03 キュユの生い立ち(前)
過去話です。
キュユは夢を見ていた。
家族みんなで暮らせていたころの幸せな夢だ。
父親は村を魔族から救った英雄。流れの冒険者であったが、幸運が重なり魔族を討てたのだと語っていたことを思い出す。だが、その代償として冒険者を続けられなくなるほどの大怪我負い、その対価として村に住む権利と、村長の紹介によりキュユの母となる女性を娶ることを許されたのだという。自慢の父親で、目標とする冒険者だった。
母親は村長の娘であり、村一番の美女と評される美貌の持ち主だった。柔和ながらも芯の通った心根があり、強さと美しさを兼ね備えていた。その噂を聞きつけて、わざわざお貴族様が求婚のために使いを出したほどだ。良妻賢母を体現するような女性で、キュユにとって尊敬すべき母親だった。
姉は、少し変わったところがある少女だった。顔付は父親似のようだったが、怜悧な瞳の美人であった。
父親に自衛のためとして冒険者が身に着けるべき技術のいくつかを教わり、その才能を開花させるに至る。成人する前には全盛期の頃の父親の戦績を軽く凌駕し、妹ながら姉に畏怖したのを覚えている。
自分は・・・。父親程冒険者として×××××、母親程の×××××、姉程の×××××、××××だった。
そして、ある男がキュユの幸せの中に割り込んできたことで、悪夢が始まる。
その男の名はルンドルフ。村へ赴任してきた名主だ。国から税の徴収などの管理を任されている役人であった。30年ほど前に赴任して来た男らしいので、キュユが物心ついた時には既に村にいたのだが、単にキュユが子供だったから接点が無くて知らなかったのだ。
「・・・ですから、二人のお嬢さんを引き渡して欲しいのです」
「ふざけるな! そんなことできるわけないだろう!」
「しかしですね・・・。そうでもしないと示しと言うものが付かないんですよ。冒険者の貴方なら分かりますよね? 顔に泥を塗られるということの意味を」
「・・・だからと言って、娘を売れとはどういう了見だ!」
記憶の底から、父親とルンドルフの口論が聞こえてくる。
「それほどの額をお貸ししたからですよ」
「返さないとは言っていない! 必ず働いて返す!」
「働けるんですか? その体で? ・・・無理でしょう。ですから・・・」
「あいつの忘れ形見なんだ! どうせ慰み者にするつもりなんだろう? 未だに恋慕しているお前に渡せるものか!」
そう、母親が死んだのだ。
流行り病にかかり、父親は伝手をたどって高額な治療薬を買った。その甲斐あって母は延命したらしいが、命の火は燃え尽きた。
そして父に残ったのはキュユ達姉妹と、治療薬を買うために借りた莫大な借金だった。
その借金のカタに、キュユ達姉妹を寄越せと言い出したのだ。
元冒険者の父にはそれしか手段がないと迫る。
母の父親である村長にも気軽に払える金額ではなかったし、それだけの貯えが村にあるなら、そもそも村長が薬を買っていただろう。
そして父は、かつて母と結ばれる前、母にルンドルフが恋慕していたことを知っていた。幾度となく求婚をしていたようなのだが、袖にされている間に、英雄となった父が横から掻っ攫うことで結婚する形になったため、勘ぐることを辞められなかった。
「そりゃ恋慕はしてましたよ。それは事実ですし、当時彼女に尻尾を振っていない男なんていやしません」
「だから娘を寄越せと・・・」
「仕方ないじゃないですか。彼方はそれだけの金を借りたんだ」
「あいつに惚れていたから生きていて欲しいと思う気持ちは同じだと言ったくせに・・・」
「嘘偽りない本心ですよ。だからこそお金を出したでしょう?」
「その代価で娘を手に入れる算段までしていたんだろう!」
だからキュユは冒険者に成りたかった。
こんな困難など吹き飛ばせるような、英雄に。
父親は魔族殺しの英雄だ。その娘である自分に才能がないはずがないと、信じて疑わなかった。
父親から剣の手解きを受けていたし、剣に自信はあった。
血を分けた姉は戦闘に関してとんでもない才能を持っていたため、森の妖精族もかくやと言う美しさを弓の腕を持っていた。
だから自分にも才能がある、わたしは強くなれると信じた。
・・・でなければ、姉に年々引き離される実力の差、日々積み重なる劣等感と言う枷に潰れてしまう。
年の近い村の子供たちを片っ端から舎弟にして回り、ガムシャラに自身の力を誇示していった。
大人に入ってはいけないという森に分け入って、妖魔の子供を見つけてはボコボコに痛めつけ舎弟にしてやった。
だが、大人には勝てなかった。
父親には剣で勝てなかった。
そして姉には、恐怖しか感じなかった。挑んだところで勝負にならない、挑めば死ぬとしか思えなかった。
姉の実力は父親を超え、キュユでは見えない高みに早足で登って行ってしまったのだ。
姉の強さに追いつくことはできない、全力で走っても差は広がる。
父親の剣には少しずつではあるが近付いているのが救いだったが、近づけている理由は「魔族殺しの代償」、父親は英雄になったが、その時の怪我が元で、冒険者を引退せざるを得なかったのだ。
父親は止まっていてくれただけだ。
・・・それも本人の望まない理由で。
足踏みしているような気分になる。強くなるために足を踏み出しているのに、一歩も前に勧めない停滞感と無力感に呑まれ、必死に足を踏み出すが、それは地団駄を踏んでいるようにしか見えない。
そうやって藻掻いている間に、死んだ母のために使われた治療薬の代金を請求が激しくなり、父親が出稼ぎに出て行った。
村の仕事では一生かかっても稼げないほどの金額、一攫千金とまでは言わなくても、冒険者として命をかけなければ稼ぎきれない金額だった。だから父親は冒険者を続けられなくなった体で無理やり冒険者に復帰し、村を出て行って・・・消息不明になった。冒険者が仕事中に消息不明とは、まあそういうことだと理解している。
悲しかったがどうにもならない事だった。
まだキュユには姉がいる。
そして祖父である村長もいる。
姉妹二人で何とか力を合わせればやっていけると期待した。
そして姉が蒸発した。怜悧な美貌を持つ女性に成長した姉に、村中の男から求婚があったが、姉はそれらすべてを蹴ると姿を消した。姉妹仲は悪くなかったと思うが、姉は自分を置いていなくなってしまった。
別れ際に姉は何かを言っていたが・・・悲しみが記憶をさらってしまい、何かを悟らせる様に言葉を残していった姿だけが瞼の裏に焼き付いている。
そして一人取り残されたキュユに、全てが要求されることに成る。
親の作った借金と、姉の蹴った求婚。
キュユは母親譲りの美貌で、姉に劣らない美貌の少女に成長を果たした。
純粋に求婚を申し出てくる舎弟たちと、後妻としてキュユを欲する年輩の男たち。もてること自体は悪い気はしなかったが、村の中での力関係により、村で一番の金持ち・・・名主のルンドルフに「成人したら家に来なさい」と言われ、後妻になることがほぼ決まってしまった。
輿入れは、キュユの成人した時。
公的に結婚できる年齢に達した時に、娶られることに成った。
母に惚れていたという共通認識を利用し、惚れた女を奪った男を嵌め借金地獄に叩き落した。
そんな男に嫁いでなどやるものか。
だから姉は成人する日に蒸発したのだ。
母親の娘だというだけで自分を欲する男から逃れた。
だが姉の蒸発に名主は、あまり執着していなかった。
姉は美人ではあったが、母親に似ておらず身代わりにはされなかった上に、あまりの戦闘能力の高さにそばに置くことを躊躇われたせいだ。結婚すれば初夜にでも寝首をかかれると恐怖したためとも噂されていた。
そして何より、母親の若いころに瓜二つと称される妹のキュユが残っていたからだ。
姉の身代わりに、生贄に差し出されたと、キュユは悟った。
自分は・・・。父親程冒険者として知識がない、母親程の美貌もない、姉程の才能もない、出涸らしだった。
そう自己嫌悪に陥るほど、自分の才覚が見劣りしていた。
だがそれでも、あの男の物にはなれない。自分の好きな両親を不幸に、少なくとも人生の終止符を打たせた人間だ。
そんな男の元に嫁いでしまえば、親に顔見世できない。
そして、村から出て山奥に特殊な魔力の宿った石――魔石があると聞き、それを手に入れるのは大の大人でも難しい代物だった。
それを手に入れ、自分は冒険者として十分やっていける実力を祖父である村長に示して、村を出るつもりだった。
意気揚々と山に足を踏み入れ、野盗に遭遇したのだ。




