05 他の手を考える
俺とキュユが森へ入り、小一時間探索に費やしたが、獲物が見つかることはなかった。
「不味いな・・・、このままだとボウズだぞ」
「・・・ボウス?」
「1匹も狩れないってこと」
しかし、いくら不味い不味いと焦ったところで、獲物がいないことにはどうしようもない。もっと森の奥へと進めば見つけられる可能性も上がるだろうが、今度はキュユの体力が持たないかもしれない。
この辺りは森の中と言っても、街の人間がちょくちょく入っている痕跡があるため、比較的歩きやすいのだが、単純に平地に木々が群生しているような地形ではない。小高い丘とまではいかなくても、それなりに起伏のある土地が延々と波打つように連なっているのだ、地面は基本的に斜面であると考えた方がよく、森の奥に行けば行くほど勾配は急になっていく。
より奥の、完全な未踏地に踏み入ればレアな物を総取りできるかもしれないけれど、下手をすれば街の人の食い扶持を潰してしまうことになり、悪目立ちをして恨まれてしまうかもしれない。そのような不利益を被るくらいなら、もう少し本格的に生活が行き詰まるまで待ってからでもいいだろう。
居直れる覚悟というものが付くからな。
「もう少し探してみるか?」
「そうね。でないと試し斬りもできないし・・・」
なんか本格的にやばいこと口走り始めたぞ、こいつ。
採取をするにしても、果実はこの森で採れるような物の上位互換と言えるような物が、街の市場に並んでいるので、自分たちで食べる以上の量は要らない。そして木の実は時期的に採取できるとは思えない。
そうレイニーゴに生まれ変わって強靭な肉体になったお陰か、寒暖にも乾湿にも強くなった。
あまり暑さを感じないので忘れがちだが、今の季節は初夏だ。
この辺りは真夏でもそれほど気温は上がらず、暑くなる気候ではないそうなのだが、夏本番はまだ先で、実りの秋はもっと先だ。
「まだ初夏なんだよな・・・」
「もう少しすると、果物も野菜も実ってくるんだけどね・・・」
そして採取となるのだが、この森で採れるものは大概、採取の専門家に採られているか、代用品的なものが栽培されていたりと、目新しい物はなくいい稼ぎにはならない。
自分たちの食べる分を確保するにしても、熟した実そのものがまだないので、張り切ったところで得る物がない。
となるとブートジョロキアとかキャロライナリーパーみたいな激辛唐辛子とかが自生していれば金になるかもしれないな、あれは果肉に触れただけで肌が炎症を起こしてただれる毒草として見られていたらしいし・・・まだ香辛料として認知されていない可能性が高い。それを香辛料に加工して販売すれば激辛ブームが到来するかもしれない。当然第一人者の俺はがっぽり儲けることができるだろう。
いやだめだ。
香辛料に加工したとしても、この世界の常識でそれは“毒草の粉末”でしかない。香辛料として認知してもらえず、最悪の場合、毒物を流通させようとしたとしてお縄になる。
不幸中の幸いというか、泣きっ面に蜂というか、唐辛子をはじめ胡椒などの他の香辛料にしても、もっと熱い地域に自生している植物なので、こんな森の中でうっかり見つけることもないのだろうが。
「これと言って稼ぎになりそうなものが思い浮かばないな・・・どら、ちょっと休憩するか?」
目の前には手ごろな横穴が開いていた。
前回、一人で探索した時に見つけておいた洞穴だ。地震で割断された地形か、単純に風化して片側だけ削られた地形なのかは分からないが、地面の一部が崖のようになっており、そこが窪んで洞穴のようになっていた。
内部は岩が剥きだしのせいか少しひんやりしており、雨宿りもできそうだったので、休憩場所として都合がよさそうだと覚えておいたのだ。
「少し早いけど飯にするか?」
「うーん、そうだね。気分転換した方が良いかもね。このままだと埒が明かないし、待ってみれば状況が変わるかもしれないし」
このままだと疲弊する一方なので、流れを変えるためにも一息入れることに決まった。
とりあえず火を扱うために、簡易的な竈を作ろうと適当な石ころを集めていると、あることに気付いた。
「・・・水晶が多いな」
小さい破片ばかりで、あまり価値はなさそうだが、ぽろぽろと落ちている。
横穴は奥に進んでも5メートルもなく、小さな部屋のような空間だったが、最奥部分には比較的新しい岩を砕いた跡が残っていた。
「・・・ん? 水晶を採掘していった跡みたいね」
「そうか、水晶も売れるのか・・・」
「奇麗な奴ならね、一応宝石と言えるし・・・この大きさの水晶なら結構いいお値段に・・・」
キュユが自分の腕で抱えるほどのサイズを示してくれる。確かに上手いこと採掘できたなら、磨かなくてもそのまま飾って見栄えがしそうな大きさだ。金持ちがインテリアとして欲しがるかもしれない。
多分偶然見つけた街の人が採掘していったのだろう。
そこそこの大きさのものがあれば、小遣い稼ぎになったかもしれない。
「見つけれたら持って帰れたんだけどな・・・ふむ」
「・・・どうかした?」
「昔、偉い人が言ったことを思い出したんだ『なければ、作ればいい』ってさ」
欠片となっている水晶を拾い集めれば、一抱えもの量を集め終えるのにそんなに時間はかからなかった。
「何する気なの、レイニーゴ? 悪いけど、そんな欠片じゃろくな値が付かないわよ?」
「なあキュユ・・・錬金術って知ってる?」
魔法のない世界では、詐欺師が金を搔き集めるウソだったと云われるが、この世界には魔法は存在し【職業】にも錬金術師というものがある。
ゲーム時代のテン・タレントでは錬金術師は、いわゆる“便利さ”を作り出すことに長けた【職業】だったといえる。例えば高品位の武器を作り出すために必要な、品質の良い鉄材を用意するためなどに錬金術師のスキルが有用だった。高品位の素材が手に入らなければ、錬金術で品質を上げるしかなかったのだ。
ただ、ゲーム内で【錬金術師】が要らない子扱いされたのは、低品位の素材を錬金術で高品位の素材に格上げするよりも、採掘などで楽かつ大量に手に入ってしまったことだ。
要は出番がなかったんだ。
テン・タレントの錬金術にできることは、材料から不純物を取り除いての品質を上げることが出来たり、逆に化合物を作り出したりといったことができた。
だが、それを効率よく熟すには、その真価を発揮するには専用の工房が必須だった。専用の工房を持ち、その工房の道具の品質を上げていくことで、錬金術の行使により消費されるMPを減少させられた。消費されるMPが減少できるということは、一日に行使できる錬金術の回数が増え、その分経験を積み習熟されていく。
そうやって“ゲーム内で効率的に経験を積んでレベルを上げる”のだ。だが、それは逆のことも可能だという示唆である。工房の品質が低いならその分MPを大量消費することで補填することができたのだ。
つまり今の俺は、無意味にMPが多い状態なので専用の工房は必須というほどではない、ということになる。魔力の大量消費によるごり押しだ。
俺はストレージから錬金術を行使するのに必要な最低限の道具を取り出す。
魔力で動く小型の炉と、外界からの影響を阻害する護符、材料を粉にするための乳鉢などだ。携帯性が高く簡易的に設置するだけで使える反面、性能が犠牲になっている。だがそれも、こったマジックアイテムでも作らない限りさほど影響は出ない。
キュユが、俺の行動に若干引き気味だが、受け入れてもらうしかない。俺としてはあまり隠し事をしたくないので、キュユには少しづつ能力を紹介していくつもりだったのだが、・・・これでは先が思いやられるな。
「いくら“三本目の腕”が使えるって言っても、容量くらいは自重して欲しいんだけど・・・」
「・・・規格外なのか?」
「一般的に“ズタ袋ひとつ分”って言われてるわ」
つまり、もう一本腕があれば持てる量の荷物って辺りが一般的な容量の上限なのか。
“三本目の腕”のネーミングの由来に得心しつつも、作業を淡々と進めていく。
細かい水晶の破片を乳鉢に入れ魔力を加えると、乳棒で簡単に粉に崩れていく。粉になったそれを炉にくべた釜に入れ、魔力を注ぎ込むと熱へと変換されどんどん釜の温度を引き上げていく、そして水晶の粉は赤熱しドロドロに溶けだした。水晶は石英の結晶であり、それを溶かして固めたものが硝子だったと記憶している。
水晶の欠片を溶かして固めて、硝子細工を作るのだ。
ドロドロに溶けた硝子を、今度は魔力で宙に浮かせ形を整えていく。この段階で型があると非常に楽なのだが、無いので魔力で代用。見えない手で粘土を捏ねるような感覚で、硝子の形を整えていく。
魔力をガンガン使っている感覚は分かるのだが、ステータス上で数値が減っているようには見えない。消費量で言えばまだ誤差の範囲のようだ。
そしてルセから貰った宝物を、硝子の中に投入して終了だ。
しばらく放置して冷え固まったそれは、中心部に5色に色付いた花びらのような色違いの部分がある、透明な皿だった。
ちょっと表面がざらざらして、あまりにも手作り感が否めない代物だったが、即興で作ったにしてはまあまあの出来だろう。
「なあ、キュユ! これ売ったら今日の稼ぎ位にはなるよな!?」
「・・・ここまで常識のない人だとは思わなかったわ」
そう言ってキュユは頭を抱えてうねり声をあげる。
「失敬な錬金術だと説明しただろう」
「・・・そういうんじゃないんだけど・・・もういい」
硝子製品は街で見かけなかったので、そこそこ良い値段んになるんじゃないかと期待しているのだが、キュユは洞穴から離れ、汗を拭いながらどうにも白けた目で俺を見ていた。硝子が溶けるような熱が洞穴内で籠ったので逃げ出したようで、俺も滴り落ちる自分の汗でようやく惨状に気付く。
「売れてくれると生活費の足しになるんだが・・・」
「それはちょっと無茶じゃないかな?」
実質元手はかかっていないのだから、銀貨5枚で売れればボロ儲けだ。
そこまで欲張らずに銀貨3枚くらいで売れるのなら、狩りが不調の時にこういう硝子皿とか作って売れば、安定した稼ぎになる。いやもう少し安くても、数をそろえれば結果的に儲けは大きくなるのだから、とりあえずは販路を確保するのが先決だろう。
「・・・まあいいや。うん、分かっていたつもりだけど、やっぱりレイニーゴは変ね。あなたが変なのを諦めたわ。突っ込みというよりも理解が追い付かないからね。とりあえずそれ・・・“三本目の腕”にしまっておいたら? 割れちゃったら台無しになっちゃうでしょ?」
「お、おう」
言いながら、キュユの右手が腰に差した剣の柄にかかるので、俺は大慌てで硝子の皿と、錬金術用の小型炉などを片付ける。
洞穴から出て、外気の涼しさに一息ついて、俺もその気配を感じ取った。
どうも何かが2つ、急速に近付いて来ていた。