さんっ
やべぇ。ドキドキがとまらねぇ。
鯉川の腕をやさしくほどいて、適当に別れを告げて家に帰る。
家に帰る途中にある令の家。
普段は気にならないのに、足を止めてしまった。
まだ帰ってはいないみたいだな。そりゃそうだ。さっき走ってたんだから。
でも令だろ?
あの真っ黒で男みたいで。走るのは誰よりも早くて。
それが高校でも続けてたってことだよな。
そんなことを思いながら家に帰りベッドに倒れ込んだ。
鯉川からラインが来てたから適当に社交辞令を送る。
なにをするでもなく一時間ほどベッドで考え事。
令のこと──。
全然知らねぇ。小学校の思い出しかねぇ。
興味も無かったもんな。仲いい男友達だと思ってたら女で、グループも別になったから話もしなくなっちまったし。
ベッドから起きて、昔のアルバムを引っ張りだして令を探す。
アスレチックで家族で出かけた写真。
棒渡りをしているオレたち。ターザンのように縄にぶらさがってるオレたち。どれも令が先頭だ。
そう。昔は家族ぐるみの付き合いだった。
この後にキャンプ場で焼き肉やったけ。
超仲良かったよな。かくれんぼでも同じ場所に息を潜めて隠れたりもしてたし。
中学の卒業アルバムの令の顔は先ほどよりも幼い。そして田舎臭い。思わず笑ってしまう。
そんなこんなで二時間。
正直あっという間だった。
最近、時間をつぶすのが大変だったのに、二時間があっという間。
そして落ち着かない。胸が締め付けられる。
その時、スマホが着信を知らせる。
それは美容師のお姉さんからだった。
近くまで来ている。
忘れてた。とりあえずスマホと財布を持って駆け出し、お姉さんの車に乗り込んだ。
どこをどう走ったのなんか覚えていない。
終始上の空。でも心地よい気持ち。
食事もおごってもらったけど、味も分からなかった。
令の後ろ姿が目に焼き付いている。令の後ろ姿。
ホテルの部屋に入った時、お姉さんの後ろ姿。
それに令の後ろ姿が重なる。
なぜだろう。それはお姉さんなのに抱きついていた──。
「ちょ。もうなの?」
言葉がうざい。かきけしたい。
無言で身を重ねて一戦二戦。
脳内麻薬が溢れ出す。お姉さんのことをぼかせる。令への思いと混ぜ合わせて。この熱い思いを薄められる。
そのまま今日は眠ってしまえばいい。
しかし、この高鳴る思いは心地よい。
次の日目を覚ますと、美容師のお姉さんはオレの髪をいじりながら顔を覗き込んでいた。
それと目が合う。お姉さんは優しく微笑んだ。
「スゴく求めてたね。そんなに私のこと好きなの──?」
好きなの?
好きなの?
それはお姉さんのことじゃない。
重ね合わせた令のこと。
オレが? このオレが?
今まで惚れるなんてことなかった。
向こうが勝手に惚れてくれるもんだと思ってた。
でも惚れるってこういうことか。
このお姉さんも鯉川も、こういう思いをしてたってことか。
それを無碍にしちまったんだな。
令。昨日久々にあったのに。
一目惚れ?
それとは違う。
でもこういうことってあるんだな。
会いたい。令に会いたい。
胸が高鳴る。すげえ。これが人を好きになるってことか。
恋するってことなのか──!