表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生特典が邪魔で責務が全うできません  作者: 比良平
第三章 永住計画
68/130

27 解読者

 日本語が読めること、いや“光の啓示板”の内容が理解できることがどれほど不味いことかは理解できない。

 最悪の事態を想定しなければいけないが、とりあえず今はそのことに思考を裂くわけにはいかない様だ。


 仮に、エナ修道士の言葉が完全に正しいと仮定した場合。

 クリット教とその一派閥のような扱いのトンタスロ教の上層部が解読を試みているものであり、悪魔との契約などをもってしても解読が叶わなかったという前提で話を進める。

 魔道具“シェアグラフィスの杯”によって体を改造された女性が淫魔に堕ちた場合、恐らくではあるが自動で【種族】や【称号】の欄が書き換わる。

 それが誰にも見えないのであれば気にする必要もないのだが、魔法使いとしての適性のある者には覗き見することが可能なのだ。そして種族や性別と言った、先天的な個人の特徴くらいは判別がついているはずだ。【性別】だが、漢字でなく記号や図形でも男性には♂、女性には♀と記載されていることが分かれば、♂は男を示すもので、♀は女を示すもの程度の判別は着く。【種族】にしても□○―△と記載されており、獣人などの亜人種が別の表記であるなら、□○―△が人間を示すモノだと分かる。

 つまり光の啓示板を注意深く見ていれば、この辺りは察しが付くのだ。

 【性別】がⅡとなっていれば、男でも女でもない新しいものかもしれないし、【種族】が□□▽となれば別種の生物であることくらいの察しは付く。


 と言うことはそこが書き換わってしまったら、見る人によってはバレるのだ。自分が只の人ではないということが。


 そして、表記を改竄する能力があれば、そこをバレない様に書き直す。

 試しに俺は自分のステータス画面を開き、ステータスの改竄を試みようとして、文字入力用インターフェイスを開くと・・・神学者たちの解読が困難な理由をより理解してしまった。ローマ字入力なのだ、エゲツナイことをする。彼らのインターフェイスが俺と同タイプであるならばだが・・・。


 これ絶対“神の使い”は嘘吐いてやがるぞ。この世界に見本にしてテン・タレントってゲームを作ったんじゃなくて、この世界をテン・タレントに寄せて創造しただろう。

 読めない文字の塊で、ローマ字入力で日本語なんかあったら解読はほぼ不可能だろう。

 しかもそれが、自分にしか見えない光の啓示板の情報だ。他者と情報を突き合わせるのだって一苦労だし、産まれた時から生涯変わらない情報ならまだしも、家出程度でどんどん情報が更新されていく上に、変化する内容が予測できないんだ、こんなの分かるわけがない。


 まあ、以上を踏まえて淫魔に書き換わったステータスを、強引に普通の人間のモノっぽく修正した場合。正しい言葉を選択できずに、似たような形の文字・・・いや記号を当てはめることに成るだろう。


「・・・エナ修道士」

「はい。何でしょうか?」

「現状で一人とてつもなく怪しい人がいるんだが・・・」

「ではその者を裁きましょう。誰ですか?」


 そう言って、深夜にかかわらず席を立とうとする当たり、神の裁きの代行者としての行いに躊躇いが無くて怖い。そのくせ聖母のような笑みが崩れないのが、本当に気持ち悪い。完全に理解の及ばないこの世界の住人だった。


「確証がない。間違いだった場合どうなる?」

「衛兵への被害を鑑みれば、怪しい人間の一人や二人、誤差の範囲です」

「・・・俺はあなたに人殺しをして欲しい訳じゃない。怪しいだけで間違えて無実の人を裁けばその咎はあなたが背負うことに成るはずだ」

「そのような些末事、どうでも良い事です」

「そうか・・・だが彼女の居場所は知らない。数日間南門で尋問されて今日解放されたはずだから・・・、まだ街の中にいると思う」

「では憲兵隊に報告して、人探しをして頂きましょう。私たちが闇雲に探すよりは早く見つけられるはずです。ではレイニーゴさん着いて来てください。憲兵の詰所にまで案内いたしますので人相を伝えてください」


 言うが早いか、エナは有無を言わさぬ素早さで席を立ち、店主であるヨルンドに断りもいれずに宿の扉を開け外へ飛び出していった。


「おいっ! ちょっと待てって!」

「ああっ! お前ら! 折角鍵をかけたのに!」


 扉の音に気付いたヨルンドの怒声を背中に受け、俺は身振りだけで謝意を示し、エナを追いかけることにした。

 流石にこの時間では女性一人で、憲兵の詰所にまで行かせるのは気が引けたのだ。先ほどの死人返り討伐の事後報告も、失念して任せてしまった形になっている負い目もあった。


「キュユは宿で待っていてくれても良かったんだが?」

「冗談。私だって当事者みたいなものだからね、今更除け者にされても困るのよ」


 キュユには安全地帯で待っていて欲しい反面、エナや女性に対しての・・・いやこの世界の常識に対しての対応に難のある俺では、キュユが隣にいてくれるだけで安心感が違う。いやはや、大変頼もしいパートナーであると充足感を得ているところに、彼女の余計な一言が心を抉っていく。


「またゲーゲーやって動けなくなったら誰が介護すんのよ」


 悪かったな・・・グロ耐性低くってさ。


 エナは既に通い慣れたようで、憲兵の詰所まで一切の迷いなく歩みを進めた。

 憲兵の詰所は襲撃に備えてなのか、レンガ造りであり、通常の建物が木造である為に、重厚感が威厳を演出していた。

 街の治安を守ることが主な任務となる憲兵隊は、深夜にもかかわらずに活動していた。やはり犯罪は夜の暗がりで行われることが多いため、寝ずに応対しているようだった。


「おや、修道士様。また出たのですか?」


 不寝番の憲兵の一人がエナに気付き声をかける。時間にして一時間ぶりくらいの再来訪のため、また別所で死人返りが出てそれの討伐報告だと思ったようだ。

 真夜中にご苦労様である。俺も夜勤経験があるので、深夜の仕事と言うのは精神的に来るものがある事は理解している。疲れが溜まってくると「世の人たちは眠っている時間なのに、なぜ俺たちは眠い目をこすって働かなければならないのだ?」とそもそも夜勤と言う理不尽さと概念に喧嘩を売るような疑問と共にストレスが加速度的に溜まり、疲労とストレスの負のスパイラルが加速していくのだ。

 しかもそれが治安のための不寝番ともなれば、ただただ頭の下がる思いだ。


「いいえ。犯人と思わしき人物に思い当たったので報告に参りました」

「ええっ! 左様ですか。協力に感謝いたします」

「彼の冒険者の殿方が、人相を知っているので連れてまいりました。できれば夜明けとともに、各門に連絡を入れ街から逃がさないようにして頂きたいのです」


 俺たちは詰所の中に案内され、不寝番とは別の憲兵に南の森で遭遇したメパトと言う少女の人相を伝えた。人相を書き留める役の憲兵は、まだ少年の面差しが残るような青年で少し浮ついた雰囲気があったが、今日のお勤め明けに楽しみなことでもあるのだろうと推測して詮索はしなかった。プライバシーの侵害になるからね。

 メパトの人相を伝えながらも俺は、人を売るような後ろめたさはあまり感じなかった。そもそも彼女に対して、最初からあまり良い印象を抱いていなかったこともあったからだろう。キュユが言ったように、厄介事の中心にいるかもしれない人物なのだ。距離を取り、完全な他人でいたかったというのが本音だな。


 そうしてメパトの人相を伝えていくと、応対してくれていた憲兵の顔色が如実に悪化したことが分かった。

 ステータスをこっそり確認したら心身の状態を表す【健康】の項目に“動揺”のステータス異常が追加されていることで裏付けを取る。

 メパトの置かれている状況を第三者視点で見れば、南門を通過しようとして不審がられ拘束され尋問を受けることに成る。“三本目の腕”の情報も尋問を受けるために嬉々として語った可能性があるのだ。少々芋っぽくはあるが美少女で、かなりの巨乳の持ち主ともなれば、尋問と称して南門の衛兵から性的な蛮行に晒された可能性は高い。そして彼女が淫魔であるなら、南門の衛兵だけが死人返りにされている理由付けとしては辻褄が合ってしまう。


 個人的な見解ではあるがと断りを入れつつ、このような理由があるため淫魔か否かを確認するために、虚偽暴露の魔道具を使用した方が良いのではないかと言う進言に留めておいた。状況証拠的にはクロだと思うが、それでも万が一にシロだった場合、メパトを徹底的に追い詰めることに成ってしまうので、それは避けたい。

 メパトと同時期に、俺たちの知らない淫魔が南門で拘束された可能性もゼロではないからだ。


 カタンと音を立てて憲兵の手からペンが落ちる。

 顔色を窺えば、可愛そうなくらいに青ざめていた。


「まさか・・・あんたたち。下の牢屋かどっかで、今もせっせと熱心にお取り調べ中だって言うんじゃないわよね!?」


 人相を書き留めていた憲兵は、今にも泣きだしそうに顔を引きつらせ、悲鳴のように叫んだ。


「・・・そんな。淫魔だったら・・・俺の番回ってきてもやれないじゃないですか! 俺は死人返りになんかなりたくないですよ!」


 ああ、こいつら最低だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ