08 妥協する癖
俺が生きることに必死だったのは、何時の頃だったのだろうか?
物心ついたころには、生きることに必死ではなかった。両親もまだ健在だったし、裕福ではなかったが明日へ不安のあるような生活でもなかった。暖かい布団と、毎日用意される食事、雨風も凌げたし、風邪をひけば看病もしてもらえた。
漫然と明日が来て、今日を浪費するような毎日を送っていた。
「明日はきっと良い事がありますように」と子供心に祈ったことはあるが、是が非でも、汚泥に塗れても生き抜いてやるというようなハングリー精神は持っていない。受験戦争や就職戦線と、やたらマスコミが戦いを誇示した時期を経たが、直接的な命のやり取りには発展しなかった。自分の希望の進路でなければ死んでも嫌だという、我の強さもなかったので、第二志望第三志望と予防線はしっかりと張っていた。
既に妥協するという事を覚えていた。
就職後も生産部だったので、同業他社との競い合いに直接かかわることもなかったし、同僚を蹴落としてでも出世するという気概もなかった。黙々と、回ってきた指示に従って作業していた、与えられた条件下で、可能な限り良い物を作ろうと懸命に仕事をしてきた。だが、例え仕事をクビになっても即座に死ぬこともないわけで、決して必死に生きているとは言い難い。
多分あれだ、物心つく以前の乳幼児、赤ん坊のころに母乳を求めて泣きじゃくった辺りで、俺の生き汚さというか、生に執着する必死さと言うものは使い切ってしまったのだろう。
晩年などは仕事のストレスを解消するためのゲームだったものが、ゲームで遊ぶための生活費を稼ぐ仕事に変わっていたほどだ。
当然、ゲーム内で生きるのに必死という事は、本来の意味ではありえない。何故なら死んでも、簡単に生き返って再スタートできるからだ。
死んだら終わりという、危機感や緊張感はない。
そして、このレイニーゴと言う体は、その辺りの必死さを出し難いように思えた。
ポテンシャルが高すぎるせいで忘れがちになるが、唯一の命で死んだら多分次はない・・・と思う。
少なくとも「死んでも神の使いがもう一度転生させてくれるさ」と自分の命を軽薄に扱うつもりはない。ないのだが・・・必死さには到達していない。昨夜も、漫然と明日が訪れることを疑っていなかった。
・・・そう、死ぬ可能性はある。そのことを肝に銘じておかないと、高すぎるHPを妄信して、うっかり死ぬかもしれないんだ。
防げる攻撃は防ぐ。治せる病気は治す。食べるべき物は食べる。寝るべき時に寝る。
これらは、最低限しっかり守っていかなければならない。
今回の狩りで、用意した物資をもう一度確認する。
必死に生きていなくとも、命を粗末にする訳にはいかない。
獲物を縛るために用意したロープは止血するのに使えるし、獲物を入れた運ぶためのズタ袋は防寒具として使える。
俺がイルクーク街で稼いだ給金では、回復薬・・・いわゆるポーションの類は高すぎて買えなかったので、血止め用の軟膏など一般的な傷薬を一応買っておいたくらいだ。かすり傷程度は致し方ないとしても、それ以上の怪我を負わないように立ち回りをしなければならない。
最悪の場合はストレージに死蔵されているエリクサーを使えばいい。
そこまでしなくても、俺が取得した【職業】の中にはHPを回復させるスキルがいくつかあるので、それを使う様にすればいいだろう。
そもそもテン・タレントには回復スキルと言うものが複数用意されていた。
例えば、回復魔法が使えるのが【クレリック】だけなどという制約があると、パーティーを組む時には必須の人員になってしまうし、主にソロで活動するようなプレイヤーにとっては必須の【職業】になってしまう。
【職業】が増えまくって軽く百種を超えているテン・タレントにおいて、一つの【職業】だけを必須とするのは、開発陣の想定しているプレイスタイルではないからだった。
戦士系には自身の代謝能力を一時的に増大させ、自然治癒力を高める能力があり、斥候や盗賊などは毒や薬の知識があり回復薬の効能を上昇させることができた。魔法使いも回復魔法を持っていたので、信仰系の回復魔法がダントツに性能が良く重宝されるが、必ず取らなければならないほどでもなかった。
他にも医療系という信仰系に比べてしまうと瞬発力は劣るが、いろいろ便利な【職業】もある。
プレイヤーのプレイスタイルやキャラクターに沿って、キャラクタービルドができるのが特長だったのがテン・タレントだ。
俺の初期戦闘職業は弓士で、近接を補うために打闘家を取得したが、これは基礎的な戦闘に関して必要最低限の物である。ソロで活動するとなると全く足りず、索敵をするのに必要な斥候系も取得したし、弓士と相性の良かった医療系もいくつか取得しているので、現状で有用そうなスキルの再確認が必要だな。
城壁の通用門を抜けると、一気に視界が広がった。
あまり気にしていないつもりだったが、城壁に守られている安心感以外にも、閉じ込められている閉塞感も感じていたようだ。
開放感がすごい。
眼前に広がるのは小麦畑だろうか、青々とした苗が整然と並んでいるさまは壮観だ。
延々と小麦と思われる畑が続くさまは、日本ではお目にかかれない規模で、アメリカの大農園を彷彿とさせる。
まあ、アメリカに行ったことないけどさ。
俺が広大で雄大な畑に感嘆する視界の隅に、廃材置き場が少しある程度で、城壁の外のスラム街と言うには規模が小さいし、人の気配もない。
「・・・ただのゴミの山にしか見えないが?」
キュユが城壁の外はもっと悲惨だというから、地獄のような様相のスラム街を想像していたのだが、肩透かしを食らったような気分になる。
まあ、スラム街でしんどい生活をしている人がいないというのは良い事なのだろうが・・・。
「門の側には余りいないわよ。衛兵に追い立てられちゃうからね。だから衛兵の目の届かない辺りに、隠れてこっそりと住む場所を作っているはずよ」
この街に入ろうとした時に銀貨を持っていないと言ったら、出直してこいと言われたことを思い出す。
「追い払っても追い払っても、懲りずに門の辺りをうろついていると、不審者として拘束されちゃうのよ。で、お金がなくて入れなかったけど、街へ入りたいって言うとそのお金を稼ぐために、一応仕事を紹介されるわ」
「へえ、親切設計だね」
「そうかな? 確かにお金は貰えるけど、罪人の就く労役と同じ仕事をさせられるのよ」
・・・それはもう犯罪者として捕まって強制労働なだけなのでは?
「一応は金持ってなくても街に入れるじゃないか」
「薄給で自由な時間もない。お酒なんかも飲めないし、寝床も雑魚寝でよく眠れないんだって。その上で食費と宿泊費を天引きされるから、解放されるまで半年くらい働かされたはずだけど・・・過酷だよね。経験者によると二度とやりたくないって溢すらしいけど・・・やりたいの?」
確かにやりたくはないな、うん。
でも考えようによっては合理的なシステムかもしれない。
犯罪者ではないが受刑者と同じ扱いで労役をすることで、犯罪は割に合わないと刷り込みができれば、犯罪抑止に寄与するのではないだろうか。なにせ文無しの輩なのだ、ふとした出来心でスリとかかっぱらいとかの犯罪に手を染め易そうだからな。
「それでも、まだましな方だからね? 隠れて住んでいる人たちはもっと立場が悪いというか、街の指導者たちは彼らを“敵”と見做してしまうことが多いんだって」
俺は敵視されることに疑問符を浮かべる。
捕まえて薄給で扱き使えるのであれば、行政としても低コストで労働力が手に入るわけだから、表立って歓迎はしないだろうが行政にとって旨味のある存在なのではないだろうか。
城壁の内外で扱いの違いの差に驚きを隠せない。内側ではスラムは放置されていて無政府状態なのに、外には過干渉で存在の容認どころか敵認定されるのは納得がいかない。
納得しきれていない感情を察したのか、キュユは言葉を続けた。
「レイニーゴはお腹減ったらどうするの?」
「え? ご飯食べるだろ?」
「そこの住人が何処から調達すると思うの?」
ああ、そういう事か。
広大な農地があるからそこからちょろまかして、自分たちの命を繋いでいるってことか。
確かに食べられる木の実や野草で食い繋ぐことも可能かもしれないが、それよりも高効率で旨い物が実っているのだ、手を出さない方がおかしい。
「盗むのか・・・それは良くないな」
「見つかれば犯罪者として収容され、そのまま犯罪奴隷に落とされるわ。犯罪奴隷は最悪よ、命を磨り潰すような労役に就かなければならないからね。・・・犯罪奴隷は人として扱ってもらえなくなるの。はした金で命の売買をされ、酷使され、数年で使い潰されるわ」
野菜泥棒程度でと思わなくもないが、飽食の時代ではないのだ。食料が一定量しか生産できないという制限があり、城壁外のスラム住人が食べた分だけ、城壁の内の人間の食い扶持が減る。
「それだけなら指導者もここまで目くじらは立てなかったでしょうね。わずかな野菜を盗ませておいて労役で使い潰すこともできるんだから」
人情や倫理を排すれば、その方が効率は良いのかもしれない。
「でもそれだけじゃないの。城壁の外には危険な肉食の獣が出るの・・・それらのエサは何だと思う? ねえレイニーゴ」
「・・・まさか? まさかな」
この会話の流れなら、答えはそういう事なのだろうか?
「彼らがそのエサになる危険性が高いの。ううん、そうじゃないわね。指導者たちはそれが簡単にできることだと獣たちに思われてしまうことを一番恐れているの。城壁の外が獣の狩場になってしまえば、城壁の内の食糧はすぐになくなってしまうでしょう?」
自分を食う獣が出ることになれば、農民たちも畑仕事どころではない。
そうなってしまえば食料自給率は低下し、旅人や行商人も襲われるリスクが跳ね上がる。となれば物流も死ぬので、交易で必要な物資を購入することもできなくなる。
衛兵隊や騎士団が獣狩りに駆り出される頻度が上がり、食料不足による治安の悪化が進めば憲兵隊も忙しくなる。
「誰も、何の得もないじゃないか」
一時の甘い判断が、全てを巻き込んだ不利益をもたらす。
世話もできないのに「可哀そう」という感情だけで動物を拾うなと教えてくれた親の躾はここでも通用するようで、なんとも世知辛い気分になった。




