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転生特典が邪魔で責務が全うできません  作者: 比良平
第二章 街での共同生活
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04 買い物デート

 市場で一通り必要な物資を購入するために率先してくれたエーベ氏は、かなり面倒見の良い性格をしているようだ。

 俺自身含むことが無い訳ではないが、変に迫ってさえ来なければとても頼りになる。値引き交渉も勇んで請け負ってくれたので、動画でしか見たことのないような熱気のある競り合いを生で見られたことがとても印象深かった。

 まあ、それを見本にして再現しろと言われても無理な気がするが。

 途中で何度も「見直した?」とか「惚れても良いのよ?」とか合いの手の様に入ってくる文言さえなければ、非常に楽しい買い物であったと言える。


 そういえば、買い物でこんな楽しい気持ちになったのは何年ぶりだろうか・・・。


 エーベ氏のお陰で一通り買い物が済んだことで少し気が緩んだのか、それとも市場に漂う食い物の匂いが釣られたのか、空腹を感じだした。買い上げた物品も嵩み、財布の中身も寂しくなってきたので、とりあえず今日はこれで買い物を切り上げようと思う。

 改めて市場を見渡せば、本当に多種多様な店がある。

 その中でも、特に旨そうな匂いを出している店があった。

 何か角切りにされた肉の串焼きだった。

 肉質は豚肉が一番近いように感じるが、そもそも自炊スキルのが低いので、断定はできない。

 それに塩やら刻んだ香草やらをかけて焼いているのだ、食欲をそそられる匂いが暴力的だ。しかし、反するように飛ぶように売れているものではない。他には定番の黒パンを売っている店や、雑穀粥のようなものを売っている店もあるが、それらと比較すると客足が悪い。


 良いのは匂いだけで不味いのか?


 と思ったが、そうではないらしい。

 単純に単価が高いのだ。黒パンや雑穀粥は銅貨1~2枚程度で買える上に結構量が多いため、主食として食べる分には十分だと思える。

 キュユは塩ラーメンが銅貨5枚でもやっていけると評価したが、この串焼きも同額の銅貨5枚でそれなりにボリューミーだ。ただ主食の数倍という値段がネックなのだろう。

 串焼きは焼き鳥サイズではなく、BBQと言った造りだ。それでも一本全て食べてしまっても腹いっぱいにはならないと思える量で、俺でも2~3本は食べられそうである。串焼きのみで腹を膨らまそうとせずに、純粋におかずとして主食を別に摂るなら十分な量だろう。

 一般的な食べ方は、黒パンや雑穀粥を主食にして、串焼きは一本を数人でシェアするという食べ方のようだ。

 串焼きの匂いと味で食欲を増進させている様子で、相乗効果で売り上げを伸ばしているのかもしれない。

 ともかく、俺も少し味に興味を持ったので買ってみることにした。

 

「すみません。3本下さい」

「あいよ。・・・にーちゃん市場は初めてか?」

「ええ、楽しませてもらいました。必要なものがいろいろあって思ったよりもお金を使ってしまった気がしますが」


 そういって荷物を見せると、串焼き屋の主人も「おお」と感嘆を漏らす。

 狩りに行くための主武装となる弓に矢筒を持ったままだったし、狩った獲物を持ち帰るのに必要なズタ袋を6枚に、血抜きに必要な20メートルほどのロープ、捌きようの大振りのナイフに、地面を掘るためのスコップ、飲料用の水袋やそれらを入れる背負い袋など、重いものはあまりないのだがとにかく嵩がすごいことになっていた。

 ストレージへしまってしまえば楽なのだが、流石に人目に付きすぎる。


「おれの串焼きはうめーからな、また食いたくなったらいつでも来てくれ」


 支払いを済ませて串焼きを受け取る。串焼き屋の主人に礼を言って振り返ると、決済を済ませてしまったことでエーベ氏が少し不満げな表情を浮かべていた。ここでも値切ることが必要だったようだが、腹の虫に迫られてこともあり面倒だったのでやめてしまった。

 そして、交渉役を買って出ていたエーベ氏の口から不満が出るよりも早く、串焼きを一本差し出す。


「今日は助かりました。お礼と言っては何ですが、これ食べませんか?」

「あら、いいの? 別に他のことでお礼をしてく」

「他にお礼の手段が思い浮かばないので」


 にべもない態度に、ようやく脈がないと思ってくれたのか、渋々といった感じで串焼きを受け取ってくれた。


「ちょっとお行儀悪いけれど折角なんで、熱いうちに頂くわね?」


 そういって市場の隅の空き地と言うか、休息所のような場所まで移動して串焼きにかぶりつく。

 なんというか豚肉っぽい味だが、硬い、そして結構獣臭さが抜けていない。昔食ったことのあるイノシシ肉のような、癖のある味だと好意的に評価しておこう。

 まあ、不味くはないというか・・・食えなくはないが、好んで食いたいとも思わない味だな。どうしても肉が食いたくなった時の、妥協用と言う程度の味だが、これが庶民には贅沢な味のようだ。やはり日本人の舌はダメだな、旨味に慣れ過ぎていてあまりおいしく感じられない。

 下拵えや調味料次第ではもっと美味くできそうだが、それが手に入らないのでは意味がない。

 貴族などの支配者階級がようやく使えるような香辛料を、冒険者風情が日常的に使う訳にもいかないしな。


「あら、結構いいお肉ね・・・ハネイノかしら? 街の猟師が狩ってきたものね、きっと」

「なるほど。じゃあ狩りが上手くいけばこの肉が自前で食べられるのか・・・」


 ハネイノという獣がどんなものか分からないが、体毛が鳥の羽みたいにふさふさのイノシシだろうか?

 それともペガサス宜しく、翼のあるイノシシだろうか?

 想像図を頭の中で描き、あまりにひどい絵面に辟易する。そんな生物が居ないことを祈るばかりだ。

 

 肉が硬いので思ったよりも食べきるのに時間がかかり、良く噛んだせいか空いた小腹は満たされた。

 やはり肉ばかりな上、味が単調なので最後の数切れには飽きを感じていた。黒パンでも齧ればもう少し食べやすかったかもしれないな。


「ご馳走様。久しぶりに食べたけどおいしかったわ、ありがとう」

「こちらこそ、値切るのなんて碌にしたことがなかったので、とても助かりました」


 慇懃に謝辞を述べておく。

 礼は言葉だけではなく、何かしらの物品で送った方が良いこともある。エーベ氏も礼金を渡されるよりは受け入れやすかったように見えたので、そんなに間違った対応ではなかったと自画自賛しておこう。


「まだ食べるのだったらパンか何か買ってきたらどうかしら? 保存用の黒パンとは違って柔らかく随分と味わいが違うわよ」


 俺が後半、食べるスピードが落ちていたことに気付いていたのだろう、変化をもたらす提案もしてくれる。


「ああこれは、折角なので食べさせたい人がいるのですよ」

「まあ、そうなの・・・それは・・・そうね」

「エーベさんもパン食べますか?」

「私はもういいわ、お腹いっぱいだもの」


 体躯からそんなに胃袋が小さいはずはなさそうだが、やはり遠慮しているのだろう。まあ、こちらとしても奢った分だけ「貢いだ」と勘違いされるのも嫌なので、強くは誘わないでおく。


「そうですか。じゃあ今日はありがとうございました。俺はパンを買って帰ります」

「あらそう、気を付けてね。また何かあれば頼ってくれていいからね」

「その時は世話になります。それでは失礼します」


 挨拶をして未練と取られないように歩き出す。パンを追加で買い、俺は市場を後にした。エーベ氏は少しだけ俺を視線で追っていたようだが、申し訳ないが無視をさせてもらう。悪いが俺にそちらの趣味はなく、どう間違ってもエーベ氏とお付き合いする気はないからだ。


「・・・まあ、悪い人ではなさそうだ」


 男性が好きなオネエが別に悪い存在だとは思っていない。少なくともエーベ氏に関しては、若干・・・かなり鬱陶しいというか、人の肩に手をのせしなを作るようなことが度々あって、ぶん殴りそうにはなったが、それでもスキンシップが激しくてちょっと迷惑だなと思える程度に抑えていた。

 逆に、そうやって抑えていられただけ、決定的な決別に至ることもできなかった。

 要はちょっと特殊な趣味を持っている人間だが、友人としてなら許容できるレベルに収まっていたのだ。俺が顔も見たくないほどに心底嫌うラインにまでは踏み込んでこなかった。


 少し煩わしさを感じながらも、この縁は、後々まで引きずっていきそうだなと、いやな予感がした。


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