【第10話】勇敢な戦士達
ミーティング用のテーブルを囲んだ俺達の前で、ギャミン少尉がAIノアとやり取りをする。
『シュガー軍曹、救出対象の設計図が届いた。そっちと映像はリンクされているか?』
ギャミン少尉が顔を横に向けると、ここにいない者がミーティングへ参加してるみたいに、搭乗室のホログラム映像がテーブルの端に浮かぶ。
鋭い眼光の軍人女性が前方に手を伸ばして、何かを操作するような仕草をした。
獣みたいにギザギザの白い歯をギラリと光らせ、少尉と同じ褐色肌の口元を吊り上げて笑みを浮かべる。
『ああ、バッチリだ……。作戦を説明してくれ、少尉』
『先ほども軽く状況を説明したが。ルオー族の作業船が、オルグ族の海賊船を振り切れずにいるようだ』
『この星系は、ギメラの大群がウジャウジャいるんだろ? 俺らですらコソコソ隠れながら動いてるっつうのによ……。作業船が護衛艦もつけずに何やってんだ?』
『護衛艦は同行してたらしいが、任務中に運悪くギメラの戦艦と遭遇したらしい。作業船を逃がすために交戦したようだが、今は連絡がつかない状況だ……』
『少尉。護衛艦がやり合った相手はもしかして……クジラか?』
『……そうだ』
少尉が間を空けて、溜め息混じりに答える。
『おそらくだが。連絡がつかない護衛艦は……アレに呑み込まれたのだろう』
少尉の報告に、マイク越しに彼女の舌打ちが聞こえた。
『艦隊の護衛も無しに単機でクジラとヤリ合うのは、さすがにキツイぜ。少尉……』
『言いたいことは分かるが。ルオー族とは今回の遠征任務中に総司令官と姫様が、ギメラに関しての正式な宇宙防衛協定を結んだばかりだ。無視するわけにはいかん……。護衛艦が命懸けで時間を稼いでくれたおかげか、幸いにも大型宇宙船の巨影は近くに無い。短時間で彼らを救出し、海賊船がクジラを呼び寄せる前に戦場から離脱する……』
『でもよ少尉』
『時間がない、作戦を説明するぞ』
『……あいよ』
軍曹が何か言いたげな感じだったが、それを無視して少尉が話を進める。
『敵船のサイズは、推定五百メートルも満たない小型海賊船だ。ただし数十の小型戦闘機を、搭載しているのは確認済みらしい……。我々は、エネルギーが尽きたと偽装した作業船に、敵船が追いつくタイミングで強引に割り込む』
ミーティング用のテーブルに、二つの宇宙船がホログラム映像で浮き出た。
まるで鳥のような長い羽根を生やした宇宙船の速度が落ちたタイミングで、後ろから見覚えのあるシンプルなデザインの縦長宇宙船が接近する。
並走をしようとしたタイミングで、前方から俺達の宇宙船が二つの間に割り込んで、シミュレーション映像が停止した。
『敵船の横っ腹を叩きつつ、作業船に纏わりつく数十の小型戦闘機も同時に撃ち落とす……。問題は本船の小回りが利かない隙に、我々の攻撃が届かぬ死角へ逃げようと、作業船の反対側へ移動した連中だが……』
『それを俺達が先回りして、叩けば良いんだな?』
『そうだ。シュガー軍曹、できるか?』
『そりゃあ、もちろんできるさ。旧式が相手なら二、三十いようが問題ねぇよ。たださ……』
『なんだ? 言ってみろ』
口ごもる軍曹のホログラム映像を、少尉が目線で催促する。
『ギャミン少尉……。そこに、泣き虫お嬢ちゃんはいるのか?』
『いや、席を外してる。ルト族のエネルギー補給のために、ニッグも格納庫へ行かせた。いま、ここにいるのはテザーとトウマだけだ。君の予想を言ってくれ、シュガー軍曹……。ルト族の五名を投入した場合、何人が生き残れる?』
『……全滅だろうな。シミュレーションのログレポートは見せてもらったけどよ、実戦はゲームと違うんだ……。良くて相討ちで。一機でも落とせたら、新人君の初戦としては合格点だよ……』
制御室に重い空気が流れた。
『そうか、分かった……。では予定通り、反対側に回ったフェアリー隊とドッグ隊で、小型戦闘機を撃墜してくれ……』
『少尉……。お嬢ちゃんに恨まれるのは、御免だぞ?』
『心配するな。彼女も覚悟の上だ……。私はペットを乗せるつもりは無いと、最初から言ってるからな……。すぐ準備に取り掛かれ!』
『了解!』
他の乗員も話を聞いてたのか、複数の返答が重なる。
俺もコントロールデスクに戻ろうとしたら、少尉に肩を叩かれた。
『全ての責任は私が取る。君は、君の仕事をやり遂げたまえ……』
「はい」
戦争経験者達は当然のことみたいに言うが……。
彼らが死ぬのを分かって戦地に送り出せと命令されて、了解ですと即答できるわけがない。
そう思いながらも、戦争をしたこともない素人の俺が軍人相手に意見など言えるはずもなく、重くなった足を動かそうとする。
『トウマ』
再び少尉に声を掛けられて、俺は振り返った。
真剣な眼差しで見つめる青い瞳と、俺の目が遭う。
『海賊船など、まだ楽な相手だ。我らの故郷に近付けば近付くほど、君の想像を超えた厳しい戦いが待ってる……。ルト族が軍人として、そこを乗り越える人材となるか。それを見極めるために、彼らを全力でサポートしてやってくれ』
「……はい」
サポートをするのは当然だ……。
一ケ月という短い間とはいえ、彼らとは沢山の思い出がある。
帰って来た悪ガキ共に、説教してやるつもりなんだよ、俺はな……。
だから……そんな簡単に、死なせるものかよ。
* * *
『シールドを破壊。側面へ命中……。更に速度低下』
『よし。そのまま追撃しろ!』
AIノアに指示を出すギャミン少尉のやり取りを聞く限り、本作戦は順調に事が運んでいるのは分かってる。
少尉の作戦がうまくはまって、横っ腹に対艦レーザーの直撃を受けた海賊船は逃げだしているようだ。
でも、そちら側を気にする余裕が俺には無い。
俺が担当するエリア画面には、味方機の通信不能を示す真っ赤な×マークが浮かび上がっており、五兄弟が映っていたモニター画面の一つが真っ暗になっている。
「駄目だビジロー、戻れ!」
「オオーン!」
先にやられたビタローの仇を取ろうとしてるのか、俺の制止命令を無視して小型戦闘機の乱戦へビジローが飛び込む。
ビジローの咆哮を合図に、他の兄弟も続けとばかりにビタローを堕とした敵の小型戦闘機を追い掛け回す。
どのモニター画面からも、シールドとビーム攻撃に使うエネルギーの残量限界を迎える、警告音が鳴り響いていた。
船内モニターではなく、外を映すメインカメラに切り替える。
すると、俺達の船よりも一回り小さい作業船の周りを、無数の小型戦闘機が激しく入り乱れて赤や青の光線が飛び交う、混沌とした空中戦の様子が映し出された……。
ビジローの斜め前を飛ぶ兄弟機のシールドを割ろうとしてるのか、複数の敵戦闘機から絶え間なく赤色のレーザービームが執拗に発射されている。
「ガァアアアッ!」
兄弟をやられた怒りで俺の声が届かない、彼らのモニター映像が眩い閃光に包まれた後……。
彼らの咆哮が唐突に遮断され、次々と暗闇に消えていった。
『ドッグ05、通信ロスト……。トウマの担当機は、全て通信エラーとなりました』
「……知ってるよ」
戦況を丁寧に報告してくれるAIノアの声が、今はとても煩わしかった……。
心が酷くざわめき、後悔ばかりが募る。
ビタローが、一機を堕とした時点で十分だった。
そのタイミングでもっと彼らを強く説き伏せ、帰還させるべきだったかもしれない……。
敵機を堕としたせいで逆に目立ってしまい、ビタローは敵の集中砲火を浴びる結果になった。
……いや、それは結果論だ。
軍人である少尉や軍曹の予想は正しくて、最初からこうなることは予想できていた。
戦争経験も無い俺があがいたところで、どうしようもできないのは分かっていたけど……。
『ご苦労だったな』
誰かが、俺の肩を叩く。
振り返ると俺を見下ろすギャミン少尉と目が遭った。
いつ間にか救出作戦は終了したらしく、ギャミン少尉が俺のコントロールパネルを弄って、戦況レポートログを見ていた。
『二機も堕としたのか……。予想以上の戦果だな』
どうやら皆が命を繋いで、ビタローの仇を取ってくれたらしい……。
褒めてくれてるようだが、俺の心には何も響かなかった。
『シュガー軍曹、聞こえるか? ドッグ隊が撃墜された座標ポイントを送る。ブラックボックスを回収してくれ』
少尉の口からはっきりと、撃墜の言葉が聞こえた。
さっきまでボリュームを下げないと耳が痛いレベルで、お祭り騒ぎのレースをしてたのが嘘に感じるくらい、俺のコントロールパネルは静まり返っている。
悪ガキ五兄弟が映っていたモニター画面は全て真っ暗になっており、『通信エラー』の文字だけが虚しく表示されていた。
『トウマ君。あとは残党処理だけですから、こっちでやっておきますよ?』
テザー技師が心配してくれたのか、隣りのデスクから声を掛けてくれる。
「いいえ……大丈夫です。最期まで、やらせて下さい」
そう強がるのが、俺の精いっぱいだった……。
* * *
犬小屋から犬が顔を出したアニメっぽいイラストを描いた、ドアプレートを提げた扉が横にスライドした。
半透明の窓を覗く女性が俺に気づいて、黒ぶち眼鏡の奥にある緑色の瞳と俺の目が遭ってしまう……。
報告を待っていたメアリーに視線で尋ねられたが、無言で首を横に振るしかなかった。
彼女も覚悟はしていた結果だけど、メイド服の袖をギュッと強く握りしめる。
伏し目がちに床に視線を落とした彼女と通路をすれ違う。
俺には、まだ報告しないといけない相手がいる……。
重く感じる足で通路を進み、メアリーが覗いていた部屋の扉を開けた。
無言で後ろから付いてくるメアリーの気配を感じながら、いつものように仲間の帰りを待っていたルト族達と視線を交わす。
出掛けたはずの子達がいなくて違和感を覚えたのか、兄弟の母親であるパピヨが前に出て来た。
蝶が羽を広げたみたいな大きい耳と長い毛を生やした、パピヨン顔にある二つの黒い瞳が俺を見上げる。
ここに来るまでに、彼女に伝えるべき言葉をずっと悩んでいたが……。
「みんな、勇敢に戦ってくれた……。だから勝ったよ」
それだけを短く伝えると……。
彼女がコクリと、小さく頷いた。
まだ俺には言語化できない彼らの言葉を、上手く通訳してくれたハナコのおかげで、俺と出会って一ケ月の間に彼らが産まれた星で、どれだけ過酷で厳しい環境を生き抜いてきたかを知ってる……。
戦士達の死を見届けた者が、群れに報告する言葉は謝罪でないことも分かっていた。
「初戦でオルグ族が乗る戦闘機を一つ堕とせたら、立派だって言ってたけど……。二機も堕とせたのは信じられないって、みんなすごく驚いてたよ」
一ケ月前は、言葉も喋れないルト族じゃ戦闘機を飛ばすことすら、絶対に無理だって軍人の皆は断言してたけど。
「優秀な戦士の君達に、また宇宙を飛んで一緒に戦って欲しいって。ギャミン少尉にも頼まれたよ……」
俺の言葉がどれだけ伝わってるのかは分からないが、黒い瞳を潤ませた彼女がコクリと頷いた。
部屋の扉がスライドする音が耳に入り、振り返るとハナコ、ポチ、タマの柴犬三人が部屋に入って来る。
それと、子供達の代わりに留守番を任されていたチャビーが、部屋に顔を出した。
『……え?』
ビーグル頭のチャビーに良く似た、もう一人の姿が後ろから入って来たのに気づいて、メアリーが驚いた顔をする。
「正直、俺も駄目かと思ったけど……。エネルギーがゼロになるギリギリまで粘って、脱出ポッドで抜け出してくれたみたい」
『……そうなの』
メアリーも予想はしてなかったのか、驚きで言葉に詰まっているようだ。
パピヨが過去に産んだ、悪ガキ四兄弟を含めた十四兄弟の死を見届け、父親のチャビーと共に過酷な環境を生き抜き。
四兄弟よりも優秀な長男の彼だからこそ、父親から受け継いだ重要な役目があった。
帰還者であるリターニーの名から拝借して俺が名付けたビリターが、堂々と胸を張りながら母親の元へ歩み寄る。
ポロポロと零れ落ちる涙をビリターにペロペロと舐められ、息子を抱擁した彼女が嬉しそうに頬ずりをした。
無事に帰還したビリターの周りに、仲間達も集まって来る。
勇敢に戦った兄弟達のことを、おそらくビリターが皆に語っているのだろう。
一言も聞き漏らすまいと、皆が犬耳を立てた。
白柴犬のハナコも歩み寄るとパピヨの犬頭を抱き寄せ、涙が止まらない彼女の頭を撫でる。
機械など使えない原始的な彼らが、残された仲間達に伝える手段は口伝だけだ。
今までもそうだったように、産まれながら戦士である彼らのやり方で命を繋ぐ様子に、隣りに立つメアリーが静かに涙を零す。
俺のズボンを、誰かがクイクイと引っ張る。
群れを率いるリーダーのチャビーが、黒い瞳で力強く俺を見上げていた。
『トウマ、泣いている暇はないワン』
チャビーの顔色を窺った黒柴犬のポチが、言語化して伝えてくれた。
「うん……。分かってるよ」
チャビーの言葉に、溢れ出そうになった感情を堪える。
ルト族のオスは、仲間が死んでも涙は流さない。
亡くなった戦士の為に涙を流すのは、我が子を産んだ母親の役目だ。
戦友や兄弟のために涙も流す暇も無いくらい、群れの腹を満たすためにオス達は過酷な星で命懸けの狩り暮らしをしてきた。
俺より小さいのに、本当に勇敢で強い戦士達だと思う……。
『やっぱり、お前に任せて良かったワン』
茶柴犬のタマが、続けてチャビーの言葉を伝えてくれた。
皮肉じゃなくて素直に褒めてるんだと思うけど、ちょっと複雑だな。
リーダーからは、合格点を貰えたみたいだけど……。
ゲームみたいに、リアルは上手くいかないのは分かってる。
戦争もしたことない俺なりに、それでも一生懸命に努力した。
俺の努力は……彼らの死は無駄なんかじゃないと。
そう自分を納得させるしか、ないんだけどさ……やっぱり悔しいな。
自分の不甲斐なさを感じて、強く握りしめた俺の拳をメアリーの手が優しく包む。
「いつか絶対……皆が帰って来れる戦士にするよ……」
『うん……。でも、無理はしないでね』
目元を流れる涙を指先で拭いながら、メアリーが心配そうに声を掛けてくれる。
女性の前で情けない姿を見せたくないという男の意地か、嘘でも大丈夫だと頷く。
仕事だからという理由で、投げ出すつもりはない。
帰還できなかった戦士達を偲んで、彼女達が流す涙を少しでも減らすためにも……。
ルト族の言葉を聞ける、俺だけにしかできない能力を与えられたのなら。
彼らが少しでも長く生きられるよう、その役目を全うするだけだと。
そう、決意した……。




