04 レイニーゴ
取り敢えず、獣道の一つでも見つからないかと歩みを進める。
ざっと見通した感じでは、特に障害物も人工物もない平原が延々と続き、その先には森が見えた。取り敢えず暇だし、自身の装備を確認するべきだと今更に思い至った。
「しまったな。遭難とかした時は、身の安全が確保できているなら動かずに、まず身の周りの物を確認するんだっけか?」
何も考えずに移動を始めてしまったが、遭難を危惧するような場所に出向くことが一度もなかったことが、必要な知識の汲み上げを鈍らせたようだ。こちとら実際の田んぼすら見た事ねーんだよな、その辺の判断の拙さは大目に見て欲しい。
そう言う訳で、自分のステータスを確認することにした。
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【名前】レイニーゴ
【種族】ヒューム
【性別】男
【年齢】16才
【善性】046
【健康】通常
【位階】***
【称号】***
【職業】戦士100レベル
軽戦士100レベル
~
【装備】
見習いの鉄剣
見習いの鉄盾
トラベルハット
トラベルベスト
トラベルグローブ
トラベルパンツ
トラベルブーツ
若草のマント
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まず、自分の名前に違和感を覚えた。
――あれ? 俺ってこんな名前だっけ?
現実世界の名前でも、キャラ名でもない。同キャラ名の個体を分けていた番号を名前っぽくしたようだ。
そして、一部表示がバグってる。
「ん? 前と表示が変わってるな」
ゲームの頃は重要だった冒険者レベルやキャラクターレベルが無くなって、位階と言う表記に変わっている。
そう言えば神の使いも、ゲームの元になった世界へ転生させるために、最適化すると言っていたっけ? 言ってなかった? あれ、靄かかったみたいに記憶がぼんやりと曖昧になってるぞ。
“神の使い”との対話の記憶なんて、この世界を現実として生きて行く上で不要になるから、自動で消えるようにでも仕組まれたか? まあいい。思い出せないのなら、そんなに重要な事じゃないだろう。
元々はDavid025てキャラ名だった。
とあるゲームで自キャラの名前を決めかねていた俺は、たまたま目に留まった洋画の俳優の名前を拝借して、その後ろに番号を付けただけの物を使い始めた。それから、自キャラを作成するたびに加算し、テン・タレントが25番目のゲームというか、25体目の自キャラと言うだけだ。
特に思い入れ込んだ名ではないが、馴染んだ名ではあった。
「つまり、この世界にはこういう法則性の名前は存在しないってことか・・・」
まあ、あれだ。
現実的に考えて、自分で自分の名前を考えるなんて普通はあり得ない。芸能人や作家が、芸名や筆名を使ったりもするが、本名は別だ。そして本名は、基本的には親に付けて貰うものだ。
あの“神の使い”が名付けの親と言うのも、あまりいい気分ではないが。
そんなに変な響きでもないので、まあ有難く頂くことにしよう。
ふと顔に触れてみる。
毎朝、髭を剃っていた、触れ慣れた顔面の感触と違う。肌にハリがあるし、髭もない。
そう言えばステータス上では年齢が16才と、随分と若返っていた。
「やつれた中年がうろつくよりは、向こう見ずな若者が彷徨っていた方が、この世界感的にあり得るってことか?」
着ている服は、初期装備の服装だった。
民族衣装風のスッキリとした出立。清涼感のある色合いと、全身を隙間なく覆う布地が安心感を産むデザインだ。決して強そうには見えないが、その分気軽に着られる気がする。
ガチガチの最強装備の鎧とか着て居たら不審さが加速するから、この辺りの機転は流石“神の使い”なのだろう。
「・・・うぇあ・・・、ゲームの時と同じ動作でステータス開けるのか・・・、この分だと装備とかアイテムとか所持金とか、これ、そのまま全部持ってるんじゃないか?」
アイテムストレージを開いて、思わず眩暈がした。
何を何個持っていたかなんて、一々覚えていないが、パッと見でストレージが特に変わったと言う印象を受けないから、多分そのまま持っているのだろう。
確実に人一人が持てる量じゃないし、現実に持っていていい装備でもない。
ゲームの設定的には“世界に一つしか存在しない”と言うアイテムすらスタックされてるじゃねーかよ。 まあ、クエスト自体の難易度が高くて、バグを活用した再受注方法があって、やり込み派の人間は持っている数自体を競っていたものだ。それに触発され、周回した人間が言うべき台詞じゃないのかもしれんが。
「こういう所は“神の使い”でも適当なんだな・・・。下手に思い入れのあるアイテムが消去されているよりはマシと考えるしかないな」
少し頭を抱え溜息を零すために歩みを止めた。
そしてきっちり耳がか細い悲鳴を拾い上げる。
「面倒事の予感しかしないなあ」
俺は迷うことなく、か細い悲鳴の発生源から反対方向へ、くるりと踵を返した。
別に勇者になりたいわけじゃないし、戦闘狂と言う訳でもない。FPSゲーマーを戦場に放り込んだら嬉々として敵兵を撃ち出すと信じられる類の存在なのだろうか、あの“神の使い”は。
ゲームなら“イベント発生”だと嬉々として介入しただろう。だが、今はこれが俺の現実であるなら、リスク回避は当然の選択だ。リアルで喧嘩なぞ碌にしたこともないし、路地裏でチンピラにナイフチラつかされ脅されれば、泣いて土下座する準備もあるくらいだ。
何なら有り金を全部吐き出して、命乞いすら厭わない。
会社帰りに寄ったコンビニで酔客が喧嘩をしていたとして、それを嬉々として仲裁する馬鹿が何所に居るかって話だ。絡まれているのが可愛い女の子なら、話が変わってくる奴も多いだろうが。
「俺なら軽く見捨てるな」
ナイフで刺されれば痛いし怪我もする。その怪我も、下手をすれば致命傷になる。肉体的な致命傷は元より「喧嘩した? じゃ解雇ね」と社会的にも傷を負うデメリットが強過ぎる。勝敗に関係なくデメリットが圧倒的に致命傷で、メリットが一縷も見当たらない。
それを想像できるだけで恐怖を感じ、足も竦むだろう、心も強張るだろう、連鎖的に余計な不利を招く結果に繋がる。全てを失うか、命を失うかの二択のようなものだ、誰が好き好んで介入するか。
そして、もし無事に助け出せても、約束されたクリア報酬は無い。
助けた女の子が惚れる可能性がある?
だがそれは所詮つり橋効果で、長続きはしまい。それどころかイケメンに限ると斬り捨てられる可能性の方が高い。
つまり社会的に抹殺される危険性が高く、その上好意が寄せられる可能性は限りなく低い。さらに言うなら女の子が自分の好みと合致している可能性まで考慮すれば、宝くじを当てる方が楽だ。
つまり警察に通報して、無事に事が解決するのを祈るのが最善手だ。
ゲームならば設定されていて当然の見返りだ。プレイヤーからすれば過剰な時もあれば、不足と捉えることもあるだろう。だが少なくとも、ゲーム制作陣は“それが適正な報酬である”と判断し設定している。
だけれどもゲームでないのなら、そんな物は存在しない。
リターンが見込めないのに、リスクは負いたくない。
そして、見捨てることに因るデメリットだが、村人なら近くに村があり其処の住人である可能性は高く、村全体への口利きもある程度してくれるかもしれないと言う憶測がふいになる程度だ。
「たいしたものじゃない」
雨風を凌げる住処と、腹を満たせる飯が手に入ったかもしれないと言うだけだ。
だが、これもある程度妥協はできるし、代替手段がない訳でもない。
さっき確認したアイテムストレージの中には、ゲーム時代の回復アイテムが山のように収納されていた。コスパで優秀だったHP回復アイテムの塩ラーメンなどは万単位で所持しているため、食うだけなら困ることもないだろう。・・・流石に飽きるだろうが。
デッキチェアやテントもあるし、野宿に耐えられればどうにでもなる。
確かに野宿は面倒そうなのだが、それ以上にトラブルに巻き込まれたくない。
よって、イベント発生の予兆は全力で回避する。
見捨てる?
そのとおりだ。
外道?
どうとでも言え。知人でもなく、視界に入りもしなかった他人など、人として認識していないのだ、当然何の感慨も沸かない。そう俺の行動に憤り正そうと口を挟んでいい人間は、己の全てを奉仕に拠出している聖人だけだ。
発展途上国の食うに困るような貧民の存在を知っていながら、何の手も差し伸べない輩――つまりは大多数の日本人と、何が違うのだ。実際に困難に直面している人はいて、その情報も掴んでいる。だけど実際に会ったことは無いので、どうかしようとまでは思わない。
本当に彼らを憐れむのであれば、自身が寄付金を募るとか、物資を携えて現地に飛べばいい。それが出来ない奴は所詮同じ穴の狢なのだ、黙っていろ。
チクリと少しだけ胸の奥が痛むが、それは無視する。
見捨てるのは後味が悪いと思っているお人好しの欠片の反抗だろう。
そうして踏み出した足は、厄介事から遠ざかる一歩になる。・・・はずだった。
全ては遅きに失したのだ。
自分がこの状況を脱するためにしていた、自身の良心への正当弁明に時間を使い過ぎていたようだ。
その場を離れようとした俺の目の前には、薄汚い汗と埃で浅黒く変色した服を纏い、ナイフと呼ぶにはいささか長大な刃物を手にした男が、立ち塞がっていた。
「おい、テメー、動くんじゃねーぞ!」
垢で黒くなった顔で威嚇する様は、恐怖心よりも嫌悪感が先に立った。
それが人間の男であると、ようやく理解できたが、自分と同じ人種であろうはずがないと、心が拒否感を露わにする。
つーか、錆びの浮いたダガーが嫌すぎる。掠り傷で破傷風になるんじゃなかろうか。
切れ味よりもそっちの方が怖い。
この世界に治療方ってあるのか?
それとも俺の使える治療魔法で治せるのか?
スキルも色々持ってはいるが、使い道や効果はどの程度なのだろうか。
ゲーム時代には破傷風なんてステータス異常は無かったしな。
何がどれくらい何に有用なのか、確認しなきゃ危なくて使えないぞ。
「おい! 動くんじゃねー!」
男は怒号と共に一歩踏み出す。
俺はその気迫に負け、一歩後退ってしまった。
ビビってしまった。




