じゅうごっ
急いで行くと、細井家の駐車場に車は無い。
そりゃそうだ。令の病院に行ってるんだろうな。
オレはとりあえず呼び鈴を押す。
「はーい」
誰かいる。若い声。令に似た。そう言えば妹がいたっけ。名前はたしか成だったかな?
カギが開く音が聞こえ、玄関のドアが開く。
「はい。え。うそ。黒島先輩──」
途端に赤い顔をする彼女。しかし今はそんなことはどうでもいい。
「レイは? 大丈夫なの? 病院はどこ?」
「あ。はい。大丈夫で。はい」
赤い顔をして一生懸命髪型を直しているが、今は緊急事態だ。かまってられない。
「病院はどこなの?」
「あの。あの。市立病院で。はい。あの。意識、戻ったって……」
まごまごうぜぇー!
「だから大丈夫で。あの。その。上がって、お茶でも」
「そんなヒマはないよ。じゃ」
急いで身を翻すが、ベルトを掴まれオレの行動は止められてしまった。
「な!?」
「あの。親からお客さんにお茶出すように言われてて」
「今はいいよ。また今度」
「あの。あの。あの」
埒があかない。この呪われたイケメンの顔が今日ほど憎いことは無い。
「あの。先輩、是非、上がっていって下さい」
「やめてくれよ。レイのとこにすぐに行きたい! レイのことが好きなんだよーー!」
「おねぇちゃんのことを?」
令の妹の手が緩む。
解放された。オレは急いで病院に向かって駆け出す。
令の元へと。
病院に着いた。係に令の病室を聞く。
どうでもいい、令との関係を書く紙を渡され「友人」と記入。
急いで向かう途中で手ぶらではまずいと、院内売店で花束を買った。
病室へ行くと、部屋の前に令の母親が立っていた。
「あの。おばさんこんにちわ」
「あれ? ああ、タケルくん? この度は心配かけて」
いやいや、おばさん。男を見るような目はやめてくださいよ。
この肉親たちくらい令もオレに興味を持ってくれれば良いのに。
「おばさん、レイは? 大丈夫なんですか?」
「あ。大丈夫よ。昨日までは意識不明だったんだけどね。今は意識はあるみたい」
大丈夫の信用がぜんぜんない。
今はそういうのいいのに。令の現状を聞きたいのに。
「病室に入っても?」
「ああ。いいわよ。でも何も話さないの──」
何も、話さない。
それって全然大丈夫じゃない。
オレは花を片手に令の病室へと入る。
彼女はベッドで寝ていた。
だが入ったその時、目が合った。
しかしオレから視線を外して首は逆の方に向いてしまった。
令に近づく。
無事な顔に安心したのかオレの口元は少しだけ緩んでいた。
客用のパイプ椅子に腰を下ろしてしばらく令の髪だけを見ていた。
「大丈夫そうで安心したぞ」
「……死ねなかった──」
重。一気に重力を感じる。
そらそうだ。死のうと思ったんだから。
だけどそんなこと言わないで欲しい。
「……なんで?」
「どうした?」
「なんでそんなに優しいの?」
「それは──」
言葉がつまる。好きだからなんてことを言えば軽すぎる。
それに傷心中の令にとっては不適切な言葉だろう。
こんなに令が好きなのにもどかしい。
「大事な、大事な、友達だからだよ。それに理由なんて今はいいだろう? 花。もってきたから花瓶に挿しておくぞ」
花には興味があるのか、首がこちらを向く。
だから目が合った。
辛かったんだろう。
起きてまた泣いたんだろう。目が真っ赤だ。
オレまで切なくなってくる。
「重いよタケルのそういうとこ──」
たしかに。
そりゃ今はそっとしといてくれってことだよな。
独りよがりだった。
今の令には。
今の令には──。
「ねぇ、男の人ってみんなああなの?」
それってクソ教師のこと。
令は全ての男性を嫌悪してしまったのかもしれない。
だけどそれは間違いだ。
「あんなのはごく一部だよ」
「タケルもでしょ」
「……ああ。前まではな」
言葉にトゲがある。令はあきらかにオレまで嫌悪しているんだ。
辛い。あの海でのこと。令に見られなければなんて都合のいい「たられば」。
オレは女性を踏みにじって来たことに違いは無い。
どこかで令のように泣いた人はたくさんいるかもしれない。
「でも誤解しないで欲しい。全ての男はオレみたいなんじゃないから。だから男全部に幻滅しないでくれよ」
それには令は何も答えなかった。
首はすでにオレの方に向いていなかった。
「……先生のこと、今でも好きか?」
「……タケルに答える必要ないよね」
「──そうか」
オレは病室の出口の方を見ると、令の母親がオレたちのことを心配そうに見ていた。
しかし、目が合うと急いで廊下へと体を引っ込めた。
その姿にオレは苦笑い。
そこに令の小さな声が突き刺さる。
「先生なんて。男なんて。みんなみんな嫌い」
だろうな。
今はそれしか考えられないだろう。
「また来るよ。レイ。早く元気になってくれ」
それに対して令は無言だった。