んだ黒い柴犬の後頭部で視界の半分が埋まる。
『戦闘機に乗る前のワン。いつの間に撮ったワン?』
今度は反対側から茶色の柴犬頭が覗き込んで、くっついたポチとタマの犬頭で視界が占領されてしまう。
ルト族の生態観察ログとして記録した映像の一つを、初めて見る二人が前のめりな恰好で眺めていた。
「タマがビタロー達にふざけて敬礼を教えてる時に、たまたま撮ったヤツだよ」
『ふざけてないワン。完璧に教えたワン!』
「そういう意味じゃねぇよ」
タマの少しズレた反論に、おもわずツッコミを入れてしまう。
パソコンを開かずとも鮮明に思い出せるくらい眺めた記録映像を見て、実家に帰省した飼い主の家族と久しぶりに再会した時の犬を思い出すような、尻尾の振り方をする二人の背中に向かって答えた。
シュガー軍曹達がギャミン少尉に敬礼をしてる時を覗いてたのか、『宇宙飛ぶ時の挨拶ワン!』と背を伸ばしてビシッと敬礼するタマを真似て、ビタローとビジローが楽しそうに敬礼をしている。
皆のすぐ後ろにはカブトガニ型の小型戦闘機があり、搭乗口から顔を覗かせたニッグ技師が『誰から乗るのー?』と尋ねる視線の先で、先を争って取っ組み合いの喧嘩を始めたビーグサとビーグヨを止めようと、駆け出した直後の親犬チャビーが真ん中にいる。
仲良し兄弟喧嘩の右隣りでは、こちらへ背中を向けたビリターが戦闘機を指差すポチと仲良くお喋りをしていた。
数日前まではいたはずの兄弟達を思い出し、少しばかり感傷的な気分になって溜め息を吐いてしまう……。
『ふぅー。調整終わりましたわよ、トウマ技師』
「ありがとうございます」
ソフトのアップデート作業が終わったのか、ノートパソコンを閉じたシャルロッテ上等兵が立ち上がろうとする。
『わたくしは寝てませんので、少し仮眠を取ってきますわ』
「了解です」
徹夜作業を終えて緊張が解けたのか欠伸を噛みしめながら、部屋から退室したシャルロッテ上等兵の背中を見送った。
三十機ある操縦訓練用筐体が、フル稼働できるようになった操縦訓練室を見渡す。
産まれて間もないルト族の子供達を除けば、今いる大人達が喧嘩せずに訓練できる数の筐体がある。
ビタローとビジローが過去に操縦桿をへし折った筐体で訓練をする、ビーグル頭の親子がいるシミュレーターに向かう。
片手で操縦桿を操作しながら、チャビーがディスプレイを指差して何か喋ってる。
戦場を経験したビリターが横から覗き込んでおり、父親にアドバイスをしてるんだろうか?
「ビリター、チャビー。ちょっと良い? シミュレーターを新しくしたから、お試し運転をお願いしたいんだけど」
皆が飛行訓練に励んでいるのを横目に見ながら、バージョンアップした筐体に二人を招く。
椅子に座るなり緊急脱出ボタンとは違う、新しいボタンが増えてることに気づいたビリターが小首を傾げて指を差す。
「クゥン?」
「うん。それは支援砲の要請ボタン。シミュレーションが始まったら説明するよ」
俺に促されて、開始ボタンを押したビリターが操作レバーを握り締める。
ビリター達は複雑な言語化をまだ習得できてないので、通訳として俺のノートパソコンを眺めていたポチとタマも呼び寄せた。
起動したシミュレーターの画面が、宇宙空間に飛び出した自機の映像に切り替わり、エリファ族の戦艦周りを飛び回るオルグ族の小型戦闘機が目に入る。
自機からは複数の矢印が伸びており、三つのステージ選択が始まった。
一番左は基本操作を学ぶチュートリアルモードで、敵とは戦わない。
真ん中の矢印が、オルグ族の戦闘機と一対一の空中戦闘ができるノーマルモードだが……。
「敵が多い所に突っ込んでから、そのボタンを押してみて」
俺に言われるがままビリターが操作レバーを右に傾け、攻略難易度の高いステージを選択する。
複数の小型戦闘機がフォーメーションを組んで戦艦を攻撃するエリアに、ビリターの自機がCPUの自動操作で勝手に突っ込む。
ミッションの開始を報せるメッセージが画面に表示され、操作権限を手に入れたビリターが支援砲の要請ボタンを押すと同時に、自機のスピードを加速させた。
単機で突っ込めば当然ながら集中砲火を浴びるわけで、防御シールドを張るために消費する自機のエネルギー数値がガリガリと削られていく。
自機を取り囲む敵の赤いビーム砲の雨を喰らいつつも、まずは一機目を堕とそうと操作レバーをガチャガチャと動かしながら敵機のお尻に張りつく。
ビーム砲を発射して後方から敵のシールドを割ろうとしていたら、横から高速で飛来した青色のビーム砲が小型戦闘機に命中し、ビリターの前でいきなり爆発した。
「今のが、味方の戦艦から飛んできた支援砲だよ」
驚きで目を丸くするビリターやチャビーに、何が起こったのかを説明してあげる。
対小型戦闘機用の戦艦ビーム砲は、本船にも搭載された兵器の一つだ。
本船に小型戦闘機が纏わりついた場合に、宇宙船に大穴を空けるビームキャノン砲よりも高速の戦艦ビーム砲を発射し、ハエの如く飛び回る鬱陶しい小型戦闘機を撃墜するのが本来の役目である。
でも、味方機からの支援要請があった場合に限り、敵機を命中させるよりは牽制の意味を込めて、AIノアの指示で遠方から援護射撃を行うことができる。
ギャミン少尉に教えられた内容を語っていると、ポチとタマが目をキラキラさせて俺を見上げていた。
「先に言っとくけど、このボタンが搭載されてる戦闘機はチャビーとビリターのみで、ポチとタマは使えないよ……。シミュレーターで遊ぶのは自由だけどね」
『どうして使えないワン!』
俺の台詞を聞いたポチが前のめりにズッコケ、タマが抗議の声を上げる。
この支援要請ボタンが使えるのは、もともとはシュガー軍曹が率いるフェアリー隊の四機のみだった。
本船を守るための兵器を彼女達の支援に使うのは、彼女達を絶対に失いたくないと少尉が判断してるからだと理解できる。
少尉に教えてもらった話では、支援対象の優先順位はシュガー軍曹やシャルロッテ上等兵に次いで、チャビーとビリターが三番目と四番目に位置してるらしい。
正規の軍人である他の二人を抜いて、チャビーとビリターを支援対象に入れたということは、ルト族に対する少尉の期待がそれだけ高いという表れなのだろう。
俺の話を聞いて不満げに頬を膨らますポチとタマの隣りで、チャビーが誇らしげに胸を張って尻尾を左右に振っている。
逆に言えばギャミン少尉が、チャビーの率いるルト族を今まで以上に危険な戦場へ、投入しようと考えてることになるのだが……。
そう思ったことは流石に、俺の口からは出せなかった。
つい数日前まで、仲良く兄弟喧嘩をしながら操縦桿を握り締めていたビタロー達の姿が、同じ容姿をした長男のビリターと重なる。
「ウォン! ウォン!」
今まで何度やってもクリアできなかった高難度のミッションが達成できて、珍しくビリターが嬉しそうに吠えた。
「喜ぶのは早いぞ、ビリター。本番は、ここからだぞ……」
「クゥン?」
あまり俺は乗り気でなかったが、ルト族の共生進化に着目したギャミン少尉の提案で、新たに追加されたステージをビリターに選択させる。
次はどんな新しいモノが出るのかと、ワクワクしていたビリターの表情がすぐに固まる。
画面に表示されたのは、さっきまでポチとタマが俺のノートパソコンで見ていた一枚の静止画。
目をパチパチと瞬かせ、ビリターが食い気味にそれを見てる間に画面が暗転し、いつもやるステージとは明かに違った宇宙空間が目の前に広がった。
フォーメーションを組んだ小型戦闘機の四機が、視界の上空を通り過ぎる。
フェアリー隊らしき小型戦闘機が向かった先にあったのは、鳥を模した両翼を左右に広げた見覚えのある宇宙船。
シールドを張ったルオー族の作業用宇宙船の周りでは、オルグ族の小型戦闘機が無数に飛んでいる。
『よーし。セーフティ外すように指示出すから、ちょっと待ってくれよ……。えっと……どこだっけ?』
初めての戦争に、酷く緊張した俺の声が画面の向こうから聞こえる。
「ウォン! ウォン!」
『急かすな、ビタロー。分かってるから……』
聞き覚えのあるルト族の声に、おもわず垂れ耳が立つくらいにビリターが強く反応した。
『よし、外れたな……。これからビームの発射を許可する。仲間は絶対に撃つなよ? ……ビーグサとビーグヨ、お前らに言ってるんだからな? フリじゃないぞ?』
さっきまで楽しそうにはしゃいでた、ビリターの犬顔から笑みが消えた。
回収したブラックボックスに記録された、あの時の俺と騒がしい四兄弟の音声がそのまま流れている。
『ここからは遊びじゃないんだぞ……。シールドが無くなって敵に撃たれたら、本当に死ぬからな?』
これから始まるミッションの内容を察したのか、ビリターの表情が険しくなる。
片手で操作していた操縦桿を、今度は両手でしっかりと握り締めた。
『みんな……生きて帰って来いよ……』
誰一人帰還できず、既に全滅を覚悟していた俺の声を切っ掛けに、ミッションの開始を報せるメッセージが表示される。
悪ガキ四兄弟を乗せたカブトガニ型の小型戦闘機が、レースを始めた時のような一斉スタートを決めた。
あの時を再現した戦場が始まり、未来を知ってるビリターが迷わずビタローの後を追う。
通信機越しに、初めての戦場に興奮した様子の四兄弟の声が飛び交う中、ビリターは無言になったままビタローの援護をしている。
ビタローがあの時と同じく敵機を撃墜した途端、ビタローへの集中砲火が始まる。
それを見たビリターが肉球のある犬手で、叩きつけるように支援砲の要請ボタンを押した。
数十秒も経たずに横から飛来した青い光が、運良く斜め前方にいた小型戦闘機を爆破する。
「ウーッ!」
シミュレーションなのを忘れているのか、ビリターが唸り声を漏らしながら、ビタローを執拗に狙う敵機のシールドを撃ち続けている。
納品された改良版に合わせた威力のビーム砲を撃ち続け、ビリターも一機を撃墜すると同時に、支援砲が追走するもう一機を撃ち落とした。
すると、周りを飛んでいた敵機が身の危険を感じたように離れて行く。
『ビタロー、エネルギー切れだ。いったん戻れ』
『キャウン、キャウン』
『駄目だ。オート操作にされたくなければすぐ戻れ』
ブラックボックスに記録された音声ではなく、今回のために録られた棒読みっぽい俺の声に少し恥ずかしくなった。
「ビリター。もうビタローは救出できたから、次はビジロー達を助けに行った方が良いぞ」
過去とは違う結果に戸惑った様子のビリターだったが、俺に促されて他の兄弟の元へ向かう。
他の兄弟達のピンチにも駆け付け、順調に救出するビリターを見ながら少し考えてしまった。
結果論だと分かっていても、あの時に今と同じスペックの戦闘機や支援砲があったらなと……。
『お帰り、ミッションクリアだ……。次も、皆で生きて帰るぞ』
全員の救出が成功した時に流れる、俺の録音ボイスが耳に入る。
ミッションクリアのメッセージと同時に、一枚の静止画が映った。
タマに教えられた敬礼をする四兄弟の前で、弟達のおふざけに付き合わされたビリターが、優しいお兄ちゃんらしく上司役として敬礼する記録映像だ。
当時は面白いモノが撮れたと喜んでいたが、今は見るたびに辛くなってデータフォルダの奥へしまっていた一枚だったけど……。
感傷的になってしまった俺とは違い、ビリターが嬉しそうな笑みを見せる。
ポンポンと誰かの手が、軽く俺の足を叩く。
今回の件を事前に俺から聞いてたチャビーが、優し気な眼差しで俺を見上げていた。
気づけば他のシミュレーションをしていたはずのルト族達が周りに集まり、ここにいないはずの声が聞こえる筐体を興味津々の顔で覗いている。
まさか、撮られているとは思ってなかったのだろう。
生前の弟達を撮った記録映像をビリターがずっと眺めている。
「まだ終わりじゃないぞ、ビリター。ここからは、ボーナスステージが始まるぞ……」
「クゥン?」
再び画面が暗転し、見覚えのある宇宙空間が広がる。
ただし先程の戦場とは違い、静かで平和な空間の先に俺達が乗ってる宇宙船が見えた。
「ガウガウッ!」
「ウォウォン!」
ミッションクリア後の余韻に浸っていたビリターが何事かと飛び跳ねて、慌てて操縦桿を両手で握り締める。
マイク越しに言い争うビタローとビジローの声が聞こえ、猛スピードで二機が横を通り過ぎた。
並走する小型戦闘機が、宇宙船の外周で異常な角度の急カーブを描く。
『ふふふ、みんな楽しそうね……。姫様にも皆が宇宙を飛んでる姿を、ぜひ見せてあげたかったわ~。きっと、すごく喜んだはずよ』
俺のマイクが拾った音声なのか、メアリーの嬉しそうな声が遠くから聞こえた。
二人に触発されたビーグサとビーグヨが追走し、悪ガキ四兄弟のレースが始まっている。
あの時は、初めての実機飛行でおふざけに付き合う余裕も無かったらしい誰かさんに、弟達の呼びかけるような声がマイク越しに聞こえた。
「このステージは、クリアできた時のみにできるご褒美ステージだ。今度はレースをしてやれよ……お兄ちゃん」
ポチ達に通訳されて、ようやく意味を理解したらしいビリターがニヤリと笑う。
「オオーン!」
歓喜の遠吠えと同時に、操縦桿を折りそうな勢いで押し倒す。
ビリターには珍しく警告音を無視して猛スピードで弟達を追いかける姿を見て、ヤンチャな血はやっぱり争えないなと思った。
もしかしたらあったかもしれない兄弟レースを観戦しようと、ルト族達が押し寄せてきたので俺はそこから離れる。
これは……皆が生還できた、たまたま上手くいった未来だ。
コンテニューができるゲームみたいに、いつも良いエンディングになるとは限らない……。
星系を超えた先にはもっと過酷な戦場があって、多くの仲間達が死ぬかもしれない。
それでも……。
彼らが守るべき家族達のために、戦場へ出ることを望むのなら……。
ルト族が戦う知識を得るためにサポートする役目の俺が、仲間が死ぬことを恐れて足を止めちゃいけないよな?
「ウォン! ウォン!」
千切れんばかりに尻尾を全力で振って、あの時できなかった弟達とのレースに長男のビリターが大はしゃぎする。
一時の幸せな時間を楽しむビーグル頭のルト族を見つめながら、ぼんやりとそんなことを考えた……。
三日後には俺達と合流するために、ルオー族の護衛艦隊が到着する。
彼らもまた、星に住む大切な者達を安全な場所へ逃がす為に、命懸けの戦場へ飛び込もうとしている。
この宇宙ステーションに留まって、ギメラに滅ぼされるのを待つ選択肢だけはありえない。
後戻りができない状況で、俺も前に進むしかないのなら……。
後悔だけはしないよう、限られた時間で皆を全力でサポートするだけだ。




