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転生特典が邪魔で責務が全うできません  作者: 比良平
第三章 永住計画
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31 致命の道連れ

「・・・倒せたのか・・・?」


 エナによる渾身の一撃により、メパトは吹き飛ばされた。

 これでイルクークの街における死人返り騒動が終結したのであれば喜ばしいことであるが、何と言うか、淫魔とはいえ一人の少女に恨み節の全てをぶつけて解決と言うのは手放しで喜ぶ気にはならない。何より加害者・・・いいや、被害者か。それらの人物の行動が自業自得とも言え、被害者を純粋に悼むことができない、同情ができないので本当にメパトだけが悪かったのかと言う感傷に浸ってしまう。

 少しだけ何かの歯車が狂っていれば、出会いの順番だったり、出会い方が違っていたりすればと、無いはずの可能性に縋り付きたくなる。

 そして視界の先では、俺の問いに答える余裕もないようで、エナが気を失い崩れ落ちるように倒れた。


「・・・あっ! おい! 大丈夫か?」


 駆け寄り介抱するために彼女の怪我の具合を確かめれば、・・・酷い様相だった。

 後ろからではエナの纏っていた外套でよく見えなかったが、亡者に捕まれていた部分は鬱血して手の形が残っているし、爪を立てられた場所は衣服が裂け皮膚が抉り取られ、その内側から覗く肉から鮮血が零れ続けている。一番ひどい箇所は骨すら見えているような損傷で、良くこの怪我であの一撃が放てたなと思う。

 相当な痛みを堪えなければ不可能だ。遠退く意識を手放さず、断たれたことで満足に動かない筋肉を無理やりに動かして、何より敵を倒すことを第一の目標に制定した意思を揺るがさなかった。


 敬虔な修道士の職業意識の成せる業なのだろうか。


 そして彼女の傷の具合が見て取れたのも、恐らくではあるが、亡者どもに引き込まれそうになり耐えていた時に、彼女の下半身を覆う衣服の殆どが破り取られ肌が露出していたからこそ分かったことだ。

 それに気付いたキュユからの視線が若干きつくなるが、今はそんな事はどうでも良いか、とにかくエナの傷を癒さなければ死んでしまうかもしれない。

 あらかじめストレージから取り出し、腰のポーチに用意しておいたテン・タレント時代の回復アイテムであるエリクサーを取り出す。HPとMPと各種状態異常が全快する優れモノだ。


「レイニーゴッ! 危ないっ!」


 キュユから警告の声が飛ぶのに応じて、何かが飛来する気配を感じ取った。

 咄嗟に気を失っているエナを抱きかかえ転がるようにその場から離れれば、丁度エナが倒れていた辺りにキュユの鉄剣が転がる。

 鉄剣は刀身が中ほどから無くなっており、べったりと血で赤く染まっていた。


「・・・だ、・・・ダメじゃ、ないッスか・・・避けちゃ」


 息も絶え絶えと言った感じで、メパトが瓦礫から這い出す。

 かなりの重傷・・・少なくとも戦えるだけの状態とは思えないが、ふらふらとした異様に危なっかしい足取りで歩み寄ってくる。その上、頭には羊のように捻じれた一対の角が生え、背中にはコウモリのような皮膜の羽根と尻尾、恐らく淫魔としての姿・・・本性と言うものを晒していた。力を浪費し人間に化けていることができなくなったのだろうか。

 キュユの剣が刺さっていた腕は肘の辺りから無くなっており、更にエナの止めの一撃の影響か、腹が裂け破裂した内臓が零れ出ていた。折れた刀身は肺を貫き、折角の淫魔の羽根も飛膜が破れ、所々骨折もしているようだ。

 ・・・これは多分淫魔であっても致命傷。

 放って置けば死ぬ傷だ。


「せめて、それは・・・道連れに、したかったんスけど・・・」


 即死ではなかったのは、恐らく腕に刺さったままだったキュユの鉄剣を盾代わりに使ったせいだろう。

 鉄剣が折れることで威力を削いで、一命を取り留めたような状況だ。

 痛ましくて見るに堪えない。

 それに、瀕死の重傷とはいえ淫魔を直視するのは不味いと思い、視線を外す。

 これがある意味で、最悪の結果をもたらすことに成った。俺が咄嗟の判断で放り出してしまったエリクサーを、メパトが拾い上げたのを見過ごしてしまった。


「回復薬っすか? まあ・・・この段で、毒薬って、ことは・・・ないッスよね?」

「・・・回復薬だという保証はないわよ?」

「別に、毒でも・・・いいッスよ。・・・淫魔の体は頑丈っすから、長く・・・苦しまなきゃならないんで・・・。楽に逝けるなら、それもありッスよ」


 そう言ってメパトは不敵に笑う。

 当然そんな気などさらさらないだろう。少なくとも介錯を欲しがるようには見えない。


 まあ普通そうだな。俺がエナに余程の恨みがあって、どうあっても自分の手で毒殺したいと思っていないのであれば、あの状況下で取り出たものが毒である可能性はあり得ない。回復薬の程度こそ不明ではあるものの、怪我を癒す一助になるものだと考えるのが普通だ。

 それを理解しているキュユも、メパトを躊躇わせるためのハッタリが吐けない。


 そしてメパトは瓶の蓋を取って、悠長に中身の液体を飲み干すなどと言う手順は踏まなかった。

 そのままエリクサーの瓶を口に放り込むと噛み砕いて嚥下したのだ。


 手にした瓶を叩き落そうとしたキュユの剣戟は間に合わなかった。


 メパトの体が薄緑色に発光すると、破裂した内臓も敗れた腹も千切れた腕も、瞬く間に再生していく。

 そのままキュユの短剣を振るった腕を軽々しく掴むと、そのまま壁に叩き付けた。


「・・・!? ぐぅ、ふ・・・あ」


 肺に収めていた空気が叩き出された時の音と共に、キュユはの体から力が抜け崩れ落ちて行く。

 メパトは羽虫でも払い除けた後のように、キュユへの興味を失い、自身の回復した体に驚喜した。


「すごい回復薬ッスねこれ! こんなに奇麗に治るなんて思わなかったッスよ? 枯渇した魔力が並々と溜まっていくのが分かるッス!」


 まあエリクサーだしな。

 元通りになった腹を撫で、再生した掌を開閉させ自身の体の感覚を確認していく。肌の張りも、髪の艶も一段と美しさを増し、心地よい彼女の匂いが鼻腔をくすぐり夢見心地にさせる。

 エリクサーがゲーム時代通りの性能なら、メパトの体は完全に元通りだ。そしてこちらの戦力的に壊滅と言っていい。主に戦っていた女性二人は意識を失ってしまったため戦闘不能。そればかりか放置すれば死に至る怪我を負っている。

 そして五体満足の俺は・・・淫魔の魅了に抵抗できず敵対行動すら・・・敵対意思すらまともに持てない。


「ふっふっふっ、完全復活ッス。レイニーゴは特別に自分の側にいさせてあげるッス。犬でも夫でも好きな立場を選ばせてあげるッスよ」

「・・・なんだよそれ」

「回復薬のお礼ッス。ん・・・自分の物になるなら、その二人を奴隷として飼ってもいいっすよ」


 やばい。

 メパトの言葉が蠱惑的すぎて、頭がぼんやりする。

 立場上、敵の体力が全快して危険な状況なはずなのに、心のどこかで「良かった」と思っている自分がいる。キュユとエナを殺せとか見捨てろと言うのであれば、メパトの提案を拒絶できたかもしれない。だが二人の命が守られるという提案が魅力的すぎて、つい同意してしまいたくなって・・・ああああっ!

 甘言に乗ってはダメだというのに・・・、乗らないでいる自分の意思が苦痛に感じる。


「なんで俺なんだ? 別に俺でなくとも良いだろう?」

「なんでって・・・そうッスね。こうやって会話できるってことッスかね? 人間の身でどうやって淫魔の力を拒んでいられるんスかね? すごく興味があるッス」


 拒めていないと思うが・・・確かに、憲兵たちのようにあっさり自我を失わなかったのには何らかの理由があるのだろう。

 もしかして、俺のレベルや抵抗値が高いお陰で意識を保っていられるのかもしれない。


「・・・そんなに、喚くな、糞淫魔が・・・私の、婚約者が・・・汚れるでしょう!」


 罵声を浴びせられる程度に回復したキュユが、上体を起こし睨みつける。

 そしてその姿にメパトは嫌そうに顔を歪めた。


「脆いんだから気絶していればいいのに。お呼びじゃないんスよ? 分かってるッスか?」

「生憎と・・・慣れてるのよね・・・、この程度の深手はっ!」

「やっぱり脆い人間は簡単に死に損なうんスね・・・」

「・・・自分だって、さっきまで、似たようなもの、だったじゃない、糞淫魔」


 キュユさん、その節は本当にごめんなさい。


「それにあんまり糞糞言って欲しくないッスね。自分だって半分は似たような物の癖に・・・そうだ、そんなに淫魔を嫌うなら、その身を淫魔にしてあげるッスよ。そうすればもう糞なんて言わなくなるッスよね」


 メパトはさも名案でも思い付いたかのように、はしゃいだ声を上げた。


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