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転生特典が邪魔で責務が全うできません  作者: 比良平
第二章 街での共同生活
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14 直すべき齟齬

 小振りな木の枝を剣に見立て、キュユに突きつける。

 獲物が貧弱過ぎるので、本人の筋力による力の差というものは現れ難い。鉄の棒ではないので、人体に重大な損害を与える前に木の枝が折れるためだ。となれば、純粋に剣技のみの勝負となる。

 キュユにしてみれば、俺のあの野盗達を吹き飛ばした力を、魔力的な超常エネルギーか何かを一気に放出した必殺技の類だと解釈している節がある。

 だからこそ制御が難しく、安易にはは使えないと。

 逆に考えれば、ビビりで弓を扱わせればかなりの腕前だが、帯剣すらせずにいる俺の剣技はたかが知れていると。

 剣技に関しては自分が確実に勝っているのだという自負があったのだろう、俺の方が強い宣言で、あからさまに不機嫌そうな顔になった。


 まあ、悪いけどそういうのは要らないんだ。


 キュユに先手を譲るとか、そういう面倒なことはしない。

 手首を返すだけのような仕草で、キュユの手首を打ち据える。


「はい、一本。俺の勝だ」


 キュユは腕に走った痛みに眉根を寄せる。

 俺自身、正直に言えば剣道の小手という技を侮っていた。試合で見ても面、胴、突きは派手だし、もし実際に刀で喰らったら死ぬなということを素人目にも理解できたのだ。だが小手「手が痛いだけ」「直接命には関わらない」と地味な技だと思っていた。

 実際は、確かに地味だし、即死攻撃ではない。

 頭を割られたり、腹を裂かれたり、喉を貫かれたりすれば致命傷だというのは分かる。事故で片腕を失っても生きている人がいるのに、片腕切り落としたとして、一本を取る技・・・死亡判定を取るには弱いのでは? と。

 しかし、人間の体はそう都合よく出来ていない。

 社会人になり製造業に携われば、大小問わなければ外傷を負うという機会は意外と多い。指の先の皮を少し切り血が滲むといった軽度の外傷を含めれば、週一回以上は必ず負傷していたほどだ。そしてザックリと腕を切れば、もう仕事どころではない。

 痛みと失血性のショックで冷静な判断能力は失うし気持ちも悪くなる。少し冷静さを取り戻しても、怪我を負ったことへの後悔しか思い浮かばなくなる。そして死に対する恐怖を感じて、動けなくなるのだ。

 曲がりなりにも剣を振るっていた人間なら、この程度のことは理解できているハズだ。

 剣士が腕を斬られるということは、それは致命的な負傷であると。


「不意打ちは卑怯じゃないかしら!」


 そう言いながら不意打ちをするのは卑怯じゃないんだろうか?

 俺は難なくキュユの攻撃を躱すと、軽く太腿ふとももを打つ。


「これで2死だな。そんなだからハネイノに蹴られるんだ」

「~~~っ!! コロッ・・・ぶっ飛ばしてやるから!」


 負けん気が強いことは良い事だ。

 自身の攻撃に集中するあまり、周りを見る目が疎かになる。相手の動作をみて、それに合わせて攻撃に移るのは巧いと思うが、更に相手がキュユの攻撃に備えて何らかの動作をするということが、対処できていないようだ。

 というか、育ちの悪さが出たな・・・今。

 小枝の当て合いという勝負なので、あまり実戦的ではないのかもしれない。

 大振りな必殺の一撃のための動作は意味をなさないので、コンパクトにまとまった小手先に技が多くなるため、一撃一撃が致命傷とは程遠くなっていく。それでも得るものは多いようで、キュユの動きが先ほどよりも鋭さを増していた。

 集中力も研ぎ澄まされているのか、キュユからの視線というか意識が、肌に刺さりそうなほどだ。


 流石に肉体的な潜在能力は高いようで、狩りの時にこれだけの集中ができていたなら、ハネイノに後れを取らなかったかもしれない。


 ビシッとまた俺の小枝がキュユの腕を打ち据える。

 10本目も俺が取り、その後も必死に食らいついてくるので、調子に乗っていたのかもしれない。

 キュユの全身からは大量の汗が噴き出しており、マラソンで全力疾走をさせられた時の様に、洗い呼吸にヒューヒューという擦過音が混じっていた。キュユは動きに精彩を欠きながらも、歯を食いしばてこえだを構える。


 ビシッとキュユの足を打つ。

 剣に意識が行き過ぎて、足元がお留守になっていた。

 ビシッとキュユの背中を打つ。

 自身が攻撃を放ち、それを躱された時の無防備さが原因だ。

 ビシッとキュユの肩を打ち・・・鬼のような険しい顔を真っ赤にして、キュユの動きが止まり、そのまま膝から崩れ落ちた。


 あっ! やばい・・・やり過ぎた!


 そういえば日本にいた時も、新人教育で熱を入れ過ぎて・・・って今はそれどころじゃない!


「キュユ!? 大丈夫か?」


 小枝を放り捨て、水袋を用意しながら駆け寄る。

 抱き起こすが返事はなく、瞳は虚ろで、呼吸は浅く、真っ赤だった顔は土気色にまで色を失っていた。

 視界の端にキュユのステータスの一部が表示され『疲労困憊』『脱水症状(軽度)』と状態異常が告知された。

 水袋から口内へ流し込む様にして、口に水を含ませてやると、少し嚥下した。ひとしきり咳き込むと瞳に力が戻り、水袋を受け取るとそのまま全部飲み干した。


 水分補給をして一心地着いたのだろうか、呼吸を整え俺に空になった水袋を返してきた。


「あり・・・ぅぐぅ」


 感謝の言葉を吐こうとして、それが不自然に途切れる。何かを察したようだが、それが何か俺には分からないまま、キュユは泣き崩れた。

 こう言ってはあれだが、本当にこれが対処に困った。

 男なら放って置いたところだが、女であるキュユを放って置くことはできないし、そもそもここは森の中で、運が悪ければ獣に襲われる危険もあるので、一人っきりにしてやるということもできず傍観するしかなかった。

 キュユは地面に猫の様に丸まり、嗚咽を溢す。

 どうやってあやしたものかと、近寄ればほんものを抜いて、足元を薙いで近寄ることを拒否した。


「うわっ! アブねぇ!」

「うるさいっ! こっちくるなっ!」


 俺は藁にもすがる思いでもう一度キュユのステータスを確認すると、『情緒不安』の文字が追記されており泣きたくなった。

 キュユを宥めるためにも甘いものを・・・果物でもと思い辺りを見回したが、採取するためにはキュユから目を離さなければならず断念する。とりあえずストレージ内を軽く探りながら、キュユに与えても問題なさそうなものがないか探すことにした。


 そして1時間ほどが経過し、キュユのステータス異常から『情緒不安』の文字は消えたが、まだ丸まって泣いているのでウソ泣きだなと見当はついた。流石に女性経験がない俺でも、ウソ泣きをしている女性にそれを指摘して巧く解決するわけがないと理解できたので、キュユがウソ泣きに疲れるか飽きるまで放って置くことにした。


 さらに2時間が経過しウソ泣きもやんだので、そろそろ街へ帰ることも切り出さねばならず、そっと歩み寄ったところで。

 ぎゅるるるるるっと、中々はしたない音がキュユの胴体中央部から聞こえた。

 実にいいタイミングで腹の虫が鳴いたようだ。

 キュユが音の影響範囲を確かめるためか顔を上げたので、俺はストレージ内にあった食料系回復アイテムである『白がゆ』を出してやる。


「・・・聞こえた・・・の?」

「ん? 腹減ってるんだろ? もう昼も過ぎてるし」


 羞恥で顔を真っ赤にして目が泳ぎ回っていたが、疲労と空腹から、白がゆに意識と視線を吸い寄せられる。


 剣を構えた時の鬼のような形相はいただけないが、こっちの方がまだ可愛げがあるよな。

 ・・・というか普通に可愛い。


 そしてキュユが白がゆを食べ終え、俺も一服してから帰路に就いたが、今回は残念ながら成果はなしということに2人で話し合って決めた。

 一応俺のストレージ内に狩ったハネイノ二匹は収納してあるので悪くはならないと思うが、疲労困憊状態が治らず歩けなくなったキュユを背負って帰ったためだ。普通の成人男性が少女一人に、ハネイノ2匹を背負って歩けるはずもなく、ストレージの存在を秘匿するためにもそう決めておいた。

 馬車が欲しいな。

 いやそこまで言わずともリアカーか・・・大八車ぐらいならあるかもしれないな。


「・・・ごめんね。なんか・・・その、カチンと来ちゃって、さ」


 背負ったキュユからしおらしい謝罪の言葉がかけられる。


「少し冷静になれば、レイニーゴの言う通りなんだって・・・分かるはずだったんだけど」


 今まで剣を振るった姿を見せていない奴から、俺の方が強い宣言をされ、自尊心が傷ついたようだ。

 確かに俺のステータスの書写にも剣を取り扱う【職業】は書かれていなかったしな、完全に格下か未経験者と侮られてもしょうがないのかもしれない。


「レイニーゴって剣も強いんだね・・・。今日の稽古で私も少しは強くなったかな?」

「正直に言えばどれだけ強くなったかは分からないけどさ、中盤の集中力が乗った時の切れは随分とよくなっていたから、全くの無駄になったということもないと思うぞ。・・・ああ、あと、俺の方こそゴメン。変に熱くなって追い詰めたみたいだ」

「・・・そうだね。私も負けは認められなかったし」

「そうだな、俺の方も少し思い違いをしたところがあるから・・・それは本当に申し訳ないことをした。ごめんなさい」


 俺もこの剣技は努力の末に身に着けたものであるが、でもそれはゲーム時代のテン・タレント内における努力だ。

 現実の一つしかない命で、どうにか遣り繰りしなければいけない今とは重さが違う。

 その齟齬を一番に直さなければならない感覚なのだろう。

 今日の失敗は繰り返さないようにしなければ・・・。


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