にっ
当日。鯉川は可愛らしい格好をしてきた。
グッとくる──んだろうな。こういうのが好きな男は。
結局は最後は服なんて着ないのに。
大きなあくびをして水族館に向かうオレに対して、鯉川は楽しそうだ。
横目に他の高校生カップルを見る。
男が女に興味をそそることを話すなんて所詮最初だけだ。
親密になるほど無口になる。
逆に女の方が話し出す。それを聞いてる方が楽。
鯉川はオレが話すことを期待してるんだろうけど、特段話すことなんてない。なにか話してくれた方が楽だ。
「あの……」
「なに?」
「お魚、何が好きなんですか?」
「なんだろ? エビとか?」
「エビ? プ」
口を押さえて笑い出す鯉川。こういうのは可愛い。
作られた表情じゃなくて、不意な笑顔。
だいたいは気に入られようと演技で表情作るからな。大人の方がそれは顕著だ。
へー。鯉川、いい顔で笑うんじゃん。
「エビのコーナーとか想像つかないです」
「そう? 甲殻類が好きだけどな」
「へー。意外ですね」
「何が好きだと思った?」
「サメとかですかね? イルカとか」
「たしかに嫌いじゃない」
「じゃイルカのショーも見ましょう!」
う。なかなか活発だな。めんどい。
笑ったタイミングから親密度が増したと感じたんだな。失敗。
こんなんで一日グイグイ来られちゃ疲れる。
水族館到着。
楽しそうな彼女について、水族館の順路をただ巡るだけ。
エビもイルカも大して覚えちゃいない。
昼食を軽くとって、電車で移動。
夕方ぐらいまで一緒の予定だったけど、なんかもう疲れた。
適当に駅近くの公園のベンチで座っていた時だった。
「先輩……。楽しかったですか?」
少し落ち込んだような声。
つーか、そういうの言うから楽しくなくなんだよ。もう帰ろう。
「いや良かったよ。でも今日はちょっと疲れたから帰ろう」
「え──?」
立ち上がるオレの腕にすがってくる鯉川。なんなんだよ。
「まだいいじゃないですか」
「いや、昨日寝てないんだよね」
「だったらどこかで休みます?」
は?
彼女の視線の方にはホテル。つか前に誰かと行ったことあるけど、狭いし汚いんだよな。古いから。
「なんだよ。そんなこと言う子じゃないと思ってたのに」
「だって先輩が──」
「おいおい。あれは冗談だって」
「私、先輩なら、先輩になら」
「いや、今日は金も持って来てねーし」
「私持ってます」
グイグイうぜぇー!
しがみつく彼女をどうにははがそうとしていると、公園の散歩道を駆ける音が聞こえる。
普段なら気にもならないが、ふと顔を上げると見覚えのある顔。
そいつと目が合うとニヤリと笑う。
「タケルー。泣かせんなよー」
そう茶化して目の前を通り過ぎてしまった。
近所に住む細井 令。
短髪で男みたいなスタイルだがれっきとした女。
小学校の頃はよく遊んだが、中学からは疎遠。高校は別なところ。
ランニングスーツに身を包んで走っているのは、たしか陸上部とかって言ってたな。
走っているのに、女なのに、揺れてるものがまったくない。
だけど──。
なんでこんなにドキッとするんだ?
しばらく彼女の後ろ姿をながめていた。
なんだろう。こんなふうに思うの初めてだ。
うらやましいのかな。
走りに賭けてるっつーか、恋愛なんて関係ねーってスタイルなのか。
妙にかっこいい。短い髪が風になびいてる。
今までたくさんの女を抱いて来たけど、正直、こんなキレイなもんみたの初めてかもしんねぇ。