06 キュユ
野盗が出ると言うことは、この近所に夜盗のアジトがあるのか、比較的金目の物を持った人間の往来があるってことだよな?
つまりこの場所は街道から少し逸れた場所と言う可能性が高く、そして寒村同士をつなぐ街道の可能性はかなり低い。それは、寒村同士を繋ぐ街道である場合は、金目の物を持って移動する人も移送される金も、頻度も額もかなり少なくなると予想され、野盗が襲うメリットと言うものが極端に低いからだ。
小銭を狙って頻繁に村民を襲う勤勉な野盗と言うものは考え辛いのだ。
野盗たちも得るものが無ければ食っていけないのだから、町から村へ、行商人などが通う道があるか、町と町を繋ぎ流通の担う道があるんじゃなかろうか。
一つだけ確かな事は、小娘一人の足で辿り着ける位置に人間の活動拠点があると言うことだ。
うん。少しだけ光明が見えた気がする。
「あんた! 何考えてんの? 余裕ぶってんなら助けなさいよ! 人でなし!」
男に組み敷かれつつありながら少女が罵り声を上げると、「うるせぇ!」と殴られ黙らされる。
悪いけど、こんなに怖いおにーさん達に囲まれた状況で、余裕なんてある訳がない。膝の感覚が妙に軽いくせに、腰が重怠く感じ、なんか熱にうなされている時のような感じだが、取り敢えず歩いたら転びそうなんだ。
しかしあの少女も馬鹿だな。大人しく一発やられるだけで済むなら、それで終わらせりゃいいのに。その程度の覚悟があったから、こんな野盗が出るような場所にまで繰り出してきたんだろ?
少女の態度に呆れ、金貨を渡した男の方に視線を流す。
視界の端で、まるで助けろと縋るようにステータスが表示された。
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【名前】キュユ
【種族】ヒューム・デオスカル
【性別】女
【年齢】14才
【善性】-12
【健康】恐怖、混乱
【位階】3レベル
【称号】村の問題児、悪童
【職業】戦士3レベル
野生児2レベル
農夫1レベル
釣師1レベル
【装備】
村娘の一張羅(壊)
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げ、余計なもん見せるんじゃねーや、糞システム。
そんな詳細なんざ見たくもないわ!
意図せず立ち上がった、少女のステータス情報に眉を顰める。
まるで強制イベントが始まったかのような唐突さに苛立ちつつも、そのステータス情報が妙に俺を安堵させた。何と言うか、ステータス画面なんて見えたせいで、現実感が薄れゲーム感が強まったんだろう。
俺がゲームと同じ強さのままなら、3レベルの小娘相手にイキっている野盗程度に負ける要素が無いと、心に余裕を産んだんだと思う。
ダガーを突き付けられ、自分の命を脅かすはずの殺意を突き付けられているにも係わらず、湧き上がっていた恐怖心は、感情を委縮させるほどではなくなった。
まあ、めちゃくちゃ怖いんだけどね・・・。
怖いんだけど、口八丁でどうにかできないかと、悪足掻きを考えさせる程度には控えめな恐怖に薄れる。
と、それにしても・・・。【種族】がヒューム・デオスカルってなんだ? 亜人種ってことか? いやモンゴロイドとかコーカソイドとかそう言う分類か?
心の中の突っ込みのはずが、緊張が弛んだように見えたのか野盗に気付かれ睨み付けられる。
野盗の存在が一瞬意識から消えてた。
俺の気を抜いた態度に、舐められていると誤解したんじゃないだろうか。
今にも切り付けられそうで気が気じゃないんですが。
だが他人のステータスを見れることは一般的ではないのか? あの程度の表層的な情報は、ゲームでは当たり前だったけど、俺のステータスを見て、少女が助けを求めたのであれば、説得力はある。
しかし、野盗たちが俺のステータスに気付いていたのなら、もっと自動的にへりくだるような気もしなくもないので、多分見えていないのだろう。見えているのなら、この野盗たちも100レベルに達しており、数で勝っているため勝てると思っている可能性もあるか。
そもそもこの少女、なんでこんな場所に居るのだろう。
あまりに村に近いようなら、野盗たちもおいそれと近寄らない気がする。犯行を目撃されれば、自分たちの身を危険に晒すからだ。この野盗の人数では自警団でも組織されれば、負けてしまう気がするし、頻繁に目撃されるようであれば、それこそ冒険者でも雇って討伐に来るかもしれない。
つまり、村人の目の届かない場所へ、のこのこ赴いたのではないか? ・・・目的は分からないが。
何かのっぴきならない事情が有ったかもしれないのだが、それに俺を巻き込むのは止めて欲しい。そもそも俺がこうして脅されている現状は、この少女がこんな所で野盗になんぞに遭遇してしまったことに因るものだ。もう少し捕まる場所が離れていれば、俺は巻き込まれなかった。
その思考が幾らかの怒りの感情を呼び起こし――と言っても少女に向けた物だが――恐怖心が薄れる。
――ちくしょう。やってられるか!
野盗たちのお楽しみタイムが終わるまで、ただボーっと突っ立っているのも怠いので、その現場へつかつかと歩み寄り、アイテムストレージから――対外的には何もない空間から、デッキチェアを取り出して、ドッカと座ってやる。ビビっていることがバレているだろうが、余りに委縮し過ぎて不必要に軽く見られ、舐められるのも拙い。
だけど本音は、立っているのがやっとだった。
その上で、大仰に足などを組んでみた。いや、まだ若干足が震えていたので、膝に手を添えて強引に抑え込む。
やべぇ、振動マッサージ器みてーだわ。もう笑うしかない。
当事者達は何事かと注目し、輪姦が中断された。
「ああ、気にせず、続けて。それで、出来れば手早く終わらせて、俺を解放してくれ」
「あに言ってんだ? テメーは??」
「あいつには金貨6枚を渡して、身の安全を保障して貰った。あんたたちも俺の身の安全を保障するなら、残りの全財産、金貨30枚渡そう」
「はぁ? ちょっと待ってよ! そんだけお金貰えるなら娼婦を買えばいいじゃない! 私みたいな小娘相手しなくてさ! あんたも私の安全買いなさいよ!」
それはつまり、金をもっと渡して、自分の身の安全を保障して欲しいと言う懇願なのだろうか? 命令にしか聞こえなかったが?
そんな価値が自分にあると信じていられるのが滑稽だ。
仮に野盗たちが満足するだけ支払ったとして、今度はそれを俺に返す債務が発生するのだが、この少女はその当てがあるのだろうか?
確かに見栄えはいいが、どこぞの金持ちや、それこそ貴族のお嬢様のようには見えない。
「終わるまで大人しくしていろと言われたんで、それに従っているだけだが?」
「ぶははははっ! 駆出しの手品師か? 奇麗なべべ来てよぉ!」
「大人しくしていれば、面倒は無いんだろう?」
「そうだな。着てるもん全部おいてけば、見逃してやっても良いぜ!」
まあそうだろうな。服の汚さを考えれば、俺の服はゲームの初期装備品とは言え新品同然だ。性能は全裸よりはマシと言った程度の、最下級の防御力しかない。優れているのはデザイン性くらいで、気に入って着ている点でもある。今着ているのを手放すのは、若干面倒臭いが、生産系スキルで防具を作成する際に、最初期の練習台としてかなりの数を作ったので、一着ぐらいくれてやっても問題ない。
「いいぜ、服ぐらいなら好きに持って行ってくれ」
「ははははっ。こいつはいい。ずいぶんと物わかりの良い坊ちゃんだ!」
「何したり顔で分かった気になってんの? こいつらは・・・!」
今まで以上にシタバタと暴れ、疎ましく思った野盗に顔面を殴りつけられ言葉を中断させられていた。
盛大に鼻血を流しながら言葉を続ける。
「・・・そんな物で満足するような連中じゃないでしょ!」
「おい! お前は大人しくできねーのか? それともオレの逸物の代わりに、こいつを先にぶち込んで欲しいのか?」
力の限り抵抗を続ける少女に業を煮やした野盗は、獣を捌くときに使うようなナイフを突き付けると、少女を強引に黙らせた。
そんなこと言われなくても分かっている。だからこうやって大人しくしている訳だ。こいつ等にだって、俺は体の良い小遣いをくれる相手に見えている筈だ。だったらその関係を壊さずに、有効性を保ったまま、長期的に利用する方が得に決まっている。
「それが出来ないなら逃げなさい! 何で分からないの! 馬鹿じゃないの! 殺されるわよ!」
「黙れっつってんだろうが!」
ナイフの刀身が、娘に振り下ろされる。
「あ? ああああああああああああああっ!」
悲鳴を上げた少女の腹に、刀身は深々と突き刺さっていた。
「あ・・・兄貴、それやっちゃうと直ぐに死んじゃうから」
「相変わらず短気だな、兄貴は」
「うるせぇ! 使えるうちに使っとけ!」
信じられない。理解の範疇を超えた行動だ。
え? 何で刺した? 何で殺す?
強姦は殆どが泣き寝入りになる犯罪だ。証拠が残り難く、被害者が証拠を提示することを嫌がるせいで、加害者が圧倒的に優位。
むしろ死体が残る分、殺した方が足が着く。
軽い暴行と恐喝もそうだ、被害者が口を噤んでいれば足が着かない。だから俺も大人しく指示に従っているのだ。金払いが良ければ、足の着く暴力には手を出さない。日本ならそれが普通だ。
そう、日本なら。