05 命乞い
「おう! にーちゃん! いいべべ着てんなあ。どっかのお金持ちのボンボンてところか? へへへっ」
その男は人の顔を見て、勝利と追加報酬が確定したと思ったのか、嬉しそうに笑う。
確かに連中の着ているような、草臥れすえた刺激臭が目に痛い土留色の服と比べれば、新品同様の状態の俺の服は随分と奇麗に見えるのか。
しかしだ。浮ついた気分に乗って、錆びたダガーの切っ先をふらふらと揺らされては、こっちはたまらない。
目に涙が溜まるが、それは恐怖から来るものではなく、吐き気を催す臭いの呼気に因るものだと思いたい。
ちびりそうなんですけど・・・。
「命が惜しかったら動くんじゃねーぞ! ああ!」
「・・・!」
動きませんから、そっちも切っ先を固定してくれませんか? と言うだけの度胸はない。言葉よりも下から漏れそうでヤバイ。
ふらふらと所在無げに揺れる切っ先に、命を玩ばれているように感じて、気が気では無い。
極力、穏便に事を済ませたい。
怪我はしたくない。
「分かっ、た。分かって、いる。で、お、大人しくしていれば、危害は、加えない、だよな?」
恐怖心を隠し、どうにかどもらずに言葉を紡げたが、片言のような不自然さまでは隠せなかった。
き・・・気付かれていないだろうか?
「ああそうだ! ついでに金目のもん出せばテメーの身体には傷付けないでおいてやるよ!」
金が欲しいのは当然だろう。
貨幣経済が成り立っているのであれば、金はあらゆる権力と交換できるオールマイティーな力だ。
あればあっただけいいと思うのが普通の反応だ。
だが俺は、ゲーム時代の金しか持っていないが、この世界で現金化できるのだろうか? 出来なければ適当な物品で代替してもらうしかないな。
懐に手を突っ込んで財布を探す仕草を、武器を取り出すと勘違いされてはたまらないので、握った手の中に最小単位の1プル(ゲーム内での金の単位)を出せるかと念じてみると、手の中に堅い金属が出現したのが分かった。
なるほど、やはりアイテムストレージに入っているモノは任意に取り出せるんだな。
そして、もう一つ問題は。
「な、なあ、あんた」
「ああ? なんだよテメー。余計な事しゃべってんじゃねーぞ?」
「重要な話だ聞いてくれ。この金は、使えるのか?」
そう言って手の中に出現した1プルを差し出した。
男はダガーを持っていない方の手で引っ手繰ると、まじまじといじくりまわした。
「んん? おお! 金貨じゃねーか! ・・・しかし見た事ねー金貨だな! まあいい、金貨なら外国のでもそれなりの価値はある。・・・おいテメーこんなもんどこで手に入れた?」
「・・・う、生まれ、故郷の、金貨、なんだ。旅に、出る時に、金貨なら、使えるかも、しれないと思って、持ち出して、きた」
咄嗟に思いついた嘘設定を、どうか真実っぽく吐いた。
その辺の金持ちから盗み出したと思われると厄介事に巻き込まれそうなので、信じて貰えると助かる。
「よし、気に入ったぞテメー」
そう言って掌を差し出すので、握手を求めているのかと思えばそうではないらしい、友情を育むための代金を請求してきていた。こちらも抵抗するわけじゃないと掌で制止しつつ、懐をまさぐり金貨を用意する。
しかし、金貨一枚の価値は相当高いのだろう。日本円なら10万円くらいか?
確か記念硬貨で十万円金貨ってのが製造されていたはずだ。
懐から取り出して不自然じゃない量と言うことで、5枚ほど追加で渡すと、男は大喜びで笑った。
「うひひひひっ! こんだけありゃ一か月は遊ぶに困らねぇな! 良いだろう。大人しくしてりゃオレは怪我させないどくぜ」
6プルで安全が買えるなら安いもんだ。
ゲームじゃ序盤から大量消費することになる、最下級の回復ポーションが20プルはしたからな・・・。
しかしゲームの金銭感覚って、ぶっ壊れてるな。たしかゲーム内じゃ100Pくらい資産があったような気がする。生産職に力を入れていたんで、金はガンガン増えて行った。使い道は無かったけど。
「そうか。そうして貰えると助かる。ところで俺は、何時まで、大人しくしていれば、いい?」
視界の端、木々の影で一人の女性が複数人の男・・・3人程に組み敷かれようとしていた。
3人程の男は、目の前のこの男と大差ない薄汚れた土留色の服装で、少しだけ上等な武器を帯びて、服も少しだけ奇麗だ。恐らく野盗内の序列で武装の格差が出来ているんだろう。リーダー格の持つ剣は、使い込んでいるようだが錆は浮いておらず、少なくともこの錆付いたダガーなんぞよりは、余程信頼できる武器だ。
女性の方は、まだ少女と呼ぶにふさわしい年齢で、栗色の髪を肩口まで伸ばしていた。顔立ちも整っており、村娘と言うには洗練された雰囲気を醸している。田舎娘特有の芋っぽさというか土の臭いをあまり感じなさせず、服装もそこそこ見栄えの良い物で、もしかしたら裕福な商人の娘かもしれない。
状況が状況だ、何をしようとしているのは一瞬で察知した。でも、それをどうこうする気にはならない。この男共も性欲が満たされれば、大人しくなる筈だ。それまで不必要に刺激する意味はない。
溜まった性欲を、攻撃性に返還されても嫌だしな。
それを指さし聞いてやる。
「あれが終わるまで、大人しくしていればいいのか?」
「あ・・・ああ? ああ・・・オレの番が回って来るまでな! 親分や兄貴は邪魔をするとめちゃくちゃこえ―んだ。テメーも間違っても怒らすんじゃねーぞ? 八つ当たりされるのはオレなんだからな!」
その時には見張り役が変わるので、もう知らんてことかな。
従順な態度を取っていたことで安心したのか、男はダガーを突き付けることを止め、ひとしきり金貨を眺める。いそいそと6枚の金貨を腰紐の中に捩じ込みながら、どう豪遊するかと夢想しているような浮ついた恍惚の表情をしていた。
確かに金払いの良い友人は、有用だよね。ATM扱いされている訳だが、脅されるよりはなんぼかましな状況になったな。
向こうの連中の方が、野盗の序列的に上のようだから、一人頭10プルで安全を買えないかな?
所持金の額からすれば端金に過ぎないが、この男が6プルで大喜びしているのだ。逆に千とか万単位で取り出したら、大金過ぎて持ち運びが出来る量ではなくなってしまうので不自然になるか。
あれ・・・てことは、この世界の人間はアイテムストレージを持ってないってことか?
ゲームの元ネタの世界とは言え、どこまでゲームのシステムと同じで、どこが違うかを学ばないとダメだな。
安全を買えるまでは、なるべく彼らの行動を肯定的に受け止めた方が、神経を逆撫でせずに済むか。ここでいきなり行為自体に水を差せば逆上されるのは分かっている。金貨をばら撒いて「町で娼婦でも買って来い」と言っても聞き入れないだろうな。
何時でも渡せるように30プルだけ懐に取り出しておこう。
四人に囲まれればボコられる未来しか見えないし、見張りもまだ他に居るかもしれない。
不意に襲われている娘と目が合い、瞳に驚きを浮かべ、希望に変わる。
部外者が居る事で、助けの手が入ると期待したのが良く分かった。
だけど俺にそれを叶える力は無い。自分の安全をどうにか金で買えるかと画策しているのに、助けを求められても困る。悪いけど俺のケツは、あんたほどの価値は無いよ。
何もできない・・・いや、何もしない俺を見る目に失望が宿り、憎悪へと移り変り果てる。
目力の百面相か。
というか、随分と暢気なものだ。
若い娘が、護衛は愚か武装もせずにこんな人気のない場所でうろちょろすれば、こういうことに巻き込まれる危険性があると言うことを、想定できていない無知さが嫌だ。
自分の危機に現れた部外者が、無条件で助けてくれると信じている。
白馬の王子様が助けに来る夢物語を妄信している。
そしてそれが叶えられないと、勝手に期待して、勝手に人を見限ったくせに、自分に危機を与える男共よりも俺に対して、強い憎悪を剥ける神経が理解できない。
まるで、飲み会の時に奢って貰えること前提で行動するクズ女と一緒だな。あいつらは陰で人のことを根暗だとか、愛想が無いとか、大賢者DTだとか悪口を散々言い合うくせに、面と向かうと寡黙だとか、真面目だとかと、誠実な人間だとか不気味によいしょして来る。そいつらの性格の悪さを知っているから、薄気味悪さしか感じないのだが、クズ女はそれで男を騙せると思っているのだ。
しかも、帰りのタクシー代まで男の財布に頼る。女だから特別と言う考えが嫌いだった。
会社の付き合いで参加せざるを得ない飲み会で、何で自分の人生に無関係な女の面倒を見なければならないのか。
その煩わしさから逃れるように、残業を理由にして飲み会を断るようになり、人付き合いも薄れて行ってしまい、結果的に結婚は出来なかったんだよな。
自業自得である部分は認めるが、俺だけの責任ではないはずだ。
気が付けば、脅して金品を巻き上げてきた野盗よりも、その女の向ける憎悪の瞳に、等しく憎悪を返していた。
端的に言って、あの女が野党共に輪姦されるのを見たくなった。
ボロボロになるまで犯され、ボロキレのように捨てられる様を、想像する。
少しだけ胸が空く思いだ。
だが待てよ、そんな娘が一人で来れるなら、この近所に村か町があるってことだよな?
それは青天の霹靂だった。