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【第01話】グッドラック

 

『強い感染力と、致死性の高いウィルスが世界的に広がり、終息宣言を迎えてから一年が経ちました……』

 

 帰り着いて早々にリモコンのスイッチを押したら、連日のように特集を組んでるテレビ番組が映る。

 

「よいしょっと……。あー、始発で朝帰りとか。だりぃよぉ……」


 ようやく我が家に腰を下ろせ、軟禁生活から開放されたからだろうか。

 一気に疲労感が押し寄せてきた……。

 コンビニ弁当に箸を伸ばし、口に運びながらテレビをぼんやりと眺める。

 三日も連続で徹夜を強いられるとか、デスマーチもここに極まりだな……。

 

『ワクチンによる副作用の報告もありましたが。その件数も、当初よりは減少傾向にあり……』


 ワクチンか……。

 俺が感染した時は、まだ正式なワクチンもできてなかったから、ほとんど自力で治したんだよな。


 高校を卒業しても忌々しいウィルス騒ぎのせいで、経済が低迷して物資の流通も止まり、世界的な就職氷河期が訪れて……。

 追い討ちをかけるように高校を卒業してすぐ、流行っていたウィルスに感染しちゃうし。

 酷い高熱が出たのに入院したくても空き室が無いとかで、持病も無いからと遠回しに病院を断られて、自宅療養で苦しみながら根性で治して……。

 

 当時は本当に、弱り目に祟り目でろくに良い思い出がなかったよな……。

 苦しいバイト生活から解放されて、やっと正社員に就職できたのに。

 超絶ブラックな孫請けのIT会社で、毎回プロジェクトがデスマーチの連続だしさ。

 三年も働いたら少しは慣れるかと思ったけど。

 これ以上は体力的にも精神的にも、もう限界だぜ……。

 

『あの厳しい時期を乗りこえられた我々なら、これから経済を立て直せるはずです……。どん底を経験すれば、あとは這い上がるだけ』


 テレビのリモコンスイッチを押し、ここ最近お決まりなゲストコメンテーターの台詞を、途中でブチ切りにした。

 現場のSEやプログラマー達の大変さも考えず、いつものバカ営業が取引先と勝手に約束した、ありえないスケジュールの納期を死守するために、死ぬ気で皆と乗り越えたデスマーチの納品作業も、終電を逃す時刻にやっと終わり。

 会社に缶詰め状態にされ、生き地獄のような不眠不休の三日間を乗り越えて、ようやく貰えた一日だけのお休み。

 その貴重な休みも今から寝たとしたら、次に起きた時には夕方くらいになってるんだろうな……。


 テーブルの上に置かれた、退職届と書かれた封筒をチラリと見て、ベッドに倒れ込んだ。

 終わったように見せ掛けたプロジェクトも稼働したら、どうせしばらくはいつものようにトラブルの連続で、火消し作業に一ケ月は掛かるだろう。

 上司に相談するなら、たぶん今だろうな……。


 明日にでも退職届を持って行って、一ケ月後の安定期に退職したら、無職生活の始まりか?

 次は、なんの仕事をしようかな……。

 親がまだ生きてたら、実家にでも帰って引き籠るんだけど。

 

 ……ん?

 なんか外が騒がしいな……。

 昼間っから、またご近所トラブルか?

 いい加減にしてくれよ……。


 ボロアポートだから壁も薄いし。

 仲が良いのか悪いのか分からないが、隣に住んでる大学生のカップルが毎晩のように痴話喧嘩をしたり、五月蠅くベッドをギシギシと軋ませてるし。

 彼氏の方がモテ男なのか、喧嘩の原因も彼氏の浮気っぽいし。

 それでも別れないとか、リア充爆発しろ。


 ああ、駄目だ……。

 飯食って、腹いっぱいになったせいか。

 さっきよりも睡魔が強くなり過ぎて、意識が朦朧としてる……。

 栄養ドリンク剤を飲んだのに、電車で何度も意識を飛ばしそうになって、あやうく終点まで乗り過ごすレベルだったし。

 外の激しい騒音よりも、眠気が勝ちそうだ……。

 

 ていうか、お隣さんからドリルで壁に穴開けてるみたいな、すごい音してないか?

 家の中なのに、扇風機よりも強い風が俺に当たってる気もするし……。

 耳元でも誰かが大声で喋ってるような幻覚も聞こえて、重い瞼が少しだけ開く。


 俺の好きだったアニメに登場するエルフみたいな美女が、ヘルメットの一部が半透明な宇宙服を着て、俺を覗き込んでいる。

 いつの間に夢が始まったのかは分からないが、何かを喋ってるらしいコスプレ宇宙人の言葉は、さっぱり理解できなかった。

 ファンタジーとSFのごちゃ混ぜとか、今日はまた一段とカオスな夢である。

 そういえば忙し過ぎて積んだままにしてる、B級SF映画も消化しないと……。


「日本語でおk?」

 

 いきなり部屋に土足で入って来た夢の住人へ、くだらないネットスラングを口に出すと、相手が目を丸くした。

 宇宙人が開けやがったのか天井に開いた大穴から覗く、空飛ぶ巨大な宇宙船を見上げる。


 さっきから全身に感じる強風は宇宙船が出してる飛行用のジェットか、ホバーみたいなヤツなのか?

 コレがもし現実だったら大家さんにどう言い訳するんだと、くだらないことを考えながら。

 夢の中で、意識を手放した……。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

 知らない天井だ……。

 ベッドらしき場所から身を起こし、医療部屋を意識させる真っ白な室内を見渡した。

 俺の部屋とは、違うことは確かだ。

 いったい誰に連れて来られたのかは、分からないが……。

 俺はカプセル型のベッドに寝かされてたらしい。

 

「まさか、誘拐とか……わっ」


 部屋の中心にある、近未来的な意匠を凝らした台座が急に動き出した。

 円柱が縦に伸び、中にある黒い空洞部分が明滅して、立体映像のような物を映し出す。

 近い未来に実現しそうな、3Dホログラム映像だが……。

 もしかして、B級SF映画の夢がまだ続いてるのか?

 

『おはようございます。救世主様メシア

 

 空中に浮かぶ半透明のモニターに謎言語が映し出され、抑揚の無い機械的な音声が室内に響く。

 

『メシアという言葉を、救世主の意味として使ったのは。我々が、あなた達の星を学習したことを、分かり易く説明するためです……。これは拉致監禁ではありません。我々は、あなたと友好的な関係を築きたいのです』

 

 窓の無い壁の一部に横線が入り、上下に開いて現れたガラス窓から、外らしき景色が広がる。

 それは俺がよく知る、都会のコンクリートジャングルでもなければ。

 自然の緑あふれる、実家があった田舎の風景でもなかった。

 

 窓タイプの巨大スクリーンに映った、不思議な宇宙映像にも見えるが……。

 無数の大小さまざまな星々が、宇宙空間に広がる光景を目の当たりにして、俺の目が点になった。

 窓からはみ出すほどに巨大な、オレンジと白色が混じった木星にも似た、縞模様の惑星がすぐ近くにある。

 俺の星である地球は、どこにあるんだろうと青い惑星を探してみるが、どこにもなかった……。

 この映像はもしかして……太陽系なんだろうか?

 

『あなたは今。……宇宙にいます』

「……は?」

『確保に成功した、あなた一人を残して。あなたが住んでいた星は、巨大隕石と衝突し、機能を完全に停止しました』

「は? え? ちょ、ちょっと待ってくれ。いったいコレは、何の冗談で」

 

 部屋のドアが、突然にスライドして開く。

 コツコツと靴音を鳴らし、何者かが現れた。

 

『ノアから。バイタルサインが送られたから、見に来たけど……。体調はどうかしら、メシア君』

 

 白衣を着た科学者らしき人物が、部屋に入って来る。

 

『それとも。私達が勝手に呼称してる。被検体番号、テラン二四七六〇三五と、どっちが良いかしら?』

 

 インテリ系に分類されそうな眼鏡の奥から覗かせた、グリーンカラーの瞳を煌めかせ。

 コスプレかと思うような、横に細長い耳を生やした人物が、俺の眼前に立ち止まった。

 

『あなた達の世界で例えるなら、マッドサイエンティスト・ジョークと言うヤツよ……。どう? 面白かった?』


 ファンタジーゲームに登場する、金髪のエルフを連想させるような、モデル体型の美女が薄く笑う。


『茶化して、ごめんなさい。あなたには笑いごとじゃないわよね……。まずは自己紹介をしましょうか。私の名前は、サデラ。君の星で言うところの、遺伝子について研究をしてる者。つまりは科学者なんだけど……。さっきから反応が薄いけど。ここまで私の言葉、ちゃんと通じてる?』


 部屋に置かれた椅子へ、白衣の美女が腰を下ろし、優雅に足を組んだ。

 俺が理解できてることを頷くと、彼女が満足気な顔をして話を続ける。


『そう、それは良かったわ……。突然のことに、あなたがパニックになるのも仕方がない話だけど……。あなたの星が巨大隕石と衝突し、全ての生命が滅んだことは。最期の地球人テランとなったあなたに、最初に伝えないといけない事実なの』

「そんな話。急に言われても……」

『これは現実ではなく、夢だと願いたい気持ちは分かるわ……』

 

 白衣を着た科学者らしき白人美女が、台座に視線を向ける。

 

『ノア。仮眠中のドクターを起こして』

 

 五分も経たずに、再び自動ドアが開く。

 今度は垂れ目が印象的な美女が、息を切らせて駆け込んで来た。

 寝てるところを叩き起こされて、走って来たのだろうか……。

 

 白衣が乱れており、長い金髪の後ろもグシャグシャで、寝ぐせっぽい外ハネをしている。

 ドクターらしきエルフ系の女性が、ポケットから補聴器のような物を取り出し、横に細長い耳へ嵌めた。

 まるで口パクしてるみたいに、彼女が小声で話す唇の動きとは違う、俺にも理解できる言語が耳に入る。

 

『呼吸は苦しくないですか? 口を開いて下さいね……。はい。脈も取りますので、この機械に腕を通して下さい』

 

 もしかして、そのイヤホンみたいなのが翻訳機なのか?

 台座からスライドするように出てきた、キーボードを忙しなく操作しつつ、俺の健康状態を医者のように診察した。

 

 女科学者も翻訳機を使っているのか、横長の耳に人差し指を当てる仕草をした。

 口パクでなく、俺には理解できない言語で女科学者が喋る。

 それを聞いてた白衣の女ドクターも翻訳機に人差し指を当て、俺には理解できない言葉で会話のやり取りをした。

 真剣な顔で喋っていた白衣の女ドクターが、最期に無言でコクリと頷く。

 思い出したように乱れた寝ぐせを、ちょっと恥ずかしそうな顔で、手櫛で直しながら部屋を退室した。

 

『あなたの健康状態に、問題は無いらしいわ。良かったわね……。さて、トウマ・クジョウ君。少しは落ち着いたかしら? ……それなら次は、あなたの星が滅びた経緯を。一つ一つ説明していきましょう』

 

 どう見てもコスプレしたエルフにしか見えない女科学者が、ニコリと微笑んだ。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

「宇宙戦争、ですか?」

『簡単に言えばね……。仲の悪い種族が宇宙規模で争い。あなたの星が運悪く、それに巻き込まれたの』

 

 椅子に深く腰掛けたサデラが、モデルのようにスラリと長い足を優雅に組みかえた。

 

『あなたの星は。私達がいる研究船の観察対象だったのだけど……。我々と敵対する組織が超星系ワームホールを使って、巨大隕石を送り込もうとしていると、本隊から緊急連絡が入ってね……。時間も無かったから、待機していた他の船と共にあなたがいる地上へ、緊急着陸をして……。えーっと……。少しばかり強引なやり方で、被検体を確保する作業をしたのだけど』


 壁にあるブロックタイルの一つが開いた。


『ドクターネロから、ドリンクの差し入れです。どうぞ……』

『ありがとう、ノア』

 

 開いた穴から板がスライドし、トレイの上にティーカップが二つ置かれていた。

 それは、俺にはとても見覚えがあるマグカップだった。

 

『あなたのコレ。可愛いデザインよね。気に入ったわ』

 

 エルフの女騎士が、ヒロインとして登場するアニメにドハマリしてた時期に。

 アニメと公式コラボしたメーカーが期間限定で販売していた、オリジナルデザインのマグカップだ。

 カップの側面にヒロインがプリントされたマグカップを、ご機嫌な笑顔でサデラが持ち上げる。

 一つしかなかったはずなのに、全く同じデザインのが二個あるということは。

 3Dプリンタみたいな物で複製したのだろうか?

 

『どこまで話したかしら? ……ああ、そうよ。思い出したわ。最終的に助け出すことができたのは、あなた一人だけだった……。できることなら、本隊に合流したかったけど……』

 

 自動ドアが開き、また新しい人が部屋に入って来た。

 サデラがそちらをチラリと見る。

 

『あなたを本隊に回収させることを、彼女が反対してね……』

『その言い方だと。私が悪者に聞こえるのだが、サデラ科学班長……。それとも君は、星を割る光線が降り注ぐ嵐の中を。この船で横切る方が、正しかったと言うのかね?』

『そんなことは言ってませんよ、少尉。あなたの判断は、いつも正しいわ……。さて、トウマ君。彼女が本船の護衛をしてくれてる、優秀な軍人のギャミン少尉よ』

 

 いかにもSF系な近未来のボディスーツを着た人物が、両手を後ろに回して座っていた俺を見下ろした。

 一目見た時の第一印象は、ダークエルフの軍人だった……。

 褐色の肌に、顎下のラインで綺麗に切り揃えた銀髪のボブカット。

 横に細長い耳に、切れ長の鋭い青目が印象的な美女が、俺を凝視する。

 

『君達が、希望の種と言うには。ずいぶんと頼りなく見えるな……』

『心の中で思ったことを、本人の前で言うのは失礼ですよ。ギャミン少尉?』

『失礼……。しかし彼一人のために、十名の船員クルーが故郷に帰る機会を失う。酷な決断をさせたのだ……。愚痴の一つくらい、許してくれたまえ』

『ごめんなさいね、トウマ君……。巻き込まれたあなたからすれば、彼女の完全な八つ当たりよね? でも、今のは聞き逃してあげて……。皆の命を預かる立場の軍人だから、いつも刺々しく五月蠅いのが玉にキズだけど。悪い人では無いのよ?』

 

 俺の方に顔を近づけ、囁くようにサデラが俺の耳元で告げる。

 ギャミン少尉が聞こえてるぞと言わんばかりに、わざとらしく咳払いをした。

 

『本隊が用意してくれた、デコイ用の無人船群に紛れ込んだおかげで。どうやら追手は、上手くいたようだ……。今回ばかりは、姫様の奇策が功を奏したみたいだな……。まさか、惑星住民を確保するための避難船ではなく。作業船にも保護対象を乗せていたとは思わなかったらしい……。しばらくは平和だろう』

『ということは……。奴らの全てが、本隊を追いかけたのかしら?』

『可能性は高いな……。そこだけは本当に幸運だったよ。これから、どうするかの問題は。山積みだがね……』

 

 伝えるべきことは言い終えたとばかりに、ギャミン少尉が回れ右をする。

 

『ああ、そうだ……。総司令官殿から君に、伝言を預かってるのを思い出したよ』

 

 部屋を退室しようとした足を止め、ギャミン少尉がこちらへ振り返る。

 

『君達が無事に、故郷へ帰って来れることを願う……。幸運を祈る(グッドラック)、だそうだ……』

『了解しましたと。もう伝えることもできないのね……』

 

 マグカップへ口付けをしたサデラが、少しばかり寂し気に目を細め。

 窓の外に広がる宇宙空間を、静かに見つめた。


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