04 早朝訓練
キュユはすぐさま剣の感を取り戻して、動きの切れが増していくのは自身の才能によるものかと舌を巻きそうになる。残念ながら実戦では敵が、本調子の動きになるまで手加減して待ってはくれないので、地力の底上げ・・・体の凝り固まりなど関係ないくらいの実力や、常に凝り固まらない様な生活習慣が重要になると感じた。
「うん、完全に戻ったって感じだな。だけど、もう少し行けそうにも見えるんだが?」
「ええ、そうね! もう少しであんたに一撃入れられそうな気がするわ!」
キュユの剣戟に魔力の流れを感じながらそれをいなす。
確かテン・タレントの設定上では魔法使いに限らず、弓士も戦士も魔力操作によって攻撃スキルを使用するという設定だったはずだ。そしてレベルアップして能力値が上昇するにつけれて攻撃の威力が強くなる。したがって武器そのものや攻撃に魔力が乗り破壊力を増すというものだ。その設定がこの世界からの引用であるなら、キュユにもテン・テレントのスキルと同じような効果を発揮する技を使うことが可能なのかもしれない。
――だけど、教えたくても実演できないんだよな。
そしてこういう物は、口頭で言ってどうにかなるものではないとも思っている。仕事で使っている機械の操作方法を新人に教えるにしても、取扱説明書をひたすら熟読させるだけと、説明を交えて実際に機械を操作するのとでは、習得精度と所要時間に雲泥の差が出るのは俺も体験している。
大空を自由に羽ばたく鳥だって、親に飛び方を教わらなければ飛べないのと同じだ。
俺はキュユが習得できそうなスキルを幾つか知ってはいるし使えるが、まかり間違っても使う訳にはいかない。
流石に俺でも、キュユの強化のために街や地形を犠牲にする訳にはいかないというくらいの分別はあるのだ。
そしてノイルさんの息が調うまでの、あまり長くない時間だったが、キュユの剣は明らかに上達したことが見てとれた。
ノイルさんと交代を告げると、キュユは糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちると、這いずるようにして休憩スペースへ引っ込んでいく。キュユはノイルさんと交代する形で座り込むと動けなくなってしまい、それを見たルセが水袋を突き出して心配していた。割と巧くやっていけているようで、安心できる一コマだ・・・表面上のことだけかもしれないが。
そしてノイルさんとは、当人に合った訓練というか運動でスクワットをして体作りをメインにやっていく。
まだ筋肉のついていない、そして今までイルクークでもあまり運動をしていなかったノイルさんに、戦闘訓練は早すぎると思う。いずれは、自身の身を守れるくらいの技術は身に着けて欲しいが、まずは下積みと言うことになる。
「1~2~3~4~」
「くっくぅぅぅっぅぅ・・・」
スクワットと言っても、リズムを取って素早く屈伸運動をするようなものではなく、ゆっくりと姿勢を変えていくスロートレーニング形式のものだ。まずは無理をせず体作りをしてもらいたい。
中腰の筋肉に力を込めないと保てない姿勢をするため、筋肉に負荷がかかり筋肉増強効果があると聞いたことがあったので続けている。
実際に少しづつノイルさんにも筋肉が着いて来ているが、それが食事・栄養状態の改善によるものなのか、筋トレによる筋肉増強効果なのか判断できない辺りが玉に瑕ではある。少し腹の肉が引き締まってきているように見えるから、決して無駄ではないようだ。
そしてイザトが目を覚ましたのか「クソがっ!」という悪態が耳に届いた。
さて面倒ごとのお目覚めか。
「あ、あれキュユちゃん何があった? ええ? キュユちゃん大丈夫かい?」
キュユはイザトから距離を取った位置で休息を取っていたのだが、その姿を見つけるや即座に心配の声をかけるが、反対にキュユは返事をする余裕もないのか、その気遣い自体が邪魔だと言わんばかりに無視を決め込んでいた。
「おい、お前! キュユちゃんに変な命令したんじゃないだろうな? 婚約者だからって他の男と口を利くなとか・・・そういう命令したんじゃないだろうな!」
するかそんなこと、七面倒くさい。
「お前が混ざってこなけりゃそんなことすら必要ないんだがな」
「てめえ勝負しろ! そんで、俺が勝ったらキュユちゃんを解放しろ!」
なるほど。こういう手合いは大体自分の願望が漏れるんだよな。自分がやりたいこと、自分ならやることだから、他者の行動もそうだと思い込み決めつけてしまう。まあ、それ自体が悪いことだとは思わないが、自己紹介になるのであまり迂闊なことを口走らない方がいい。
俺だって「俺の性癖はこういう特殊なものです」と叫ぶ暴露趣味はない。
「あんた・・・いい加減うざいよ?」
「え? ・・・キュユちゃん?」
「あんたと違ってレイニーゴはカッコいい? ・・・のよ?」
「・・・カッコいいか? 俺?」
ああ、俺を誉める方向で啖呵切るつもりが、心にもないことだから言葉に詰まったな。
まあ事実だし無理に「カッコいいと褒めろ」などとは言わないが、微妙に傷つくのでやめて欲しい。
不幸中の幸いなのかキャラメイク時にブサイクキャラを選択しなかったこともあり、レイニーゴはそこそこの男前の顔をしている。ただ、女性をルックスだけで惚れさせられるような美形には程遠く、この世界の顔面偏差値で考えれば甘い採点をして中の上と言った顔立ちだろう。
そういう意味ではイザトと大差ない。
「俺の方がカッコいいだろう? 何せ勇者だぞ!」
「カッコいいかとかは置いておいて、俺としては同列に扱ってほしくないな。こいつほど馬鹿じゃないつもりだ」
「・・・え? 大差はないよね。顔付ではね、それに・・・馬鹿さ加減ならレイニーゴがぶっちぎりだけど頭大丈夫?」
「おい、お前はどっちの味方だ?」
想定外なキュユの反旗に、苛立たし気な声を出してしまう。
すると、気遣ってくれたのかノイルさんが援護してくれた。
「雰囲気では、レイニーゴさんの方が遥かに落ち着いていて、男性としてとても安心感がありますよね」
「ルセはご飯くれるからレイニーゴの方がいい!」
「それは餌付けじゃねーかよ!」
「そうだよ!」
家族も養えないようじゃ半人前って世界にいたからな。
終ぞ持つことはなかったが、家庭を持ってこそ一人前だと散々言われてきた。
生前の両親はもとより、会社の上司にもだ。俺が会社で思ったよりも出世できなかったのは、家庭を持たない半人前だから役職を与えられないと酒の席で部長が零していたことを思い出す。一人前の社会人かどうかなど、仕事ができれば問題ないだろうと思うのだが、家庭を持ってこその社会人のようだ。特に欧米ではそういう風潮は強く、海外の会社との絡みがあるような場所にはハブられていたな。クソが。
「まあ、あれね。食べ物を与えてくれる男の機嫌を損ねるほどあたしは馬鹿じゃないわ」
「そ・・・そんなぁキュユちゃん。・・・キュユちゃん! 安心してくれ、俺が勝ったら絶対に美味い物を腹一杯食わせてあげるから」
イザトは剣を抜き放ち構える。勇者を自称するから聖剣でも持っているのかと思えば、ただの鉄剣だ。粗悪品ではなさそうだが、とりわけ名剣というわけでもなさそうだ。駆け出しの冒険者が精一杯の品質を選んで買ったというのが良く分かる武器だ、悪くはないというか、武器を見る目は確かかもしれない。
「呆れた。あんた、さっき一撃で負けたのに、まだ喧嘩売るのね」
「・・・え? 俺が負けた?」
「そうでしょ? じゃあなんで木陰で気を失っていたの?」
「嘘だろ? 勇者がそんな簡単に負けるなんてありえない。何かズルでもしない限りは・・・」
最初は俺の不正を疑ったが、イザトにも思い当たる節があったのか目が泳ぎ出す。
自身の不自然な記憶の途切れに気が付いたのかもしれない。
俺と対峙して、イザトの腰が僅かに引けていることが分かる。こうなると心に余裕が生まれるのだ、ビビりな俺でも自分が優位に立っていることをしっかりと認識できれば、刃物を向けられてもビビることはない。
「勝負か、分かった。じゃあ行くぞ!」
「え? あ、ちょまっ!」
本日二度目のスキル使用ということで、同じことを繰り返してはダメだと思い・・・要は即座に意識を狩り取ってしまっては、イザトが負けたことを理解できずにまた挑戦されるのも面倒だと思い、スキルのよって解き放たれる攻撃の、その直撃地点を変えたのだ。
本来だったら顎先を狙う拳の軌道を強制的に変更し、イザトの腹へ叩きこんだ。




