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転生特典が邪魔で責務が全うできません  作者: 比良平
第三章 永住計画
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26 無償協力

「レイニーゴさん。私が殊更お話しさせて頂いたのには訳がございます」


 エナ修道士による“シェアグラフィスの杯”のあらましの説明を終え、折り入って頼みがあると真剣な目で見つめてきた。


「今回の衛兵を死人返りに貶める謀略を企てた張本人及び実行者に、主の教えに則り制裁を加えなければなりません。そのための犯人探しに協力をして頂きたいのです」


 現状で最も怪しい人物に心当たりはあるが、確証はない。

 ここで彼女を突き出して、それが誤認である可能性が否定できない以上、突き出すのには流石に気が引ける。


「悪いけど俺の捜査能力は期待しない方が良い。街で暮らすための常識すら怪しくて、キュユに世話になっているくらいの盆暗だ」

「常識など必要ありません。悪を憎む心さえあれば、十分事足ります」


 おおう。エナ修道士には俺の常識は通用しない様だ。


「レイニーゴさん。あなたは“光の啓示板”が見えるのでしょう? 常人には見えないものですが魔法使いとしての素養が高ければ見られる物であると伺っております。そこで書かれている内容を確認して頂きたいのです」

「確認しろっつったってな・・・」

「淫魔に堕ちた者であれば、その痕跡が残っている可能性が高いのです」


 それは理解できる。家出したことで【善性】が減少し、【家出娘】の称号まで追加された前例が目の前にいるのだ。詳しく精査すれば、確かに何らかの証拠が得られるかもしれない。いや、普通の人が自分の光の啓示板すら確認できない現状では、何かしらの痕跡はあると考える方が普通だろう。

 俺個人としてもさっさとこの事件を終わらせなければ、南門を通過できず狩りができないばかりか、憲兵たちに嫌疑を向けられつつ生活する羽目になる。その息苦しさから逃れるために協力することはやぶさかではない。

 ふと顔を上げ、キュユを見やれば、頭を抱えていた。


 不甲斐なくて御免なさいね。


「協力するのは構わないが報酬は? 一応冒険者だからな、それらしい仕事をするなら報酬が欲しい」


 世の中ギブ&テイクが基本だ。労力を提供する以上、報酬の支払いを求めるのは当然の権利だ。

 いやいや、危なかった。キュユの呆れ顔を見なければ、うっかり無報酬で協力させられていたところだ。


「残念ですが私には持ち合わせがございません。トンタスロの本部にお越し頂ければ名誉と、僅かばかりにはなると思いますが金銭での謝礼ができると思います」


 それは面倒だな。トンタスロ教の本部に招かれる経験は得難いものだと思うが、正直に言えば名誉に興味はないし、その道程で消費する路銀と報酬額が釣り合わなければマイナス収支になる。旨味――というと俗物すぎる判断になる――が、全く感じられない。

 協力しても報酬には全く期待できないが、仕方がないか・・・。


「悪いがこの場で払えるものじゃなければ、報酬と認めることができないな」


 街で請け負われる冒険者の仕事は、日給制であり当日支払いが基本だ。ちゃんとした職についている場合は月給制や年俸制だったりもするが、根なしの草である冒険者にはとてもそんな支払いまでの間隔を待てない。


「ちょっとレイニーゴ。報酬の話なんてどうでも良いでしょ? いま私たちに必要なのは、この騒動を終わらせて自由に狩りに行けるようにすることでしょ?」


 上手いこと報酬をもぎ取れない俺に対して痺れを切らしたのか、キュユが声を荒げ本筋から脱線していった思考を引き戻す。

 衛兵が死人返りにされた事件の解決が本筋で、その協力が解決手段の補強、報酬はそれに付随する旨味、さらに報酬の即日払いが可能であるかどうかにまでなれば完全に逸れた話になるだろう。


 ・・・でもさ、キュユが報酬の話をしてないことに不満持ってたんじゃないのか?


 そう思ったのが、顔に出ていたのだろう。不機嫌そうに眉を吊り上げ、キュユは小声で耳打ちをしてきた。


(報酬が支払えないことは分かったでしょう? だったらこれ以上突っ込むような真似はしないで)

(依頼である以上冒険者として報酬を明確にしておきたかったんだが?)

(今のあいつに払える物って言ったら体ぐらいしか残っていないでしょ!? レイニーゴ! あんた、あの女、買うつもり?)

(いいえ! 滅相もございません!)


 おっと、そうだった。

 金がないなら体で返すのは基本的なことだ。それが純粋な労働力によるものか、性的な奉仕によるものかの差はあるだろうが、無い物をねだっても代替の有り物しか出てこない。報酬の支払いを金銭で要求するあまり、修道士に泥棒をさせるまで追い詰めるわけにもいかないし、まさか夜の街で稼がせるわけにもいかない。

 仕事は労力に見合う報酬を得る物と言う概念にとらわれ過ぎていたか。


 そうでなくともノイルが、黒パンの返礼として体を差し出すとか言い出していたことを忘却の彼方に追いやっていたようだ。


「・・・もう体で払うしか・・・私には、他に差し出せるものが・・・」


 と、こちらが揉めていて避けるべき提案を耳聡く聞いたのであろうエナが、よよよと芝居じみた仕草を絡めてそんな言葉を口にする。

 わざわざその選択肢を選ぶ当たり、この修道士も意地が悪い。

 ああ、なるほど“シェアグラフィスの杯”の“男を誑かす能力”って肉体的な美醜だけでなく、こういう方面でも強化させるものなのかもしれないな。


「いいえ! 報酬などと、そちらを試すよなことをしてしまい申し訳ありません! いや・・・その、たまには善意で行動して徳を積むのも良いような気がします!」


 ここで「じゃあ俺の女になってもらおうか」ぐらいの下衆な言葉が選べるような擦れた性格なら、ある意味よかったのかもしれない。


「それでは今回の件に関して無償で協力して頂けるということでよろしいですか」

「・・・はい」


 こうしてただ働きが決定した。いや、失うものが何かあったわけではないし、事件をさっさと解決したいのは俺も同じ気持ちだ。エナとは協力関係になるため、彼女が裏切りを目論んでいない限り純粋に戦力は強化されている。だのに何故だろう、妙な敗北感が思考を焦がすように張り付いた。

 無償と言う事実確認がどんよりと心に圧し掛かったが、貰っても困るものを押し付けられずに安堵したのも事実で、相乗効果でホッと溜息が零れる。


「それでは、明日からで構いませんので、道行く人々の“光の啓示板”の確認をお願いいたします」

「確認って言ってもさ、何をどうすればいいんだ?」


 殺された衛兵には【呪術の犠牲者】という称号が刻まれていたことから【呪術の殺人者】の称号でも刻まれているんだろうか?

 それとも死人返りを作り出せることから【職業】に“死霊術師ネクロマンサー”でもあるのだろうか?

 何かあったらでは、着眼点が曖昧過ぎて、霞を掴むような感覚だな。何か“これ”と分かるようなものがあるなら教えて欲しいんだが・・・見れば分かるでは、さっぱりだ。

 ・・・後、これ伝えて方が良いのかな?

 キュユにすら言ってない事なんだが・・・。

 “光の啓示板”の表層のデータは改竄できるのだ。現に俺はそうやって【職業】の記載を変更して、隠匿している情報もあるし、公開している情報も数値を低くしている。


「光の啓示板を見る能力を持っている人もいれば、隠せる能力を持っている人もいるだろう? その看破はどうすればいい?」

「・・・その心配はまずありえません」

「なんで言い切れるんだよ・・・」

「光の啓示板に書かれている内容はトンタスロ教にクリット教を含めた、教会上層部の神学者たちが懸命に解読している事項です。悪魔と契約して解読に成功した事例が存在しない以上、教会以上に解読能力を持つ者の存在はあり得ません。・・・レイニーゴさん、あなた以外に」


 ・・・え? 解読!? 読めないの?


 そんな馬鹿なと思い、腰から下げていた小物入れの中から、キュユのステータスの書写を引っ張り出して広げる。

 そこに配置された文字は、手慣れておらず記号や図形を見るようなたどたどしさを感じはするものの、丁寧に書かれていた。

 なんだ、やっぱり普通に読めるじゃないか・・・。


「ところでこれは・・・何と書かれているのでしょうか?」


 書写に目を落としたエナが、そう問いかける。

 書かれているのはキュユのステータスの内容なので、一瞬言うべきかどうか迷ったが、違和感が邪魔をした。

 あ・・・これ、日本語で書かれている。


「何という文字で書かれているのですか?」


 普通に読めるせいで全く気にも留めていなかったが、そういえば、この世界の言語はアルファベットに似た別の文字体系を使用していた。

 確かに読めない文字なら、隠蔽する必要どころか、隠蔽すべき場所の検討すら付けられない。これは日本の中学生に英字新聞を突き付けて、暴力的な言い回しや如何わしい語句を書き出せと言う方がよほど難易度が低い。

 うわ、これは完全にやらかした・・・。


「何故あなたは読めるのですか?」


 ・・・もしかして、このやらかしってかなりやばいんじゃなかろうか。


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