【第13話】宇宙ステーションとキノコ
『外に出られなくなった?』
『ああ。現状、手詰まりだ。星系の外へ脱出しようにも。あちら側に繋がる超光速ジャンプの出口が、全てギメラに塞がれてしまったらしい。艦隊が護衛してくれたら強引に抜けるところだが、単機では応援を呼ばれた場合に対処しきれん』
六十インチくらいは余裕である巨大なモニター画面を、埋め尽くす程に拡大されたお昼寝中の赤ちゃん達を、頬杖を突きながら終始ニコニコ顔で眺めていたメアリーがおもわず素に戻り、スタッフルームに現れたギャミン少尉へ驚き顔を向ける。
マグカップを手に持ちながら対面に座った少尉が、スノウ技師と宇宙ステーションへの報告会議に参加させてもらった時の内容を告げたことで、部屋に重い空気が流れた。
『でも、ここで合流する予定の部隊があったはずでしょ?』
『その予定だったが、どうやら我が軍の部隊がここへ立ち寄った形跡は無いらしい……。こちらに合流できないトラブルでも遭ったのか、連絡が取れないから詳細は分からん』
ギャミン少尉が肩をすくめる動作をした後、エルフ騎士がアニメイラストされたマグカップに口をつける。
『皆には伝えたが身動きの取れない以上、この宇宙ステーションにしばらく滞在するほかあるまい。私は引き続き、他に突破口が無いかルオー族の軍人関係者と交渉を継続する。こちらも多少の無理はして作業船を救出したおかげか、あちらも借りを返してくれそうな雰囲気だし、多少はやりようがあるだろう……。ただ事務的なことで難航してるところがあってな。ちょっとメアリーは付き合ってくれ』
『はいはい、分かりましたよ……』
渋々ながらメアリーが席を立ち、室内カメラとリンクしたモニター画面の電源を名残惜しそうに切る。
切る直前にカメラの位置を固定したまま、モニターの設定を録画モードに切り替えたのも見逃さなかった。
『せっかくだからトウマも羽を伸ばすと良い。ここを出たら、次にゆっくり休めるのはいつになるか分からんぞ……。宇宙ステーションへ観光に行っても良いが、迷子にはなるなよ?』
誰もいなくなったスタッフルームを俺も退室する。
午前中にルト族と訓練室で一運動を終えて、お昼御飯を腹いっぱい食べた彼らもお昼寝タイムに入ったから、暇ができてしまった。
さて、どうしたものかと考えていたら、足を止めたギャミン少尉と立ち話をしていた人物と遭遇する。
ファンタジー映画だと、魔法使いの相棒として活躍するポジションのフクロウ……ではなく、白色の羽毛に黒い斑模様の混じった俺と同じくらい身長がある鳥人と目が遭った。
『ああ、トウマ。ちょうど良いところに来た。スノウ技師が宇宙ステーションの案内をしてくれるそうだ。気分転換に行って来たらどうだ?』
「良いんですか?」
『はい。私も当船を案内してもらいましたので、ぜひご案内させて頂きたいです』
宇宙船から外に出ると、予想通り鳥人だらけの宇宙ステーションが俺を出迎える。
館内なのでもちろん重力は存在し、まるで未来型の空港みたいな雰囲気の施設をパっと見ただけで百人以上はいそうな鳥人達が往来していた。
近くを通り過ぎる鳥人がチラチラと、まるで外国人を見るように物珍しそうな視線で俺の方を見てくる。
鳥人のスノウ技師が一緒にいてくれなかったら、地球人の俺が目立ちすぎて観光どころじゃなかったな……。
そんなことを考えながらスノウ技師の後をついて行く俺の横を、車輪の無いスクーターに乗ったキノコが通り過ぎる。
「……え?」
『どうかされましたか?』
「いま、キノコが……」
一瞬、目の錯覚かと思って振り返ったが、ホバー移動するスクーターに乗って、こちらに背を向けたキノコが遠くに見えた。
『ああ、シュマール族ですね……。隣の星系を主な活動地域にしてる種族です。我々とは友好関係を結んでおり、こちら側にも顔を出すことがあります』
さも当然な顔で、いつも通りの光景だとスノウ技師に告げられた。
俺が知らないだけで、鳥が自らの羽でなく宇宙船で空を飛び、キノコがバイクを乗り回すのが宇宙の常識らしい。
常識という名のガラスが、パリンパリンと俺の中で崩れていく音が聞こえた。
宇宙はいろんな意味で、広かったんだなー……。
宇宙ステーションの施設内には、空港の出発ゲートみたいにゲートラウンジがいくつもある。
停泊した宇宙船へ乗るためには、安全対策用のゲートラウンジを通る必要があるらしく、閉じられた出発ゲートの先にある宇宙船をモニター画面越しに見ることができた。
複数あるゲートラウンジの一つに、見覚えのある片方の羽が折れた宇宙船があることに気づいた。
「あれ? ……そこに停泊してるのは、スノウ技師の宇宙船ですか?」
『ええ、そうですね』
てっきり造船所入りしてるのかと思ったけど……。
ゲートの先にある宇宙船の様子を映す、モニター画面の一つに近付く。
コンテナに入った荷物や故障した機械らしき物を、作業員達が運搬車で船内から運び出していた。
『星へ帰還する為にも、すぐに修理をお願いしたかったのですが。ギメラと交戦して修理待ちをしてる軍艦が他にもあるそうで……。我々も羽を伸ばすことになりそうです』
スノウ技師の説明によれば、どうやらドックに入れず外で順番待ちをしてる宇宙船が沢山あるらしい。
上司から待機命令を言われて、船員達の宿泊予約を先ほど取り終えたところだと苦笑された。
開いた搭乗ゲートから顔を出した作業員はスノウ技師の知り合いらしく、俺達に気づいた鳥人達が会釈をしてくれる。
『まだ直せそうな機械を自分達で修理したり、スクラップに解体したりしながら。しばらくは暇を潰すしかなさそうですね……』
「そうなんですか……」
『どこか行きたい場所があれば、他もご案内しますが』
「えっと、ですね……」
おそらく一時間も経ってないだろうけど、周りから珍獣を見るような視線がツライですと、素直な気持ちを吐露した……。
『ああ、なるほど。それは仕方ありませんね……。星系外の異種族に面と向かって我々が関わるのは、シュマール族くらいしかいないものですから。地球人は物珍しいかもしれませんね……。エリファ族の大艦隊が星を訪問した時も、大騒ぎになりましたから……』
喧騒から逃れるようモニター画面の前で宇宙船ばかりを眺めてる俺の背中を、沢山の通り過ぎる鳥人達からの視線が向けられてる現状にようやく気づいてくれたのか、俺の背後を見たスノウ技師が苦笑した。
『では。トウマ教官の船に戻りますか?』
「ですね……」
次に出掛ける時は、メアリーやニッグ技師達を誘って一緒に出掛けようと考えながら、自分の宇宙船が停泊してる場所へ戻る。
……おや?
あれは……たしか、シュマール族とか言ってたっけ?
彼か彼女かも判別がつかない人間サイズのキノコが、俺の船に繋がる搭乗ゲートの前に立っていた。
先ほどすれ違った宇宙キノコさんなのか、車輪の無いスクーターから降りて宇宙船が映るモニター画面を、食い入るように覗き込んでいる。
鳥人ばかりの宇宙ステーションに、エリファ族がいるのはやっぱり珍しいんだろうか?
搭乗ゲートを抜ける際に必要なゲストカードをポケットから取り出し、宇宙キノコの横を通り過ぎようとした時にブツブツと何かを呟いてる声が聞こえた。
「……ン。……テラン」
「……え?」
聞き間違いだろうかと思い、耳に嵌めたインカムに手を伸ばしながら足を止めた。
凝視する俺にあちらも気づいたらしく、白い水玉模様のある青いキノコ傘がゆっくりと横回転に動く。
まるで天を仰ぐように水玉模様のキノコ傘を斜め上に傾けると、死角になっていた白い胴体部分が目に入る。
そんなところに……目があるのか。
俺の胴回りが余裕で入るくらいに太くて白い胴体の上側に、二つの青い目があった。
人間のような瞳ではなく、青色を含んだ複眼レンズが俺をじっと見上げる。
まるで人間が小首を傾げるように、宇宙キノコが青い傘と白い胴体を傾けた。
「……テラン?」
インカムに内臓された翻訳機を止めたはずなのに、宇宙キノコがはっきりと片言の地球語を喋ったことに驚く。
『トウマ教官、どうかしましたか?』
先にゲートを抜けようとしたスノウ技師が、足を止めた俺に気づいて振り返る。
宇宙人キノコがゆっくりと、今度は逆方向にキノコ傘を傾けた。
「……メシア?」
「どこで……その言葉を?」
* * *
『エリファ族の船に乗りたい、ですか?』
わざわざ搭乗ゲート前まで顔を出してくれたギャミン少尉だったが、眉間には深い皺が寄っていた。
頭の痛い難題を抱えてる状況だからか、一ケ月の短い付き合いの中でも少尉の機嫌がよろしくないのは分かる。
俺一人じゃ解決できそうにも無かったので、スノウ技師に頼んでヘルプを呼んでもらったのだけど……。
『はい。我々が乗る予定だった宇宙船がトラブルのため乗船できず、星に帰れず困っております……。エリファ族の星系へ帰還する道中で、我々の星に降ろして貰いたいのです』
隣りの星系にある星に彼らは戻りたいようだが、何かしらのトラブルに巻き込まれたせいで、この宇宙ステーションで立往生をしてるらしい。
静かに彼らの話を聞いてた少尉が、溜め息混じりに肩を落とす。
『そちらの事情は分かりました……。しかしこちらも、関係者以外を乗せることはできない事情がありまして……』
いつの間に同族達と連絡を取ったのか、数体の宇宙キノコが搭乗ゲートの前に集まっていた。
乗る気満々になってる宇宙キノコ達が、勝手に列を成してるのに気づいた少尉の表情が更に険しくなる。
車輪の無いホバー移動するスクーターに乗って、こちらへ真っすぐ目指して来る宇宙キノコも遠くに確認できた。
うーん……。
なんで地球語を知ってるかは、艦長を出してくれたら教えると言われたけど……。
もしかして、俺は騙されたのか?
次からは見知らぬキノコに声を掛けられても無視しろと、後で少尉に怒られるのかなー……。
『謝礼は致しますので、我々も乗せて頂けないでしょうか?』
『私は、報酬金の話をしているのではありません……』
少しだけ語気を強めた少尉が、埒が明かないとばかりに鳥人であるスノウ技師へ目を向けた。
『宇宙ステーションに問い合わせれば、代替の輸送船を飛ばしてもらえるかもしれません。宜しければ私がご案内を』
スノウ技師の言葉を遮るように、足下から生えた長い触手がスノウ技師の眼前まで伸びた。
『それは結構です、親切なルオー族よ。私達は友人との約束を守るために、エリファ族の艦長と交渉をする必要があるのです』
『……友人?』
お引き取りを願う態度を示していた少尉が、宇宙キノコの発言に小首を傾げた。
丸みを帯びた触手の先端から、数本の細長い指のような物が生える。
傘帽子の裏側に指を伸ばし、無数に刻まれた筋の一つに指先を突っ込んで開く。
そこがポケットなのか、穴の中から黒光りする小箱を取り出した。
『胞子まみれで申し訳ないですが、まずはコレに触れてもらえますか? 我々は、この箱を開けられるエリファ族を探しているのです。この船に希望の種を運ぶ軍人がいないことを確認できたら、我々はあなたとの交渉を素直に諦めます』
『……希望の種?』
両手を背中に回して、不審物を見るように眺めていただけだった少尉が、急に興味を抱いたように手を伸ばす。
宇宙キノコから小箱を受け取り、表面に親指を乗せる。
すると、掌静脈認証装置みたいなスキャンをする時の青い光が走り、少尉が親指を離す。
何も無かったはずの黒い表面に、俺が乗る宇宙船内でよく見掛けるエリファ族を示す紋様が、青白く浮かび上がった。
『これは私宛のようですが……。どこでコレを手に入れたのですか?』
驚きで目を見開いた少尉がそれを渡した宇宙キノコを、鋭く細めた青い目でじっと見つめる。
『はい……。実はわたくし、絶滅危惧種に指定された種族を保護する団体に所属しておりまして。同じ思想を持つエリファ族と友人になった際、この世に一つしかない希望の種なる珍しいモノを運んでる宇宙船があると聞かされました……。是非とも、一度拝見してみたいと思いまして。ああ、申し遅れました。わたくし、リムドウ大使と申す者でして。我らの同胞が多くいる星系であれば、顔が広い私の伝手がきっと役に立つと断言できます……。お互いの良好な切っ掛け作りとあなたの任務を成功させるために、ここは借りを作った方が良いと思われますよ。メシアを運ぶ、ギャミン少尉殿……』
宇宙キノコの口から再び出たメシアの言葉に、険しい顔をしていた少尉の表情が不意に和らぐ。
『なるほど。切っ掛け作りと任務ですか……。どうやらコレを渡した人物の助言に、従った方が良さそうですね』
二人だけの間に通ずるモノがあったのか、薄い笑みを浮かべた少尉が小さな黒い箱を握り締める。
『委細承知しました、リムドウ大使殿。どうぞ、我が船にお乗りください。あなた達の星までお送り致します……。ただし、私達はギメラと交戦する可能性が高い船に乗ってます。命の保証はしかねますが……』
『ご心配なく。それを承知で我々は、この宇宙ステーションであなた達を待っていたのですから』




