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転生特典が邪魔で責務が全うできません  作者: 比良平
序章 終わる命と、新しい人生
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09 神の使い

 そうして俺は、今まで以上にテン・タレントに没入した。

 死の明確なタイムリミットが分かっていた訳ではないが、何となくやり残したことが多いままと言うのも気に入らなかった。いや、死の宣告を受けたストレスを、遮二無二ゲームを攻略することで、生きている代わりにしたかっただけか。


 確か【軽戦士】を100レベルにしたのは覚えているが、その後どうしたっけ?

 若干記憶があいまいになっているな・・・。


 いつものようにゲームをしていたら、不意に全身が水に浸かった様に重くなり、するりと身体から何かが抜けだすような感覚を受けた。

 それは・・・いま思い出しても・・・いや思い出したくもないが、忘れることなんてできないだろう。

 まるで、全身を端から満遍なく齧られるような衝撃。

 爪を剥がすように、全身が指先からスライスされていくような痛み。

 永遠に終わらないような時間の錯覚。

 そしてそれらが一挙に襲来し、痛みが神経を駆け抜け、目の中で火花が散り、何もかもを白く壊して行く。筋肉を断ち、骨を砕き、皮膚がひび割れ、血液は赤黒い粉になって隙間から零れて行く。全身から生命力と言うエネルギーが失われ、自分と言う存在が崩れて行く。

 何もかもが白く、年齢の割に黒かった髪も真っ白だ。

 味覚も嗅覚も聴覚も失い、残されている触覚は皮膚のカサカサとした、燃え切った灰のような感触を伝えるだけ。視力も徐々に色が抜け、なにも像を移さなくなっていく。

 その全てに痛みと喪失感が、これが命を失うと言う実感だけを残し、白く染め上げる。


 いや、色が壊れて行く。


「・・・おおおおぉおおおおおぉぉおおおおおん・・・おおおおおおおぁおおおおおおおおおおおおぉぉ」


 響き渡る怨嗟の声。

 亡者の声が、精神を掻き毟る。

 耳障りなその声が、自分の咽喉が発している音だと分かると、逆に納得がいった。

 そうか、俺がそうなるのか。


 感情も意志も、記憶も徐々にあいまいになって行く。自分と世界の境界が失われ出し、存在が消えて行く・・・。





 こうして日本での俺は死んでしまったらしい。

 そして、取り戻すはずの無かった意識が覚醒していく。気が付けば何もない、白い部屋・・・いや、色の無い空間に居てアレに会った。


 自称“神の使い”だ。


 奴の存在定義は別にどうでも良かった。

 最初は閻魔大王の所縁の存在だと思った。

 俺は地獄に墜ちるのか・・・、それとも天国に行けるのか?

 地獄行きだとしても、それは仕方のないことだ。天国に行くだけの徳が積めなかった、己の未熟さが招いた結果だ。好き好んで行きたくはないが、それが決定事項なら従うしかない。

 生憎と俺には支配者や権力者にわざわざ逆らおうと言う気概は無い。それは時間と労力の無駄だからだ。自分より上位人間の意見を覆したり、こちらの思惑に沿って変更したりするのには、それなりの準備と言うものが必要だ。何の説得材料も持たぬまま、意に沿わぬと喚き散らすのは、非常に子供じみて醜い。

 そしてこれは俺だけの感性ではなく、大抵の場合において支配者や権力者もこれを嫌い、手酷い仕打ちを被ることになる。

 会社でそれをやらかした奴は、減棒にボーナスカットの上に降格とコンボを食らい、大量の始末書を課せられ通常業務に支障をきたし、ボロボロに擦り切れたのを目にした。


 ああはなりたくないと思ったが、こうも成りたくないだろうな。


「いえ、そのどちらも彼方の行き場所ではありません。何を成すこともなく死んでしまった貴方は人間としての責務を全うしてはいません。それは哀れで惨めな事であり、度し難い罪でもあります。したがって、責務を果たすために転生しなければなりません」


 責務って何だ?

 それにちょっと待って欲しい。

 自殺で人生を放棄したと言うならまだ分かるが、俺は病死のはずだ。

 社会生活でも社畜と罵られながらも、それなりの社会貢献はしてきたはずだ。反社会的な思想も行動も――うっかりやってしまった事はあっても――進んではしていないし、それこそ税金だってきっちり納めて来た。自動車運転免許だって、一回も減点された事の無いゴールドだぞ?

 ギリギリ最低限の責任は果たしてきたつもりだ。


「いいえ。それは彼方がた人間が作った社会のルールに則っただけの物で、我々の言う責務とは別物です。ですが、身を粉にして社会に貢献した彼方の献身は、尊いものだと考えます。その報いも無ければなりません。・・・そこで、ただ転生させるにも、このままでは責務を全うすることは難しいと判断し、彼方が半生をつぎ込んだゲーム『テン・タレント』の元になった世界へ向かわせることになりました」


 元になった世界?


「はい。ある人物が、その世界の情報を覗き見ることが出来、それをゲーム作りにそのまま使ったと言うことですね。その世界は、人の能力や才能が数値化されており自分と言うものを客観視し易い世界です。けれど、それも魔物が跋扈しその脅威に対抗する必要があるため、己の強さや能力を正確に知る必要が合ったためなのですが」


 魔物? 魔法などもゲームのままなんですかね?


「ええ、概ね『テン・タレント』は世界を正確に複写しています。魔物に魔法どころか、スキルやアビリティと言ったゲーム的な能力に、生活文化や風習、地形や環境に至るまで。彼方になら『ゲームの世界に転生』と言うのが一番分かり易い例えになるでしょうか。本当に、神の御業と思えるほどに精巧に出来ていますよ。ええ・・・稀に居るんですよ、そう言う特別な力を行使する人間と言うのが一部に・・・いいえ、一部の人間の特殊能力と言うのは問題がありますね。人間は誰しも必ず何かしらの特異な能力を持って生まれるように出来ています。ただそれに気付き育めるかどうか、そしてそれを生かせるかどうかになります。例え話になりますが、女性を喜ばせるのがとても巧い・・・それこそ満たせぬ女性が居ないと言えるほど特異な才能を持っていたとしても、その人が童貞なら、何の意味もありませんよね?」


 全くその通りですが、態々その例え話をするのは当て付けでしょうか?


「・・・そう言う訳なので転生させますが、彼方が転生先でも十分にやって行く支援のために、彼方は『David025』と同じ能力で、同じ所持品で生を授けます。その上でさらに何か一つ望みを叶えますが、これは責務を全うできず簡単にリタイアされては、態々転生させた意味が失われてしまいますので、そうならない為の安全弁、保険と考えなさい。

 さあ、好きな事を望みなさい、億万長者でも不老不死でも、大国の王でも絶世の美男子でも、何なら傾国の美女に性転換しても構いませんよ。それとも英雄のような力がお望みですか? 聖剣を所望するなら、魔王を軽く討伐できる物を授けましょう。それともスキルコピーのような力をお望みですか?」


 なるほど。具体的な要望に応えてくれると言う訳か。

 ゲームの世界にプレイヤーキャラと同じ能力で転生するのか。この上で何か望むなら、かなり特殊な、それこそチートと呼ばれそうな能力にならざるを得ないよな。

 だが『David025』の能力とアイテムが有れば、早々困ることにはならない。

 能力的には本当のトップクラスの連中は、『David025』の倍くらいのステータスを持っているが、俺だって上位一割以内には楽に入れると思っている。それと同等の能力があるなら、普通に生活するのに何ら問題は無い。

 まかり間違って国を亡ぼす黒龍とか出てきても、実際にはソロで討伐できるだけの力はある。

 その上で、更に力か・・・。


 ・・・あれ? 何か見落としてないか?

 

 ああ、そうだ。どうして俺はここで“神の使い”と対話しているんだ?

 転生して人生をやり直すのなら、転生して記憶がリセットされるなら、そもそもこんなやり取りは無意味じゃないか。


「そうです。この転生は、彼方は以前の記憶を持ったまま新たな生を授かることになります。それは彼方がこの世界で過ごすのに大きな助けになるでしょう。そして赤子として誰かの子供もとして生まれるのが、一番混乱がありませんのでお勧めです。彼方自身にも後見人が着くためとても望ましいですね。

 少しせっかちであるなら、若者としての転生でも構いません。文明レベルは日本と比べて未発達なので、出自不明な若者が現れてもそんなには問題になりませんね。ただ彼方の実年齢での転生は致しません。余命があまりないようであれば、責務を果たすことも出来ませんからね。ええ、彼方の身体が抱える疾患なども、きっちり治して差し上げます。頑健で頑強で健全な身体になれますよ」


 やっぱり。

 そうか、俺は人生をやり直すのか。


 なら望みは一つだ。


「俺の記憶を消してくれッ!」


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