しちっ
令の顧問への想いは日に日に募っていった。
おそらく、オレという相談相手が出来たから余計に気持ちが盛り上がってしまったんだろう。
オレはそれを電話口で聞いている。
自分の気持ちを殺して。
部活が終わったら告白。そればかり聞いていた。
オレはなにもアドバイス出来ない。
ただ令と話せることだけが楽しみであり、哀しみでもあった。
そばにいたい。
幼なじみの壁を飛び越えて。
でも令の心の中には男がいる。
勝ち目のない男が。
身を引くしかない。
それが令の幸せ。
それを祈りながら。
令の部活ももうじき終わりとなった。
いよいよ顧問との別れ。
何度も聞いてきた「告白する」という言葉。
それに「しなよ」と背中を押してやる。
男気のある先生だ。
優しく断るだろう。
それが令にとって将来いい思い出となるだろう。
本当は傷付けたくない。
でもそれが一番いいんだろう。
令が前に進める言葉なんだろう。
「告白……しようかな?」
「──しなよ」
「え?」
「レイ」
「うん」
「今から少し、走りに行かないか?」
「うん。それはいいけど」
「じゃレイの家の前に行くな」
電話を切って、急いでジャージに着替え、令の家の前に。
待つこと5分。オレなんかと違う、気合いの入った格好。さすが陸上部。
「どうしたの。今までコクるの止めてたのに。どうでも良くなっちゃった?」
「んなわけねーだろ。じゃ走るか」
「どこまで?」
「駅近くの公園でいいだろ」
「そうだね」
オレたちは走り出す。
オレは速攻息が上がった。だけど、令はそんなオレのスピードに合わせてくれた。
2キロの距離なんて令にとっては遊びでしかないだろう。
だがオレは全身で息をしていた。
「もうバテたの? イケメン君」
「いやーマジ疲れる」
「私はまだまだ行けるよー」
「だろうな」
しばらく沈黙。
前にデート中の男を馬鹿にした。
男が話すのなんて最初だけだって。今でもそう思う。
でも分かった。好きな人の前だと話したいんだ。
そうしたいんだよな。
「告白した方がいいって思ったのは、きっとレイのためになると思ったんだ」
「え? う、うん」
「はっきり言っておくけど、これは玉砕しかない。だって奥さんもいるし、子供もいる。レイのことを生徒としてしか見てないよ。指導者なんだからな。だけどきっと気持ちは伝わるし、レイだって前を向けるはずだ」
「……そうだよね」
「でも大事なことだ。崇高なことなんだ。もしも伝えたら、オレにも教えて欲しい。ダメでもいい。なんでも聞くよ。レイのしたかったことを。その先生を愛する気持ちを」
「……んふ。ありがと」
「んはー。なんかレイがそうしてくれないとオレもスッキリしねぇな」
「んふふ。だよね」
片思いの相談相手。それももうすぐ終ってしまう。
令は先生に告白し、玉砕したら前を向くんだ。未来に向かって。
オレはその僅かな時間、一緒にいれて幸せだった。
これももうすぐ終っちまうんだな。
「実はさ、オレ、振られたんだ──」
「え?」
「こんな気持ちになったの初めてだった。女なんてどれも一緒だと思ったんだ。だけど一生懸命な彼女に恋をした。その間の時間、とっても楽しかったよ」
「へー……。振られたのに楽しいなんて。やっぱりイケメンは余裕があるね」
「フッ。イケメンかぁ」
「そうだよ。昔は一緒に遊んでたのに、いつの間にかかっこ良くなっちゃって」
「かっこ良くなんかねーよ。いくら他の女に好かれたって、本当に好きな人に振り向いてもらえなくちゃ」
「でもでも、告白したんでしょ? 相手に気持ちを伝えたんでしょ?」
「いやぁ。オレなんて見向きもされないよ」
「え! そうなの!?」
「そうだよ」
「へ〜。その女、見る目ない」
「でしょ〜?」
「タケルはいい男だよ。私が保証する。顔だけじゃないもんね。頼りになるし」
「ハッ。ありがとな」
「頑張れ」
「レイも頑張れよ」
「うん。当たって砕けろ」
「そうだ。いけいけ」
帰りは話しながら歩いて帰った。
お互いに励まし合いながら。
こんなに近くにいるのに。そばにいるのに。
これからオレは誰を好きになっていくんだろう。
前みたいなタラシに戻っちまうんだろうか?
いや、今のところそんな気持ちはない。
この令を思っている熱い気持ち。
燃え上がってる炎が消えない限りは──。