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転生特典が邪魔で責務が全うできません  作者: 比良平
第三章 永住計画
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19 募る不安

 俺は宿に帰り、食堂の一席に腰を下ろして、みっともないほど大きい溜息を零した。


「はぁ~~~~っ」

「なんだ、辛気臭いなレイニーゴ」


 店主であるヨルンドが、煩わしそうにしながらも声をかけてきてくれる。


「いや・・・ここまで自分が何もできないとは思わなかったもんで・・・」

「そうか? でも、一介の冒険者にゃそんなもんだろう」


 もう少し自分に・・・自分なら何かできたかもしれないと思うのは、驕りなのだろうか。何をすればいいかとか、犯人を割り出すための方針とか、何一つ決まらないし、分からない。転生特典で貰った力は、自身の命を守る鎧としての機能はあるようだが、事態を解決させる能力はない。

 それが歯痒い。

 

「それにしても・・・今日も食堂に留まる奴が多いように見えるが」

「お前さんと同じなんだろうよ・・・」


 もう空いている席が殆どないほど、客で埋まっていた。

 これで料理や酒がバンバン注文されていれば、食堂としては大儲けだったのかもしれないが、一様に沈んだ顔で酒を舐めている程度で、まさに通夜といった空気だ。


「誰も彼も、不安には思っちゃいるが、自分じゃ解決できない。それだけならまだましさ、自分が次の犠牲者になるかもしれないし、犯人に仕立て上げられるかもしれない、そう思ってしまえばとても怖くて独りじゃいられない」


 なるほど、アリバイを得るために皆で固まっているというような状況なのか。

 現状の犯人像は“未成年か女性”ということになっているが、新しい殺人が起き新しい証拠が出れば、あっさり覆るかもしれないのだ。

 相互に監視しあうことで、巻き込まれるリスクを減らしたいのだろう。なにせイセギは昨日ここで飲んでた人間だ、接点があっただけ次に狙われるのは自分かもしれないと不安にもなるのも分かる。酒でも飲んでいなければやってられないが、酔うに酔えない、酔っ払う訳にはいかない。酔った末に無防備に殺されるかもしれないし、泥酔して記憶が飛んでしまえば、自身の潔白に信を置けなくなる。

 イセギを偲んで飲むこともできないのだ。

 だから皆、舌先を湿らせるようにチロチロと酒を舐めているのか。

 俺も彼らに倣いエール酒を注文して、聞こえてくる世間話に耳を傾けながら酒を舐めた。


 現場を見てきた者の話では、初夏のせいか既に腐臭が漂い始めており、酷い有様だという。

 赤黒い血の跡、犯人の足跡はまだ残っていたが、遺体自体は片付けられていてイセギかどうかは確認できなかったそうだ。ただ、憲兵たちがそう断定しただけはあってイセギの姿を見たものはいなかった。

 この近辺で宿を取っているような冒険者は、かなり神経質にしていたようだが、街の大通りにまで行くと特に気にしたような人はいない。


 犠牲者が南門の衛兵だったからと言うよりは、その程度のことはざらにあるという認識が強いようだ。確かに、冒険者と名乗ってはいるが、殆どの者は街の雑用をして糊口を凌いでいるといった状況で、確かに高収入とは言えないがその分安全性も確保されており、仕事上の過失などではない限り命を落とす危険は低い。逆に旅商人などは一歩街から出れば、野盗に獣、果ては魔物にすら命を狙われた状況下で生活をしているのだ。己の命を守るための危機管理は何枚も上手であり、覚悟もそれなりにできているといったところだろう。


 冒険者は覚悟もない半端者が、自分たちが築き上げた富のお零れに授かり生きていると思われているようだ。腹立たしくあるが、それがもっともな評価なのだろう。そして、そう蔑まれ普通に生活している街の人を妬んでいるとも思われており、その反動で今回の凶行に及んだのではないかと思っている人間も多い。

 冒険者ならやりかねない、無法な余所者、罪を犯す前の罪人、それが一般市民の認識のようだ。

 だからこそ、憲兵も冒険者の中に犯人が潜んでいると決め付けてきたのだろう。どんな者が生贄に選ばれても、街の住人は「ああ罪人が捕まって良かった」としか思わない。

 

「やってられないなぁ~」

「ああ、全くだ」

「俺たちは所詮半端者だからな」


 そう愚痴を吐いて管を撒くのが、今の俺たちにできるせい一杯の行動だった。

 俺は垂れ流されてくる愚痴をBGMにして、キュユが帰ってくるまで今後の身の振り方を考えていた。




 そして翌朝。

 けたたましい怒号が、宿の客を叩き起こしていった。


「ま、まただ! またやられた!」

「お・・・おぃ、こ、今度は誰だよぉ」

「1人は表通りでやられてる! 朝っぱらから大騒ぎになってるぞ!」


 そんな声を耳が拾い上げたので、俺は大慌てで服を換え狩り用の装備を身に着けると、食堂へ向かった。

 キュユと示し合わせて、狩りに出る格好にしたのは武装したかったからだ。こうしておけば理不尽に絡まれた時に、自分の命を守り易い。

 南門に通過制限がかけられていても、それは「今日は狩りに行くつもりだった、通れないとは知らなかった」で、押し通すつもりだ。


「1人は・・・って、2人やられてるのか? もっとか? 何人やられた?」

「分かんねぇ! 2人までは見たけど、全部では何人か分かんねぇ!」


 表通りに出ると、少し離れた場所に人垣が出来上がっている。まだ朝も早いというのに、皆関心を寄せているようだ。

 よし、今ならまだ憲兵に邪魔されずに現場を見られる。

 人垣を潜り抜ければ、そこには頭のない男の躯が転がっていた。

 辺りの石畳に血溜まりを作り、建物の壁に血飛沫が飛び散っているが、咽返るような血の匂いは感じない。そのせいで、映画のセットのような、精巧な作りモノを見ているような感覚にとらわれてしまう。

 そしてもう一歩近づけば、不快な異臭が鼻を突いてきた。

 一気に吐き気が込み上げてきたので、慌てて距離を取る。


「うげぇ・・・あれは、作り物じゃないわ、絶対・・・うぇ」


 頭をハンマーのような物で叩き潰されているのは、だいたい想像通りだったが、血の飛び散り方が不自然に感じた。と言っても俺の“自然な血の飛び散り方”と言うのは映画やゲームと言った、フィクションにおけるショッキングなものが判断基準の一つになっているから、とても正確とは言い難いが。

 何となくだが、血溜まりが小さいのだ。

 血はもっと派手に噴き出すものなのじゃないのだろうか。


「お前たち! 散れ散れ! たった今からここは憲兵隊が管理する! 邪魔すればしょっ引くぞ!」


 そうこうしている内に憲兵隊が到着し、野次馬たちを追い払いだす。

 人垣は振り回される憲兵の腕にかき消されるように、三々五々と薄れて行った。


 ああ、くそ。これじゃ誰が殺されたかも分からないじゃないか。

 そう思って一瞬注意がそれた時、ある事を思い出した。

 それは“あの死体のステータスを見れば良いんじゃないか?”ということだ。


□-□-□-□-□-□-□-□-□-□

【名前】ヤイガ

【種族】ヒューム

【性別】男

【年齢】33才

【善性】-213

【健康】死亡

【位階】12レベル

【称号】南門の衛兵 呪術の犠牲者

【職業】衛兵12レベル

    市民6レベル

□-□-□-□-□-□-□-□-□-□


 意識して見ないようにし始めて、無意識的に見ることのなくなった対象のステータスを、改めて開いてみると、こんな情報の乗った画面が視界内に映し出された。

 名前から金髪と言うよりは明るい茶色と言った髪色の、少しすかしたというか、冒険者を見下したような態度の男を思い出す。あまりに品のない目付きをするので、極力関わり合いにならない様にしようと、心のチェックシートに印を打った男だ。

 その上でキュユの体を舐めまわすように見ていたので、死んだという現実を見て“誰かに恨まれたんだろう”という思考が過ってしまう。

 いや、亡くなった人相手に失礼ではあるが、どうにも格下相手なら何をやってもいいというような思考が透けて見えて、苦手なタイプの人間だったのは覆しようがない。


 それにしても“呪術の犠牲者”って?


 撲殺された犠牲者なら腑に落ちるのだが、呪術・・・呪いのような物で殺されたってことか?

 相当に恨まれていたって話か?

 

 いや、それにしても2人連続で南門の衛兵が殺されたってことは、多分もう偶然じゃないよな。誰かが意図して南門の衛兵を狙っているといった話の方がしっくりくる。

 不味いなこれ、南門に関係がある奴が疑われることになるぞ。


「キュユ、また犠牲者が、出たみたいだ。これじゃ、今日の狩りは、無理かも、しれないな」

「ええ、そうね、レイニーゴ。残念だけど、今日の狩りは、諦めましょうか」


 打合せしておいた挨拶をかわし、俺たちは宿に引き返すことにした。

 滲み出るぎこちなさとたどたどしさは、殺人現場を目撃した衝撃による動揺だと解釈されると助かる。


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