ありがとうございましたっ
それからしばらくは何も事故を起こさずに過ごした。
精神的に少しばかり辛い。令への気持ちが大きすぎて間違いを起こさないように制御をするのにも苦労している。
その日オレたちは共有スペースのリビングにいた。
令はテレビを見ている。
オレはいつもの時間が来たので彼女に断りを入れて、その近くで日課の筋トレをすることにした。
もう何度もやっていることだから大して気にもしないで。
体幹を鍛えるために、床に腕を立ててつま先立ちになる姿のやつ。
最初は大人しく見ていた令だったが、何を思ったか床とオレの間にある隙間に入り込んで、オレの胸の下に頭を入れた。
「なにしてんだよ。これ結構辛いんだぞ?」
「いい隙間見つけたんだもん」
「邪魔!」
「この隙間、令の新しいおうちにする」
なんだそのくだらない冗談は?
耐えきれなくなって令の頭の上に胸を落とす。
重い思いをしないように腕では守っているが抱いているような形に。
「なんなんだよ。普段は邪魔しないクセに」
「タケル──」
「は、はぁ?」
「しばらくこのままがいい」
「なんだそりゃ。男が怖いんじゃなかったの? 軽蔑してんだろ?」
「いつまで待たせんの?」
はぁ?
「待ってるのは──、オレのほうだけど?」
「うるさい。バカ男。こっちの気も知らないで」
「……あの〜。意味が分からないです。オレたちは友達、幼なじみですよね」
「女に言わせるのかよ。ムカつく。もう嫌い」
少しばかりぐずる令。
「タケルはズルイよ。私のこと好きなくせに、好きとも言わないし、毎日余裕だし。私ばっかりタケルのこと思ってるもん。タケルが大学行ってる時間はずっとずっと嫉妬して早く帰って来れば私よりも先に帰ってるし。この前なんて余裕でマンガみたいにカッコいい上半身出して拭いてるし。もうダメ、耐えらんない! 一緒にいれない!」
ギギギギギ。この野郎──。
素直に従っていりゃよぉ〜。つまりそれはアレだろう〜?
こっちが傷つくかもしれない、男への恐怖が復活するかもしれないって思って、さらに“好き”まで禁止されてるからなんにも言えないのに、告白をしろってことだろ?
「お前ね。こっちが気を使ってずっとずっとガマンしてんのに」
「ガマンなんかしないでよ! 男ならもっと強引なんじゃないの?」
キレた。オレの中で何かが完全にキレた。
こうなったらもう歯止めなんか効かないからな?
「あっそ。じゃもうガマンしねぇからな!」
「きゃん!」
令を胸の中に抱く。顔が見えるように引っくり返して。
そして唇と唇を合わせた──。
「〜〜〜〜──ふぅ…………」
「──え? 終わり?」
「終わりです。ドキドキが止まらねぇ」
「は? は? はぁ?」
初めて令とキスをした。
今まで何人の女を抱いて来た。それ以上の感動。心の絶頂感。
嬉しすぎて令の横にゴロゴロと転がる。
更に不満そうな彼女の頬に、自分の頬をすりつけた。
「あ〜。レイ好──楽しいよ〜」
「テメーだけじゃねーか。満足してんのはよぉ〜!」
令はオレの腹の部分にどっかりと跨がって凄んだ。
なんか、男の顔で凄まれるとキュンキュンする。
オレ、ドMだったのかな〜。
それともゲイ? いやそれはねーな。令のこと好、愛してるし。
そーだ。愛してる。
でも愛してるも禁止かなぁ〜?
オレは令にできるだけ顔を近づけて笑ってみせた。
それでも令の顔はむっつりとしていたのだが。
「レイ。愛してるぞ」
令の顔がほころびる。
視線をそらして照れたような顔。
「……そう。付き合いたいの?」
「ああ、ずっとずっと前から」
「遅いんだよォ〜。もうタケルわぁ〜。一緒に暮らしてるのに全然なにもしないなんて〜」
「は、はぃぃ? オレはレイのことを思って……」
「バカ。限度があるでしょ。お互いに好き同士なのにまだお友達の同居なんて」
「あのなぁ。こっちはお前のご両親に守って欲しいって託されてんだよ。男なのにお前を悲しませるようなことできるわけねぇだろ」
「……うん」
「まぁ、オレも本気で付き合うのは初めてだから、よくわかってないんだけどな」
「え? そうなの?」
「そうだよ。本気で好きになったの初めてだもん」
そう言って令に抱きついた。
令はそれに抱き返す。
「手始めにもっとチューしてもいい?」
「チューだけと言わず……」
「いやぁ、まだそこまでは早いよ」
「ホントは超奥手かよ」
毒づく令にオレは今まで溜まっていた気持ちの分だけ口づけをした。
二人がさらに密着したのはそれからひと月ほど経ってからだった。
【おしまい】