じゅうっ
ぼぅっとする数日が過ぎる。
受験勉強なんて手に付かない。
楽しそうな令のラインメッセージに対して言葉少なく返信する毎日。
どうしてこうなった。
ただ令を好きになっただけなのに。
あのジゴロな生活のままでよかったとは到底思えないが、あの頃の方がなんのストレスもなかった。
だからといって、久々にラインを送ってくる昔抱いた女に返信する余裕はなかった。
オレは徐々に腐っていった。
くだらないソーシャルゲームを半分眠りながらやっているときだった。
令からの無料電話着信。
ゲームの反動でそれを通話にしてしまった。
「わぁ!」
「なによ。わぁって」
「いやぁ、間違った。ゲームしてたから」
「あ、ゴメンネ」
「いや別にいい」
「ねぇタケル」
「何?」
「買い物付き合ってよ」
うそ。それって──。
デート?
その言葉に令への思いが一気に燃え上がる。
「いーくいくいく。五分で準備する。令の家の前まで行くよ」
「え? そんなに早く?」
オレは笑顔で受話器を切って、速攻服を着て髪を決めた。
「服装良し、髪型良し。顔も良し」
スマホ。財布。それをバッグに詰め込んで靴を履いて令の家へ駆ける。
ついてすぐに髪型をチェック。うん決まってる。
時計を見れば、あれから7分。くそう2分遅刻か。
でも令はまだ出てこない。
令が出て来たのはそれから10分後のことだった。
「うわ。マジで早い」
「当たり前だろうが。ところで買い物ってどこ?」
「とりあえず、電車に乗ってショッピングモールに行こうよ」
「行こう行こう。全然オッケー」
オレたちは幼なじみだ。でも中学校から疎遠になり久々に会って3ヶ月。でも一気にその差を縮めた。
昔みたいに誰よりも仲がいい。
男女の垣根を通り越して、すぐに打ち解けられる。
令が短髪なのもあるが男同士と見られるかもしれない。
でも令のこの服装を見てやってくれよ。
どう見たって可愛らしい女の子じゃねーか。
久しぶりだ。こうして令と話しながら歩くの。
バカ話で腹を抱えて笑ってる。
ハタから見たら恋人だよな。
でも令には好きな人がいるんだ。不倫だけど。
ショッピングモールに到着。
スポーツ用品のテナントへ。
「何買うの?」
「先生の誕生日プレゼント。スポーツ用品なら家族にもバレないで学校においておけるでしょ」
なーんだ。
テンションがダウンしたけど、令とこうして買い物してるのは楽しいや。
「タケルはお洒落だから、一緒に選んでよ」
「いいけど、何がいいだろう?」
二人して並んでコーナーを一つずつ見回る。
令のヤツも買うもの決めてないなんてらしいっちゃらしい。
メーカー品の大きいスポーツタオル。
それから携帯用のドリンクボトル。
その二つを吟味して決めた。これは貰ったらオレでも嬉しい。
喜んでる令の顔。オレにはその方が何よりのプレゼントだよ。
「タケルは最近、女の子と遊んでないの?」
「こうして令と遊んでんだろ」
「他には?」
「いんや。令だけだよ」
「へー。どうして? 失恋したから臆病になっちゃった?」
「あのなぁ。フッ」
まったく。なんにも分かっちゃいねぇ。
一時は8股もかけてたんだぞ。オレは。
その時よりも充実してるよ。
そばにいるのに、キスはおろか手も繫げないただの友だちと一緒の方が。
「いい男なのにねー。なんか私だけ幸せで申し訳ないなー」
「いえいえ。お気になさらず」
楽しそうだな令は。
本当に心から祝福してやれればいいのに。
でも無理だ。難しい。
クソ教師の腕に抱かれる令。
怒りと哀しみ。
彼女から見ればオレはただの外野のくせに。
「寒くない? 冷房効き過ぎだよね」
「そんな格好してりゃ寒いだろ。秋の気温変動を考えなさい」
「だってイケメンのタケルの横に並ぶからと思ってさー。これでも気を遣ったんだよ? 変な女連れてるって思わせたくないもん」
「なんだそりゃ。レイだったら何着ててもいいのに」
「あ。バカにしたね。どれ着てても一緒ってこと?」
「ちげーわ。マイナスにとるな。ミス・マイナスかよ」
「なにそれ」
「オレも知らねぇ」
オレは笑いながら自分のアウターを脱いで令の肩にかける。
「わ。温かい」
「だろ。風邪引くぞ。ついでにこれも」
被っていた自分のキャップも被せてやった。男みてぇだからよく似合う。
「おお~。似合ってますよレイオさん」
「う~。男に見えてんじゃん」
「ま、男顔の女は美人だっていうからな」
「じゃ、美人かな? かわいいかな?」
「かわいいよ」
「まーたそうやって。モテる人はドキッとさせるのが上手」
「まーねー」
「んふふ」
笑っていられる今が大事だ。
一緒にいられる今が。
令のそばにいたい。
許されるならば将来、令の隣りにいたい。
「ユキオ……。あ、先生も可愛いって言ってくれるかな?」
「だな」
だけど現実は残酷だ。令の中にオレはいない。いるのはクソ教師。
ユキオっつーんだ。呼び捨てかよ。かー。辛い。
だけど令のその位置は不安定なところだ。不安定な場所に立っている。
不倫という危険を犯してクソ教師と付き合っている。
大好きなのに、大切にしたいのに、それを止められない自分。
正直、オレもクソ以外何者でもねぇ。
一時でも令の近くにいれることに浮かれてる。
安心なんてどこにもないのに。
未来が見えないのに。