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転生特典が邪魔で責務が全うできません  作者: 比良平
第四章 冒険生活
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10 馬車上の人々

 その日の昼下がりには、俺たちは馬車に揺られ東へ、ローランと言う街へ向かっていた。

 俺は幌に覆われた荷台に気を失ったままのルセを寝かせる。その様子を心配そうな顔で遠巻きに見つめるキュユがおり、その隣で俺が強く言い過ぎてしまったせいで委縮してしまったノイルさんが固まっていた。

 エナ修道士は御者を買って出てくれたので、何とかいろいろと歯車がかみ合い、軋みながらも動き出したという感じだった。


 ガタゴトとイルクークの街から馬車で遠ざかり、慣らしを兼ねて馬車を走らせた。

 二時間ほど走った辺りで馬・・・メローとアビーが疲れてきたようなので馬車を止め休憩させる。ざっと辺りを見回して、人の気配を感じないことを確認して、俺はエリクサーを取り出した。

 キュユはそれを見て「やっぱり」と言ったような苦笑いを浮かべ、俺に小袋を差し出してくる。中にはルセに切り落とされた右手が仕舞われていて、ちょっとしたホラー味に俺の腰が引けたが、気が動転し過ぎて回収を忘れた俺の代わりに拾っておいてくれたようだ。


「・・・すまん」

「いいのよ・・・これで治るのよね?」

「たぶん」


 本当はイルクークを出たら即座にエリクサーを使用したかったのだが、衛兵や住民、道中ですれ違う旅人に魔力の反応による発光を見られたくなかったことと、傷が癒える様を知られたくなかったためだ。

 また馬車を走らせながらでは、振動が酷くて馬車に乗りなれていない俺が、まともに動けず慣れるのに時間がかかったということもある。

 右腕の止血帯を解いて、ずれがないように位置を合わせて、傷口にエリクサーの雫を垂らしていくと、魔力の発光がありルセの腕が逆回しの映像の様にくっついていった。ついでに口の中にも数滴流し込んでおく。

 汚れでよく分からないが、血色も少しだけ良くなったように見える。


「魔法薬の効果がちゃんと効いてくれれば、これで治るはずだ・・・」


 少なくとも二つの前例ではそうだった。

 そしてそれを体感しているキュユとエナは、疑問を挟まずに回復を祈ってくれているようだった。

 ノイルに至っては、ルセの腕がくっついた辺りで平身低頭し、嗚咽を漏らしながら「ありがとうございます」と繰り返し謝意を述べてくれるのだが、それが少し呪詛じみていて、気味悪さも感じた。

 まあ、あれだ。

 碌な人生を送ってこなかった俺は、人の感謝を素直に受け止められない人間になっているんだろうな。


 俺もホッと溜息を零し、荷台に積んである巻き藁をクッション代わりに体を預ける。

 想像以上に馬車ってのは乗り心地が悪い。俺の持っているスキルの数々でかなり手直しできそうな部分があったので、おいおいやっていこうと思う。まずは幌の強化。飛来する矢や攻撃魔法に対する防御力は持たせたいし、荷台の居住スペースだけでも座り心地を改善したい。これでも板バネ構造が組み込まれて、並の馬車よりも振動が抑えられているんだから信じられないな。


「あの・・・申し訳ありませんが、何故こうなったのかをご説明頂いても宜しいでしょうか?」


 息継ぎをするように顔を上げたノイルが、状況が把握できていないことを思い出したようにそう質問してきた。俺はノイルさんからの要望で、最強の馬車へカスタムする計画に逃避していた意識を戻す。

 俺がルセの買取に成功し馬車屋に向かった時には、キュユがノイルさんを連れて先に戻ってきていたんだよな。強引に出発しようとも思ったが、母親から死にかけの娘を連れ去るのは流石に酷だと思い、そのままノイルさんも引き連れて馬車で出発することになった。

 馬車屋でかなり無理を言うことになったが、客の要望を聞き入れてくれて即座に準備を終える。

 因みに支払いも一括で済ませてある。馬車の代金は馬も込みで金貨100枚にしてもらえたので、そのままジルード金貨で払ってきた。


「いや、悪いけど俺たちも憲兵に簡易裁判にかけられているあたりで見つけただけなんで良く分かっていないんだ」

「ああ、その辺りわたしが少し話聞いてきた。それでいいなら話すけど」


 キュユの耳にした話では、今日のルセは憲兵の言うような盗みを働いていなかったらしい。

 ルセは以前誰かのために行動して謝意を伝えられたことがあり、それがとても幸福感を得られる行為であると知ってしまったそうだ。ある日から、ルセはかっぱらい紛いの行為を辞めて、小さな親切を始めたらしい。


「畑を持っている老人の草毟りを手伝ったり、落とし物を届けたりするようになったそうよ」


 今までのこともあり簡単にはいかなかっただろうが、ルセのような浮浪児たちをやたら心配している老人もいたし、そういう人が心変わりをしたルセを応援してくれた結果なのかもしれない。

 それで得られる対価は、クズ野菜であったり、単に感謝の言葉だけだったりもしたそうだが、只腹が膨れるだけよりも嬉しかったのではないかと想像できた。


「それでたまたま今日は運が悪くて、見回りに来ていた憲兵が落としたものを拾って届けたみたいなんだけど、それを盗んだと一方的に決めつけられたような感じだったんだって・・・」


 そこからはもう有無を言わさず簡易裁判へ発展し、盗人として腕を斧で切り落とされる結果になったそうだ。


「・・・その話を聞くと、俺が原因な気がするんだが?」

「思い上がりよ。と言いたいところだけど、黒パンとかタダでくれるような大甘な男がいれば勘違いしちゃうんじゃないの?」

「ぐっ・・・刺さるなぁ」


 不用品の黒パンの体のいい処分先くらいにしか思ってなかったんだから、言い返す言葉が見当たらない。

 黒パンを女児に恵んだら、女児が善意で行動するようになり、結果として女児の右腕が斬り落とされましたとか、そんなバタフライ・エフェクト想像できるか、後味悪くて吐きそうになるわ!


「少なくとも、それだけ嬉しかったってことだとは思うけど・・・。結果から見ればレイニーゴが責任取って面倒見る形になったんだし可愛がってあげれば良いんじゃない? ちゃんとご飯は食べさせてあげるつもりなんでしょ?」


 まあ、そうだな。過去が変えられないのであれば、未来に目を向けるしかない。

 幸いにも命は救えたわけだし、合法的に俺の庇護下に入ったのだから、そうするしかないのだろう。


「それに少し気になることがあったのよ。やたらと手際が良かったと言うか良過ぎたと言うか・・・」


 まず普通なら憲兵は南門付近の農民の家の付近にまで見回りに来ないようで、辺りの農民たちも怪訝な面持ちで憲兵たちの動向を見守っていたそうだ。

 単純に中心部の住人たちよりも貧乏だから、金が絡んだ犯罪は起きにくいし、起きたとしても袖の下的なものを含め憲兵に旨味がないためだ。

 だから浮浪児が憲兵から直接スリでもしない限り、ルセのような場合でも、蹴り飛ばして追っ払って終わりらしい。


 キュユの疑念は、憲兵が治安維持のために見せしめとなる犯人をでっちあげるくらいのつもりで、街の見回りをしていたのではないかと言うのだ。

 クリット教の司祭が到着するまでの時間が速すぎるし、浮浪児相手だからさほど気にも留めなかったが、判決に至るまでの過程が問答無用に過ぎる。

 勇者が街に訪れるという噂があるのに、南門の衛兵の壊滅、憲兵の詰所が一つ壊滅しているのだ。その治安の乱れを元に、憲兵が舐められて治安が悪化するよりは、生贄を一人二人用意して、とにかく衝撃的な判決と刑罰を加えるという見せしめを行い「悪いことをしたら即断罪する」くらいに権力による威圧をかけることで、犯罪を起こす気を抑えようとした魂胆だったのではないか、と言うのだ。


 確かに効果的かもしれないが、やることが下衆すぎる。


「それで、ノイルさんが何故付いてくることになったんだ?」

「え・・・? ああ、あの、それは私が強引に、付きまとった結果です・・・」

「どうにか憲兵に飛び掛かることは堪えてもらったんだけどね、ほら、ルセが酷い罰を受けてたじゃない。どうなったか心配にはなるでしょ?」


 ・・・そうだった。

 それで強引に街を出ようとする俺たちを非難したんだ。

 重傷を負い容態の安定していない子供を連れ出せば、弱っている体が耐え切れず道中で死んでしまう危険性が跳ね上がる。犯罪奴隷に身分を落とされ俺が購入したからと伝えても、それで「はい、そうですか」と納得できるものではない。

 それでノイルさんがギャーギャー騒ぐから、つい語気を強くして「ちょっと黙っていろ」と言ってしまったんだった。

 俺のその一言はノイルさんを委縮させてしまう結果になった。俺としてもあれは殆ど八つ当たりだから、非常にバツの悪い記憶になって残っている。


「・・・んっ。 ・・・・・・ん?」


 俺たちが辛気臭い顔で話をしていると、ルセが身動ぎをして、悲鳴を上げて跳び起きた。


「ああああああっ! ルセの手ぇ・・・ルセの手があぁ! ・・・・・・あ・・・夢?」

「大丈夫。大丈夫よルセ・・・」

「・・・おかーさん? ここは?」


 再会を果たした母子は抱擁を交わす。母は子を宥め、子は母の行動をくすぐったそうに受け入れていた。

 感動のシーン何だろうが、こうなった原因が俺の身勝手な行動が一因だったのではと指摘されてしまえば、素直に眺めるのは気が引け、馬の手入れをしているエナ修道士の方へ逃げることにした。

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